“しがない” ということ

灼熱の七月、茶豆がでて来た。 岩がきもでて来た。 すると、いきなりの洪水で新潟は大変なことになった。 店頭から新潟産の茶豆は消えた。 その日、東京は圧倒的な熱さにやられ、うんざり顔の客で婆娑羅はいっぱいだった。

 そして、千葉君がニヤケ顔でやって来た。 他の誰もが疲れているから、ニヤケ顔がよけいに気に入らない。 俺をなめているのか、しがない飲屋のオヤジなど鼻にもかけないといった風情だ。
“ふん” お前だって、しがねえサラリーマンじゃねえかと無言で返す。
 千葉君、そのゆったり構えた余裕の態度が気にいらねぇな。 不況で、効率とコストカットにあけくれながらもダイナミックに動いている世の中の風など、意に介さぬかのように悠然と酒を呑んでいる。 しがないのに、殿上人のようにふるまう。 だが、不安があることを俺は知っている。 それは分不相応な嫁をもったからだ。

 千葉君は結婚をしない男と考えていた。 否、結婚できない男と決めていたのに俺の予想を裏切った。 結婚してしまったのだから、もう不安から逃れる手達はない。 挫折する不安におののきながら緊張の日々を送る。 これが結婚なのである、と言ってやった。
 凡庸で取るに足らない千葉君が、人並みの結婚をして幸福になるなんて 俺は不愉快だ。 なにもせずニヤケ顔でゆったり酒を呑んでいるだけの男。
 多くの人は進化し、成長し、無垢でなくなり、悪を知り、罪業の数々を繰り返し行う。 なのに、千葉君は進化を止め、努力を怠り、しながいという己れをひたすらに歩む。 だから努めずして、この夫婦は天性の幸福がある。
ああ、俺もそんな しがない者になりたい!
そして、いつでも、どこでも ニヤケ顔で酒を呑んでいたい!

 なお、この千葉君は実名ではありません。

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