雨の日の葬列

 谷保の 婆娑羅 開店のその日、黒塗りの車を先頭に、葬列がゆっくりと店の前に止まった。 車の助手席に カオルさん(文蔵の主人、八木さんの奥様)の遺影を抱きしめた八木さんがいた。 30年の長きにわたって、二人が共に商いをした「文蔵」という店に、今生の別れに来たのである。

 俺は頭を下げ、合掌した。 葬列は止まることなくことなく、静かに去っていった。

 わずかばかりの予感はあった。
 この二ヶ月前、譲渡の契約をする 暑い暑い夏の日に、カオルさんは苦しい体調をおして出かけて来た。 契約のためだけなら八木さんひとりで事足りた。 カオルさんは ひと通り書類の署名が終わったところで、
「伸ちゃん、これで文蔵は終わりになったけど、このお店よろしくね」
と、言葉をとじた。

 この「よろしく」という一言のために つらい体調をおして出向いてくれた。

 それから、二ヶ月 カオルさんは帰らぬ人となった。
 店は生まれ変わり、文蔵から婆娑羅になった。
 人の世のうつろいと言ってしまえば その通りだが、俺は 精神の連続、魂の受継ぎを確認した。 大きな時の流れの中に 人それぞれの暮らしがある。 それは、極めて個人的なものだが、時の流れの中に抱かれながら、離れたり、くっついたり、絡まったりする 塵芥のようにはかない。 だからこそ人は、そこにいる人を大切にするのだ。

 俺は、カオルさんの意思を受け取った。 受け取った意志を一人の若者に託した。 ほぼ10年、俺のもとで仕事を覚えた男に、その重い意志を託した。
 文蔵という店の、何たるかを自覚した若者は、もう尻込みできない。 ここで花を咲かせるのが彼の宿命なのである。
 やがて 店は賑わい、文蔵のように夜々酔客が遊ぶようになれば、カオル星も谷保の夜空に光る。

 どうか 安らかにお休み下さい。 "合掌"


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