嫌な野郎

 そ奴の素性を俺は心得ている。
若い頃、都内のホテルでフランス料理を修業し、色々なレストランを遍歴した。
ところが突然、何を思ったか蕎麦に目覚め、どこやらの老舗の蕎麦屋でワザを身につけた。
そして、西荻の某所で、今も蕎麦屋を営んでいる。

 そ奴とはしばしば、吉祥寺の八百屋で顔を合わせる。
だから店に来た時も、俺は知り合いのように気安く声をかけ挨拶した。
だが返ってきたそ奴の言葉は「あっ、そうですか」だけだった。

 本当に俺を認識していないのならそれでよい。八百屋の店内で他に客もいようが、かなり頻繁に顔を合わせているにもかわらずである。
まずい沈黙に身動きが悪くなった。
そ奴は店の中をなめるように眺めまわし、乱雑な手つきでメニューを取った。見下すように裏に表に、右に左にとあおいでいる。
「厚焼き玉子焼き」と言っただけで、お願いします、下さい、でもなかった。

 何が気に入らなくて、このように無礼で不機嫌になるのか。
俺は胸ぐらをつかんで「何が気に入らねぇのかいってみろぃ」とすごみたかった。
が、出来なかった。
半時程で店を出て行ったが、帰り際に「ごちそうさま」のひと言があれば、すべては水に流すはずのことなのだが、そ奴はソッポを向いて出て行ったしまった。変人なのである。

 実は、かなり以前に西荻のそ奴の店に行ったことがある。
うまい蕎麦を食べさせてもらったが、店は暗く、陰気くさかった。女房らしき人と二人、無言で仕事をしていた。見ていて、こちらも次第に不幸になっていくような気分になったのを覚えている。

 もう二度と店に来ることはないだろうが、こういう輩でも店を出て行く頃にはニコニコと満面に幸せを噛みしめて追い出す。そんな手だてはないものだろうか。
どんな仏頂面でも、アラさがしにくる珍客でも、俺はいつでも受けて立つ。


追伸
大学に入学され、ラグビー部の合宿所に息子を取られてしまったお父さん達。
また、うまい酒を飲みましょう。
さびしさにまけないで、夫婦の絆を深めましょう。
今月の純米酒

岩手の滝沢村からのワラビ

沖縄から届いた海ぶどう

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