還暦ごっこ

 去る二月二十四日の日曜日、20人ばかりの友人が集って来て無理矢理に還暦男に仕立てられ、祭り上げられ、おだてあげられた。
 赤いチャンチャンコならぬ真紅が鮮やかなラグビーヂャージをプレゼントされ、そいつをまといながら美しい料理が並べられた店のカウンターの中央に立たされた。

 酒盛りの主役は俺である。まずは極上のシャンパンが抜かれ、そこから乾盃が始まり、酒、焼酎、ウィスキー、ワイン、そしてコニャックまで登場して、人の数と同じくらいの多種多様のにぎわいであった。それらのどれもが、その人の持っている酒に対する技量の全てを賭けて選抜してきたものだから、どれもがうまい。

 俺は持ってきてくれた人に失礼にならないように片っぱしから口にふくみ飲み干していった。絢爛豪華な酒の協奏に溺れ、一時間も経ったころ舌は麻痺をして、喋る口元さえ怪しくなってしまった。

 友人の祝辞が酒と嬌声の合間をぬって聞こえてくる。逆巻く酔いに誘われて俺は語りだした。

 人は実直を積み重ねて還暦を迎えることが出来る。これからはたっぷり人生を道化て楽しんでよいということだ。そして老いを自覚することだ。その自覚は老いの不安へと流れる。だが、群れてはならぬ。一人で戯れていろと誰かに言われた。

 俺は酒に酔いつぶれ、黄昏の花園で深い深い眠りに落ちていった。人々の嬌声と酒の香りが幻想曲のように俺をつつんだ。

 翌朝、普段の朝と同じに目が覚め、いつもの日常がそこにあった。やっぱり還暦の宴は夢、幻であったのか。

 そうさ、還暦ごっこは何度でもやりたいぜ。何度でも。

 枕元に2枚のヂャージが鮮血色輝いていた。そして、60と88の数字が染め抜かれていた。


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