こいのぼりと兜、そして、ちまきの思い出(2003.4.29)
 早いもので、桃の節句が終わったと思ったら、もう、5月である。
 5月といえば、こどもの日。端午の節句である。
 屋根より高いこいのぼりが、春の風を一杯に浴びながら、勢い良く泳いでいる。
 こいのぼりと青い空。どちらも相性があって、清々しい気持ちになる。

 先日、休みを利用して実家に遊びに行った。いつも実家に帰ると姉の嫁ぎ先に顔を出すことにしているが、今回は、特別な理由があって楽しみにしていた。姉の家では、今年の1月に、お孫さんである年子の二人目の男の子が誕生した。初めて顔を見ることもあって、少しうきうきした気分になっての訪問だった。
 これまで、節句の時期に訪問する機会が無かったが、案の定、変わった雰囲気が家の周りにもあった。
こいのぼりが、春の風を思う存分吸い込みながら、渓流を駆け昇るがごとく、気持ちよさそうに泳いでいた。ふと見ると、小さいこいのぼりが、2匹、懸命に泳いでいた。これは、長男と次男のこいのぼりかと微笑ましく思った。両親にぴったりとくっついて泳いでいる様子は、遅れをとるまいと必死に泳いでいるような感じがし、頑張れと思わずにはいられなかった。

 我が家では、長年、社宅住まいの生活だったことから、こいのぼりを飾る環境には無かった。しかし、親ばかというか、子供の健やかな成長を祈らざるを得なく、こいのぼりならぬ兜を飾り、こどもの日をお祝いしていた。
 我が家の兜は、下の子が生まれた年に東京の御徒町で買った記憶がある。
 徳川家康の兜を買ったが、当時、何の理由で徳川家康の兜を選んだのかは記憶に無い。徳川家康が、大好きであるとか、徳川家康のような男の子になって欲しいとか、きちんとした理由がある訳でも無かった。親の気まぐれな買い物であった。確か、お店では、昔の武将のいろいろな兜を陳列していたような気がする。

 この時期になると、思い出すことがある。
 それは何かというと、こどもの日には、母が、手作りのちまき(実家では、笹餅といっていた)を作って食べさせてくれた。二枚の笹の葉を三角錐の形にし、その中にもち米を入れ、細い藁で縛り、せいろで蒸したものだった。蒸しているときは、シューッと白い煙が上がり、そして、プーンともち米の香りがして、この時期になると何となく楽しかったような思い出がある。

 母が作ってくれたちまきの思い出がもう一つある。
 私が、社会人となったその年、母が、姉と一緒に勤務地に遊びに来たことがあった。その時は、私が招待したという記憶は無く、恐らく、我が子の勤めているところは、どんなところかと確認をしたかったのかもしれない。折角、遊びに来た母と姉であったので、郷里のおみやげを持って行きながら、職場を案内し、上司に母と姉を紹介した。今では、こんなことはしないだろうなと思う光景であった。
 母が遊びに来た時期が、丁度、5月の節句の季節であった。
 母は、手作りのちまきを作って持ってきてくれた。その数は、半端ではなく、一くくりのちまきには、約10個位が束ねてあり、約3束くらいもあった。到底、一人で食べきれるはずが無く、夜は、母と姉と一緒にお茶を飲みながらいただいた。きなこをまぶして食べたちまきは、母の味がして美味しかった。残りのちまきは、母が、少し持ち帰ったと思った。

 私が、子供の頃の母を思い出してみると、母は、四季折々の行事を必ずと言っていいくらいやってくれていたような気がする。そこには、その行事にあった食べ物が、質素ながらもきとんと添えられていた。 端午の節句には、手作りのちまき、豆名月には、父が作った枝豆が、栗名月には、山から取ってきた栗があった。そして、秋には、母から言われて、すすきを楽しみながら取ってきた。お月様を拝んだ後は、枝豆とか栗を口惜しそうに食べた子供の頃を思い出した。

 日本的な四季折々の行事を実施することは、季節感が体感でき、生活している実感を得られることから、ささやかながらも実施していく意義があると思っている。
 これからも、季節感のある生活を心がけていきたいものである。