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わたしが生きているので、あなたがたも
生きることになる(ヨハネ14:19)
タイトル
教会報「智も手も」抜粋記事 No362 ’18年4月号より
     司祭の言葉 (まとめ版)はこちらです

                          写真や図は省略してあります。

にぎやか
                                司祭 藤田 薫
 教会が賑やかなのは、とても良いことですね。
 昔、私が春日部教会に居候していた時の事、電話で「お聖堂で静かにお祈りしたいのですが、春日部教会は日曜日のミサ後などそれが出来るでしょうか?」という、都内の出身者らしい未信者の方の相談がありました。私は「春日部教会では・・・それは難しいですね」と答えるしかなかったと記憶しています。
 大きな聖堂がある教会は確かにミサが奉げられていないときは静寂が保たれ、静かに祈るための聖域となっています。しかし、さいたま教区の特に埼玉県内の教会では環境的にそれが極めて困難な状況があります。
  そのせいなのか聖堂は祈りの場であり、静寂をまもる場所であるという感覚が欠落しているかのような教会共同体が多いです。
 それは、ミサにあずかる喜びのあまり高揚して静かにしていられないのでしょう。笑顔でミサに集えるのは実に素晴らしいことです。ミサは何しろお祝いですから喜びがあふれてくるのを抑えることは難しいのでしょう。

 以前、長江司教様の葬儀で出棺後、斎場まで向かうマイクロバスの中で、春日部教会の担当司祭であった二人の司祭、M師とN師が大きな声で会話をされていました。どちらも声がとても大きいのです。その会話の内容も長江司教様の思い出とかではなく、斎場に向かう途中という空気を読まないような、そこから見えていた建設中スタジアムに関して、ああでもないこうでもないというような内容だったと思います。長江司教様の親族の方々もそのバスに同乗されていたので、私は冷や汗をかいていました。そのうちバスの最後部の席に座っておられたS師が「まったく、子どもの頃にちゃんと親からしつけされてないやつはいい大人になってもどうしようもねぇな」とコメントされていました。
 しかし、長江司教様の親族の方々は不快な様子もされず、「・・いえ、にぎやかでいいですね。叔父もきっと一緒に微笑んでいるように思えます。」と微笑みながら自然な雰囲気でそう言われていました。M師もS師も今は向こうで長江司教様とにぎやかにされているのではないかと思います。



私の洗礼
                                       F.M.Y
 私は小学4年生の頃、近所に住んでおられるSさんに出会い、親切に接していただきました。私が高校生ぐらいになり、おばさんの家の壁などにあった十字架やイエス様の像に心を惹かれ、キリスト教に興味を持ちました。おばさんは私にいろいろなことをいっぱい教えてくださいました。そして、私が高校2年生の冬に教会に行き始め、そこで國本神父様にお会いして、一緒に神様にお祈りしたり、イエス様の生涯を学んだり、神の愛を学んだりしました。
 私は國本神父様に洗礼の話をしましたが、入信に至りませんでした。その後に藤田薫神父様がおいでになりましたが、洗礼の話をして許可をいただくまで長い年月が経ち、ようやく受洗の日を迎えることができました。
 これも、神さまからのお恵みだと思っています。
 私が洗礼を受け、カトリック信者になれたのは、教会の信徒の方々や代父母の方々が私のためにお祈りしてくださったからだと思っています。
 受洗の前は、嬉しくて、数日前から寝ることも食べることもできないほどの喜びでした。
 無事カトリック信者になれたことに神さまに感謝、神父様に感謝、教会の信徒の方々に感謝、代父母の方々に感謝しています。
 これからも、教会で楽しく過ごせるようにしたいです。
 よろしくお願いいたします。
〜神に感謝〜

塩田神父様ありがとう
                                       S.Y
 1/21(日)に塩田神父はこの春日部教会のためにすばらしい歌を作って教会に来られました。歌を皆様と歌った後、多目的ルームでこの企画に参加をした有志の聖歌隊による昼食会を兼ねた懇親会を開催しました。懇親会は最初から和やかな雰囲気で時間が経つのも忘れるくらい楽しいものでした。
 会の中で次回も教会に足を運んで下さいと参加者全員が塩田神父に伝え会を終わりました。
 私はこの企画に参加できたことと、聖歌隊の人と仲間になれた事を感謝し、神様に伝えました。

考え
                                       M.Y
 仕事と信仰はどちらが大切だろう?
 信仰は恵みで、戴いたもの。
 信仰は、神を賛美すること。神に感謝すること。
 わたしは、今年四月で、三十七歳になる。わたしは長い年月、入信を拒否した考え方をしていた。それは、自分を否定していた考えで、生きた心地がしなかった。
 入信して五年目の今、もっとイエスさまを愛し、感じたいと思う。神さま、イエスさまに近づきたいと思う。イエスさまのことが好きになってきた。もっとイエスさまのことを知るようにしたい。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」
 わたしは、人を癒すことが出来ればと思う。育てた梨を人に提供するのも癒しかもしれない。守護聖人聖ルカに祈り、自分の役割、タレント、使命感がハッキリとわかればいいなと思う。
 せっかく入信できたのだから、入信の秘跡を感謝していきたい。何か特別なこと、自分だけにしかできないようなことを見つけないでも大丈夫だと思う。そのままの姿、そのままの心でいたい。わたしたちの信仰は、何かすることによって救われるのではなく、信じることによって救われるのだから。神さま、イエス様へ身も心も捧げるように日々を過ごして、仕事に励んで前向きに生きよう。
 感謝の思いを大事に、自分を大事にして、思いやりの心を忘れずいこう。

こんにゃく物語(130)
                                       S.M
我はよみがえりなり、我を信ずるものは死すとも生きん。(ヨハネ11:25、26)
 何と力づよいみことばでしょう。天衣無縫のみことばが、主が昇天してから何千年も経って現代のバアさんを激励されるのだからすごい・・・。
 復活祭の前々日、私が通う4時間のデイケアセンターで江戸川の土手下を車で延々と通って、「行けども行けども一面菜の花」(熊谷守一の詩文)に胸がおどりました。関宿に近い木間が瀬という所に無量寺院という寺があり(新義真言宗)その庭に素晴らしい「しだれ桜」の古木があり目下満開であると、東武鉄道に定年まで勤めあげた私より10年下の男子の方が、スマホをごらんになって、日本画家で日本美術院所属の先日亡くなられた後藤純男画伯はこの寺で誕生し2才までこの寺で育った云々をよく教えて下さいました。それはさておき、広い庭のしだれ桜の古木の見事なこと。桜の木の近くでながめると虚空(青空にむかって)ぐんと伸び上がっている見事さ。私は息をのむ思いでした。樹の生気を一杯吸い上げ、毅然とたっている老木。地まで垂れ下がっている枝々。一枝一枝存在感があり、・・・私を連れ出して下さった方々に感謝!! 思わずあさっては復活祭だ、ものみなよみがえりの日だと、10人位のグループに嬉しくなって話したものでした。
 この文が「智も手も」にのる頃エマオの旅人の如くポクポクと主に導かれながら歩いて行かれます様に・・・・。復活祭当日はなつかしい方々に会えて本当に感謝でした。

短信テモテ
★聖週間 3月25日〜31日

枝の主日 
 青空のもと、庭にシートが敷かれ祝福を受けた枝を各々手に、聖歌を歌いながら入堂、ミサとなる。
 ミサ後恒例の大掃除。

聖木曜日
 祭壇の前に椅子が置かれ、5人の男性の参加で洗足式が行われた。ミサ後、御聖体を多目的室床の間へ移動、安置される。

聖金曜日
 15時より十字架の道行が30人前後の参加で行われた。
 19時より「悲しみの日」の為ミサは行われず、十字架を祭壇中央に据え、神父、信徒一人一人の崇敬の儀が行われる。

聖土曜日
 復活の徹夜祭として19時より庭でロウソクの祝別、行列後ミサ、厳かな式の中、洗礼式が行われる。

★復活祭 4月1日
 聖堂、多目的室、廊下、玄関等など超満員の参列者。多国籍の方々も多く、国際ミサ形式で行われる。復活にちなみ、聖墳墓教会の事、「聖書と典礼」最後のページ、國本神父寄稿文の事等もおりまぜての説教であった。1区切り毎にK氏が英訳し、多国籍の方々への内容の説明となった。ミサ後皆が持ち寄った、たくさんのイースター卵が祝福され配られる。庭、多目的室、子供達は会館二階で、有志の方々が用意して下さったご馳走で、お祝いの親睦会となる。

★復活節第2主日 4月8日
 この日は正教会の復活祭でもあるとの事、まだ復活祭の余韻が残るミサの中、3名の子供の洗礼があった。

(「智も手も」」No362 2018年4月号  4月22日発行より)


教会報「智も手も」抜粋記事 No361 ’18年3月号より
     司祭の言葉 (まとめ版)はこちらです    

                          写真や図は省略してあります。

目を覚まして…
                                司祭 藤田 薫
 過去を振り返ると、私が遭遇した面倒な事件は、深夜に起きていました。
 福音書の例え話のように夜中の来客もありました。しかし、こういう場合は面倒なので戸を叩く音に目を覚ましても、そのまま無視します。相手がどんなにしつこく叩き続けても、私は神様ではないので決して根負けして迎え入れたりしません。だが困ったことにその相手はどこまでもしつこく諦めない奴だったため、扉が開かないと外に回り部屋の窓に迫りました。不覚にも私は窓を施錠する習慣がなかったため侵入を許してしまい、朝早くから仕事であるにも関わらず、そのまま朝まで来客の相手をする羽目になりました。諦めて帰ったと勘違いして相手が窓に迫るのに気づくのが遅れてしまい窓の鍵を施錠しなかったことが悔やまれます。
 夜中に寝ている私を叩き起こし、金を借りて行った者もいます。福音書に従って貸した金は戻って来ませんでした。
 命令で引きこもりの青年の相手をやむなくしていた頃、夜中に行方不明になる事が多く、朝まで探索や待ち伏せで寝ることが出来ないこともありました。
 ちなみに私は夜型ではありません。とてもありがたくありません。私の昔話でした。
 そういえばイエスが捕えられたのも深夜でした。受難の出来事の始まりです。
 振り返れば神が特別に人にご自分を現される重要な場面、旧約聖書の中では日没後から深夜を通し夜明け前が印象的です。あたかも神の接近は闇に包まれ死の危険と恐怖のうちに迫るかのようです。(創世記15:12−18、32:23−31、出エジプト12:29、列王記上19:9以下) 
 私たちは闇に包まれた現実の中でもがき格闘しながら静かに囁く神の声に耳を傾けながら生きていかなくてはならないのでしょうか…。 
 …状況は闇に包まれていますが、そこで語られ展開するのは祝福と希望です。
 実現する救いは朝早いうちに来ます。
 この世界の闇がいつ終わるのかはわかりませんが、私たちは教会の典礼を通して救いの実現を体験します。困難な現実の前に私たちはイエスを見捨てて逃げた弟子たちのように引きこもるでしょう。イエスはそこに来られます。



短信テモテ
★弥生の節句に因む子供たちの祝福

 3月4日(日)に、ひな祭りに因んで子供たちの祝福が行われた。

★四旬節黙想会 2月25日(日)
 クラレチアン会の竹延眞治神父が来られて薫神父と共同ミサ。ミサ後の黙想会で四旬節についてのお話をされた。苦行ではなく、愛の行いに輝く期間とする、との言葉が印象に残った。

★さいたま教区の四旬節青年黙想会
 3月10日(土)〜11日(日)に、岡田武夫大司教の指導のもとに催された。教区内の諸教会から約10人の参加者が集まり、和やかな雰囲気のうちに岡田大司教の講話に耳を傾け、分かち合いをした。11日
(日)は大司教と薫神父の共同ミサだった。

四旬節青年黙想会に参加して
.                                        M.Y
 さいたま教区の青年黙想会があると知り、最初はもう歳が歳だし自分は青年ではないと自分で限界を決めつけていた。しかし、日が近づくにつれて、なんか自分で限界を作っていて神様の声を聴こうとしていないなと気づきました。百聞は一見に如かずと思い、思い切って参加しました。
 参加当日は、さいたま教区内から9名くらいの青年が集まり、日頃教会で青年がいないことを嘆いていた私は目が輝き気持ちが明るくなりました。黙想会のお話は岡田大司教様がしてくださいました。テーマは主の祈りについてで、お話を聞き、分かち合いをしました。神様の思い、気持ち、考えをまず先に聴くことができれば、私たちに必要なものは神様が用意してくださる。天の父に、御名が聖とされますように、御国がきますように、御心が行われますようにと従順な気持ちで祈ることが大切だと思いました。この世に生を与えてくださった神様、父親のように良いものを与えて続けてくださる神様をいつまでも賛美、感謝できますように。いつも、最初に神様を優先して祈ることが大切だと思いました。
 また、祈りというのは私と神様の間の祈りではなくわたしたちと神様の間の祈りなのだということを分かち合いました。
 今回、自分は主の祈りは結びまでを大事に唱えることが大切だと気づきました。わたしは、神様を讃えて祈る前半部分に重きを置いてしまい、後半部分の、わたしたちの日ごとの糧をお与えください〜以降をよく祈れていませんでした。粘り強く、辛抱強く、忍耐強く、結びまで祈りきることだと思いました。これからは丁寧に後半部分も祈りたいと思います。長い祈りだと思いました。
 お話の後、ミサがあり、夕食があり、その後、カン神父様、高瀬神父様、シスター、青年たちと懇親会をしました。普段教会では話せない、同世代同士の疑問や考えが話せました。夕食を共にした薫神父様も神学校時代の話や人間味あふれる出来事などを話してくださり、皆とても笑いました。笑顔になれて面白かったです。教会で笑えるのは本当に愉しい。人と人がこんなに笑いあえるのだったら、教会へ行ってもいいかなと多くの若者が思うはずだと思いました。人間味があって思いやりあふれる人間関係が教会にあるのを感じました。
 ミサで神様へのお願いを描いたカードを奉納しました。神様の声に耳を傾けることができますように。
 派遣の祝福の時、岡田大司教様がおっしゃりました。司祭召命について、信徒の召命について。自分も心の中で聞こえる神様の声をよく聴き、勇気を出して召命に応えられますように。
 友情を育めたし、心の奥の思いも確認できたし恵まれた黙想会となりました。食事は神学生の永島さんが作ってくださいました。本当に恵まれた日でした。

福音化宣教学習会にご参加されませんか!
. 昨年5月からの開始以来、紆余曲折を経て続けてきた学習会ですが、この間にご参加くださった方々ならびに食事・運営でお力添えくださっている方々、何よりも毎回講解くださっている薫神父に、まずは深く感謝申し上げます。
 そして、さらに多くの信徒の方々にご参加いただけるよう、当会についてあらためてお知らせさせていただきます。
 そもそも、この学習会は昨年さいたま教区で開始された「福音化宣教」を第一の目的としており、信徒の皆様お一人おひとりがご自分の言葉で福音を語ることができるように養成を受けるものです。
 そのため、例えば2月に解説いただきました「洗礼の秘跡」のような一聞基礎的な内容につきましても、これから洗礼を目指されている求道者の方々に解りやいように、神父は丁寧にお話くださっています。
 既信者の我々も、このような神父の説明を聞きながら認識を新たにすると共に、我々が一般の方々に接する際の参考になると考えております。
 自分の言葉で語るには何よりも福音の正確な理解が前提となりますし、求道中の方々および信徒の方々にも深くご理解いただける内容となっており、さらに親睦のためにも良い機会となることを期待いたしております。
 皆さまのご参加をお待ちしております。
 「福音化宣教学習会開催要領」をご覧ください。
.                                  (世話役:K.T)

福音化宣教学習会開催要領
. 日時:原則毎月第一日曜日ミサ後                                       
 12:00〜13:00
 (司祭の都合により中止になる場合はお知らせいたします)
 場所:信徒会館
 事務室およびキッチン
 
こんにゃく物語(129)
金子兜太師へのオマージュ

.                                        S.M
 やっとおそい春が近づいた2月20日、戦後を代表する俳人、金子兜太師が98才で天寿を全うされました。私はラジオ深夜便の「明日へのことば」(深夜4時)でご逝去を知り、あぁ惜しい方が亡くなられたと思ったものです。それに師の追悼の意味で師の生前の肉声で力強く、トラック島に派遣され飢えに苦しみながら洞窟にいるコウモリ、其の他食べられる物は食べつくし、自分だけは生きのびようとこっそり隠れてわかち合いせずに食べたことなど、赤裸々に語っておられました。外に出れば機銃掃射を受けて死生をさまよい、はじめ派遣された100人程の部隊が終戦になって無事本国に帰還できたのは数人であったとの事でした。
 無事日本に帰国してから、金子師は一貫して戦争の悲惨さと人間のおろかさを訴え続けられました。金子師はアンコールアワーの録音の中で「戦争の無い真の自由と平和を堅持してこそ自分の生きる道だと信じ、ウソ、いつわりは許さないの精神で生き抜く」と結んでいました。
 本当に惜しい方が亡くなったと私は思いました。私もこの方の様に正直に生きたい。

父の意に適ったのは兄か弟か
.                                        N.F
 1991年に刊行された『聖書・新共同訳』の「マタイによる福音書」21章28−32節に次のような記述が
ある。
 「ところで、あなたたちはどう思うか。ある人に息子が二人いたが、彼は兄のところへ行き、『子よ、
今日、ぶどう園へ行って働きなさい』と言った。兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。弟のところへも行って、同じことを言うと、弟は『お父さん、承知しました』と答えたが、出かけなかった。この二人のうち、どちらが父親の望み通りにしたか。」彼らが「兄の方です」と言うと、イエスは言われた。「はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考え直して彼を信じようとしなかった。」
 ところが、1970年刊行の『聖書・新改訳』では、同じ箇所が次のようになっている。
 「…ところで、あなたがたは、どう思いますか。ある人にふたりの息子がいた。その人は兄のところに来て、『きょう、ぶどう園に行って働いてくれ』と言った。兄は答えて『行きます。お父さん。』と言ったが、行かなかった。それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて、『行きたくありません。』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」 かれらは言った。「あとの者です。」 イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。収税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国にはいっているのです。というのは、あなたがたは、ヨハネが義の道を持って来たのに、彼を信じなかった。しかし、収税人や遊女たちは彼を信じたからです。しかもあなたがたは、それを見ながら、あとになって悔いることもせず、神を信じなかったの
です。…」
 全体としての趣旨は同じだが、たとえ話の中での兄と弟の登場順が逆であり、両者の姿勢・立場も完全に逆になっている。この食い違いは一体何に由来するのだろうか。
 両者の底本は同一ではないが、それにしてもこれほどの相違があるとは考えにくい。もしかしたら、ギリシア語原文では「一方は…」「他方は…」的な書き方がされているのを、それぞれ一方を兄(あるいは弟)、他方を弟(あるいは兄)と勝手に決め込んだのか?、と疑ったが、どうもそうではないらしい。後者が底本としたネストレ校訂本第24版は残念ながら参照できなかったので何とも言えないが、前者が底本としている聖書協会世界連盟版『ギリシア語新約聖書』(修正第3版)では、確かに「兄」「弟」と訳して然るべき語が用いられているからである。
 結局、食い違いの原因は解明できなかったが、聖書の読み方について一つの教訓を得たように思う。翻訳によって読むのである限り、片言隻句の相違にこだわるのは無意味であるばかりでなく、本来の趣旨から離れた勝手読みをしてしまう恐れさえあるのではないか、ということである。大づかみに内容を受け止めて、細部にはこだわらない、という読み方をするのがよいと思うが、どうであろう。

(「智も手も」」No361 2018年3月号  3月25日発行より)


教会報「智も手も」抜粋記事 No360 ’18年1・2月号より
     司祭の言葉 (まとめ版)はこちらです   

                          写真や図は省略してあります。

今回の四旬節は
                                司祭 藤田 薫
 まず、深い話ではなくある意味どうでもいいかもしれませんが・・
 今回、灰の水曜日は2月14日に始まり復活祭は4月1日です。現在のカトリック教会の暦では2月14日から聖ヴァレンティヌスの名前は外されています。皮肉にもバレンタインデイが日本の社会に定着してしまっているため、ご存知のとおり良く知られている次第で・・・言ってしまえばバレンタインデイに灰をかぶり、エイプリルフールに復活祭を迎えるということになりました。
 私としてはこの2月14日などは、カトリック信者は甘いチョコレートなどではなく『カカオ95%のチョコ○ート効果』を互いに送り合えば灰をかぶるに相当する効果が!・・・などと言ってみたいものです。(ちなみに私は毎日食べています。口には苦いが体には良いので霊的な賜物に似てお勧めです)
 さて…。今、私たちが生活している環境で目の前に聖書の舞台にあるような荒れ野はありません。しかし、私たちは日を追うごとに悪化してゆくかのような、未来に希望が見えにくい状況に生きています。私は特に最近そうなって来ているとは思いません。昔からかたちを変え見えやすい時、見えにくい時があっただけで危機的状況は常にあったのだと。
 この閉塞感こそ私たちにとっての荒れ野です。参考のために私の閉塞感体験を。…あまり具体的に語りたくはないので具体的に語りませんが、その閉塞感のうちに死んだ方が楽なのではないかと感じたことはありました。そういう時の心象風景は荒涼とした荒れ野のようでした。イメージとしてそのように浮かんで見えるというだけではなく、砂を噛むような感覚はまさに砂漠にいるような感覚として記憶に残っています。大事な事はそこからです。

        私は静かに神を待つ。私の救いは神から来る。



短信テモテ
★クリスマス降誕祭

 12月24日(日)19時より。ミサ後パーティー。前より混みあった感じがしなかったのは広くなったほかに、他のミサに分散したためか。
 その後、25日(月)午前0時と午前10時にミサが行われた。
 午後1時より子供ミサ、佐藤智宏神父が今年も来て下さり、薫神父と共同司式。ミサ後子供たちによる聖劇。
 佐藤神父がピアノ曲の演奏を披露し、みんなでゲームをした。

★12月30日(土)より1泊で教区の中高生交流会があった。

★1月14日(日)、国際ミサ。ミサ中に洗礼式があった。ベネディクションがあった。

★1月21日(日)、塩田神父が見えて薫神父と共同司式。主に教会エキュメニカルについて体験を交えて説教された。ミサ中に幼児洗礼式があった。
 ミサ後塩田神父は聖歌の指導をしてくださった。

★1月28日(日)、油谷神父が見えて、薫神父と共同司式。ミサ後信徒総会。
 昨年度の決算案と今年の予算案を承認した。

★2月11日(日)、国際ミサ。ミサ中に3人の方の入門式があった。

こんにゃく物語(128)
.                                        S.M
 めでたさも中ぐらいなり
        おらが春  一茶
 1月も下旬になって何十年に一度の大雪がふり、ひっそりと家にこもっていました。そのような時、心にうかんでくるのはアンデルセンの「マッチ売りの少女」の悲しい物語でした。今の世でも、この寒さの中でホームレスの人達はどうして暮しているのかしらと、ぬくぬくと「Mはこたつで丸くなっている」と思いながら心が痛みます。
 去年の夏フランス在住の私の若い友人が病む私への激励の心からか贈って下さった本を、感銘深く読みました。徒然なるままに紹介させていただきます。本名は「聖書と歎異抄」五木寛之、カトリック神父・本田哲郎師の対談集でした。今の世、科学の進歩のおかげもあって私も便利な思いをしていますが、ますます不安材料は増えていくように思えます。
 今朝のラジオニュースも気象庁発表で、ここ30年までに起こる大地震の確率を70から80に引き上げると発表がありました。
 主よ、天災だけでなく心にも平和をあたえたまえ。  2018年2月10日 記

(「智も手も」」No360 2018年1・2月号  2月25日発行より)



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