第一話 (俺も乗りたい)

俺は高校生。
この世に生まれ出てから16年が経った・・・
16歳と言う年齢をよくよく考えてみると・・・若いなぁ(遠い目)
失礼、ちょっと昔を思い出してしまった・・・。
高校の時の同級生なら知ってると思うのだが、当時の俺はアッチ系の方?と思われるくらい女の子とかに興味が無く、中学の時にはまった釣りをひたすら極めようと、学校では釣り新聞を広げ、今週末はどこだ、来週の仕掛けはこうだ、と自分の世界に入っていた。
きっと同級生のビジョンで捉えた俺はものすごく怖い人間であったろう。
それには理由がある。
俺には授業が終わり、家に帰ればそこに自分の世界があった。
中学の時の仲間が居て、自分の欲求をすべて満たしてくれるパーツがそろっていたのだ。ゆえに、適当に受験して受かった高校なんかから学ぶものは何一つなかったのだ?。
みんなが、部活だー、みんなで旅行だーなんていってる時、ここにクールな俺が居た。同級生なんて卒業してしまえば、みんな大学や就職。今一見仲良しさんなやつらはその後ばらばらになり、いつの間にやら連れの存在など記憶の片隅に消えてしまう。
女の子にいたってはもっとえげつない。
男ができたとたん、平気でそれまでの親友まで裏切れてしまう・・・。
そういう付き合いが(もっと密な付き合いももちろんあるが)大半であろうと、そのときの俺の目は捉えていた。いや、そういう目に見えた付き合いを体がさけていたのかも知れない。
本当の親友は中学や小学校のころからの人間が多くない?みんな。
だから俺は特定の人間としか話すらしなかった記憶がある。
そこで俺のプライベートを知ってしまった人間は、そのままズルズルと俺ワールドに引きずりこまれることになるのだが・・・
相当話がそれてしまったが、その当時の背景はそんなもんだ。

掲示板やツーリングに参加してくれている皆さんはご存知だろうが、うちのチームに”こうへい”と名乗るやつがいる。
こいつは小学校のころから知ってるやつなんだが、今となっては腐れ親友になってしまっているやっかいなやつだ。
こうへいの許可を得ずにプロフィールを公開してしまうが、こいつは中学卒業後に板前としての修行を積むべく寿司屋に入り、今となっては自分の店を構えてしまうような、なかなかすごいやつである。
こいつがこの後の俺の人生を大きく変える事になる。

もう一人登場人物を紹介しよう。
”いっちゃん”である。
寒中鍋パーティーやクリスマスパーティー2次会で会った人間も多いだろうが、
こいつもまた俺の腐れ親友である。
しかしこいつは俺の川釣りの”師”でもある。

以後、この二人を踏まえた通称3バカがこの話を思いっきり盛り下げることになるので血の気の多い人や、これだけ読んで目がかすんできた人、せっかくの昼休みをこんなくだらないページで過ごそうなんて考えている人は、痔によくないのでこのへんで右上の×ボタン、もしくはALT+F4を押されることをお勧めします。

高校1年秋。
こうへいが何かに燃えている。
就職が百万遍(京都市の北の方。ちなみに南の方が自宅である)のため、京阪で通勤していたのだが、勤務時間が深夜に及ぶことがあるので電車通勤は厳しいとの理由から原付免許を取得するというのだ。
その時、俺はハッとした。
16歳・・・それは大人の第一歩、公道を走るため、国から許可される資格を制限つきでありながらも持つことができる年である。

それまではチャリンコが金もない俺たちにとっては唯一の移動手段であり、どこに行くのもチャリであった。
思い出してみると俺が乗り物好きではなかったのか?と思う点がいくつかある。
ウルトラマンの補助輪つきチャリンコから始まったおれの二輪人生だが、その後に(小学生かなぁ・・・)6段変速の車のシフトレバーみたいなのが付いてるチャリが欲しくなり、大蔵省に予算案を提出して3年が経った末やっと手に入れた。(ジェットモンガロン号)
よく6速全開でぶっ飛ばしたもんだ。スピードメーターまで搭載し、烏丸通りで46キロをマークしたこともあった。
スピードの世界に目覚めたのか、その後(中学入学後)18段変速、ドロップハンドルのサイクリング車がほしくなる。(コーイチ・ナカノ号)
こいつでぶっ飛ばし白バイのおじさんにスピード違反で検挙されたこともある。
中3くらいには、釣行専用車となり、荷台を付け、タックルボックスを搭載できるように改造されてしまう。

チャリ話余談ではあるが、この頃いっちゃんと近所に捨てられているボロチャリをかき集めて、ひとつのチャリンコを完成させようか、と言う話になった。
普通に組めば大して難しくないのだが、ここで俺のチューン好きシンドロームが発病。
”やっぱり足回りが基本でしょ”の理念からとりあえず、普通のフレームに「サーボブレーキ」(ゴムパッドで止めるのではなく逆ドラム式とでも言おうか)を強引に装着してしまったのである。こいつはチャリブレーキの中でも相当制動力が強く、もちろん制動力が強ければそれを支えるフレームにもその分の負担がかかる。
それを(余計な知識は当時からNO.1)の俺は知ってはいたが、耐久性も試したい気持ちがあってか、心の奥底に葬っていたのである。
半ば強引ではあったがマシンは出来上がった。(爆走1号)
早速試乗を・・・・いっちゃんが逃げる。
やむを得ず俺が乗る・・・・・・(汗、数滴)
こいで見る・・・・・・・・・・(汗、滴る)
走り出す・・・・・・・・・・・(汗、噴出す)
動く、動くぞ。
調子にのって走りまくって見るが、どうやら成功らしい。

となれば、あとは俺チューンのサーボブレーキのテストである。
マシンを組む時のコンセプト(軽量化)を徹底しているため(単にいらないと思われる部品を付けなかっただけ)制動効果は絶大であると考えられる。
自信を付けた俺は全力で加速する。・・・・(汗、10ガロン)

・・・・・・・・・・・・・(加速中)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(足つりそう)

速度は十分にのった。
これならマンセルもびっくりだ。
俺の左手がブレーキレバーにかかる。
そして握った・・・・・・・・・・・・。

激しくコケタ。

一瞬の出来事のためなぜこけたのか理解ができなかった。

激しい痛みを伴う体を起こし、すぐさま現場検証を行う。
転がる車体を見て俺は驚愕した。
ブレーキを中心とし、それを支えるフレームがうんこ花火のように曲がりくねって一部が分断しているではないか。
こんな便利なものを作った記憶は無いのだが、しっかり折りたたまれっぱなし自転車の完成である。
失敗は成功の元。その後作ってないけど。

必ず学校に一人いるだろう、授業中に話がそれるととことん中断してしまう先生並みに話がそれてしまった感が無きにしもあらずではあるが、そろそろここいらで話を元にもどそうか。どんな話だったか忘れたでしょ?

”16歳になると免許が取れる”当時16歳では原付から自動二輪制限なし(現、大型二輪)まで二輪と名の付くものすべての免許が取れたわけだ。
こうへいが通勤のためその二輪の中でも入門編とも言える原付免許取得に着手した。
原付免許は管轄運転免許試験場でその日に行ってその日に取れるといったものだ。
今はどうなっているか定かではないが、学科講習も無く、(実技の講習は必要だったはず。それで合否は判定されない)お手軽なものだけに、道交法を軽んずる馬鹿者や、二輪の仕組みすらろくに知らない者を大量生産してしまう。日本国の恐ろしい資格である。
事故が多いとか、道交法違反がどうの、とか国が言うなら、その前に教育制度をなんとかしたらどうだね?日本国。
他人に車を貸して事故を起こされたとき、その責任を車の持ち主にも問うのでは?
じゃあさ、
他人に道路を貸して事故を起こされたとき、その責任を道路の持ち主の日本さんはどう取られるのですか?

違反をしたり、事故を起こすのはとっても悪いこと。
それは小学生でもしってます。
それをなくすためにしっかりとした教育をするのも責任だとおもうんですが?
免許を発行する国、教習所。関連のみなさん、もしこれ読んだらどう考えてるのか教えてよ。

またそれちまったい。
とにかくこうへいが原付免許を取得したのだ。
しかも原付本体(ホンダ タクト)まで職場の人にもらったらしく、乗り回してやがる。こうへいの親父がカブに乗っていたので、免許を取った日はそのカブを見せびらかしにきたもんだ。
当時の俺はスクーターぐらいは運転できた(謎)。
思春期真っ只中の俺はチャリの話の時にあったように、どうやらミッション車に興味がわくらしい。すかさずこうへいのカブを奪い、颯爽と走り出そうとしたその時。
なんの弾みかチョーク全開になってしまったらしく、カブは暴走。

激しくコケタ(トラック突撃付き)

これが今まで生きてきた中、バイクで転倒した5回のうちの1回である。

今思えば、パワーは無い、スピードは無い、などなどたいしたことない物ですが、当時チャリンコしか知らない俺たちにとって、原付たるもの、大人の雰囲気ムンムンの、なおかつかっこいい、なかなか現実的になれない物であった。
例えれば
初めてゴルフ場に行くような、
初めてバーに飲みに行くような
初めて脇に毛が生えるような

それにこうへいは乗っている。
チャリンコで付いていく俺たちが居る。
おれはこうへいに負けたくない気持ちと、
若干のバイクに対する好奇心が日に日に増えてきた。

しかし、ここで大きな問題が立ちふさがる。
こうへいは10月生まれ、俺12月。
なるほど、12月まで取れないのか。さすがの俺もこれは理解。

さらに高校が公立だったため、わけのわからん3ナイ、(学校によっては4ナイ)運動たる「てめーらなんてバイクに乗らなくてもいいんだよ、歩け!走れ!」的な運動があり、バイクに乗ることだけではなく免許を取ることすら許さない。
免許を取ることを国が許可しているにもかかわらず、その権利を根底から剥奪するきわめて非道的なことがなぜ許されるのか。
それが暴走族とか増やす原因のひとつのようなきがするんだけどなー
規制するから違反したくなる。

その2つの問題と、一番の大きな問題が 親父 である。
これがまたのちのち厄介なことになるのだがこのときは、”免許を持って置くだけ”という理由で許可。

問題は高校にばれると軽く1週間の停学&卒業まで免許没収、始末書いっぱいというものすごい刑に処せれるため、これはシビアである。
ま、見つかったらその時。との強引な方法で取得に出た。
どうせバイク本体なんて買えないし、乗らなきゃ見つからないでしょー

さー準備は出来た。
あとは12月を待つだけだ。

つづく?