時は過ぎ、12月を迎える。
腐れ親友である、いっちゃんも原付取得プロジェクトに合流し、冬休みを迎えるのをひっそりと待つ。
もちろん、こうへいにはゲリラ的内容で取得したことをバラす予定である。
この頃からか、どうもその辺のやり取りでこうへいと俺は隠し合い、驚かせ合いをはじめることになるが、そこに触れると一気に最近の話まで来てしまうのでここでは控えておこう。
いっちゃんとどうやってこうへいを驚かせるか会議を深夜まで繰り広げる。
やつ(こうへい)は絶対に俺たちより一歩前にいると思っていやがる。
そうはイカのチンチンである。
〜付録1 こうへいとバイク 〜
こうへいは中学くらいの時からバイクに興味があったらしい。
それをなぜ知っているかと言うと、むかし我ら3バカはチャリや電車であっちこっち遊びに行っていた。その時にやつは某バイク雑誌を必死で読んでいたのだ。
最初はKDXが欲しいとかなんとか・・・
そのころはオフ車がどうやらお好みなようであった。
しかし何々が欲しいとか、どのバイクがどーのこーのでとか言われても俺には呪文にしか聞こえないのである。
ZZRがどうだこうだ・・・・シティーハンターでも呼ぶのかい?こうへい君。
今ではあれだけ背も高く、がたいも良くなっているが、当時こうへいはとっても小さかった。だからバナナも半分でよかったよ、こうちゃん。
そのルックスから、バイクに乗りたいなんて想像もつかないよ。こうちゃん。
〜付録1 完 〜
当時京都府運転免許試験場(今どうなっているか知らないが)の原付取得までの流れをもう一度簡単に説明しておこうと思う。
まず試験受付で申請書を受け取り、安全協会で講習を申し込む。
そこで午前中に学科講習会と実技講習会を受け昼から試験場内で学科試験。
後に合格発表へとつながり、合格者は免許発行手順を踏む訳だ。
12月は24日だったかな・・・汗。
ついに待望の冬休みである。この日をどれだけ待っていたことか。
朝8時半にいっちゃんと俺は試験場に到着した。
うわさの段階ではあるが、高校の先生が学休期間、試験場でスパイ活動をしていることもあるらしいが、もし見つかればそれはそれ。
後に聞いた話ではあるが、京都市の某教習所で二輪免許を取ろうとしてうちの学校の体育教官(通称体教)に見つかった輩が居るらしい。
その先生はたまたま何らかの教習でそこに通っていたらしく、運が悪いとしか言いようがない。
その先生は他の体教と変わらず厳しいが、生徒には人気がある先生であった。
見つかった生徒は「終わった・・・終わったよ・・・」と思ったらしいが、その先生は「見つからないように取れよ」と見て見ぬふりをしたそうな。
世の中まだまだ捨てたもんじゃないね。まだ融通の利く先生っているんだぁ。
またまたそれてしまったらしい。
とにもかくにも申請が終了したが、さすがに冬休み初日と言うこともあり、この日を30本打てる助っ人を待つガイガース並みに待っていた学生たちがたむろしている。
講習をする安全協会のおじさん達がなにかあわただしそうにしている。
時間になっても何の指示もない。俺たちは野外でずっと待たされている。
少し時間がたち、協会のおじさんが、「今日は先に実技講習を行いますのでコースへ」
その時はなぜ実技が先行したのか理解できなかったが、試験場なんて生まれてはじめての俺たちはおどおどしながらコースに向かう。
そこで軍手と保安性最悪のヘルメットを渡され原付の乗り方レクチャーを寒空の中受けさせられた。
説明が終わり、とりあえずコースを周回するとのことで、一台一台コースに出るのだが、なんと一番先頭と一番後ろがくっついている。
これでは俺たち山手線ではないかぁ〜誰が先頭よ?
もちろんそんな状態で加速できるわけも無く、別にチャリンコでも問題ない速度でだらだら走る。
そこで出ましたよ。おばかさんが・・・
こういう場に来ると、必ず出るんですよ・・・この類のが。
教官の言うことにとにかく反発するやつ。
メットをずらしてかぶり、足を広げ、よく夜中にその辺走り回ってるようなやつですわ。何も試験場でそんなことしなくてもいいのに・・・
いくら注意されてもやめず、しまいには帰ってしまった。
お前何しに来たの?ま、協会的には金だけもらえてハッピーなんだけどね。
だらだらと講習が進み、特に(人がいっぱいな事意外は)問題がなく、講習は終了した。次に学科の部屋に移るわけだが、そこに行った時、俺は疑問に思った。
学科講習の部屋は見るからに狭い。
せいぜい40人がいいとこだろう・・・。
しかし周りを見渡してみると明らかにその5倍は人が居る。
受付順に教室に人が入っていく。
俺は受験票を見た。3桁であったのを覚えている。
だめじゃん
案の定40人で入場締め切り。
そこで協会のおじさんが出てくる。
「とりあえず、受験許可のハンコ押しておきます。とりあえずこれで受験は出来るからガンバッテ。」
そう言いながら受験票に教習終了のハンコを押して行った。
そのハンコが無かったら試験場で受験できないのである。
教習料かえせ。
すかさずそう思ったのは俺だけではないはず。
さぁ困った。
一応前日までに教本を買って予習をしていたが当日に”受けときゃほぼ出題されるところを教えてくれる教習”を受けれると思い込んでいたので困ったもんである。
しかし俺には自信があった。
なぜなら、小学校の時、おかんが車の免許を取りに行くとのことで学科の勉強を手伝ったことがあった。
何百問の問題集を作り、俺が解説しながらおかんに教えていたのだ。
今考えるとすごいガキである。
おれは特定の分野に限り恐ろしい集中力を発揮してしまう病にかかっているらしく、余命幾許もないとかあるとか。
まぁそれはさておき、なにを言っても講習からははみ出てしまったわけである。
先に実技講習をした理由が解った。
一応乗り方だけは教えておかないとまずいと思ったのであろう。
昼間で2時間も放り出されたいっちゃんと俺、そして200名の同士達。
あきらめて帰ったやつもいるであろう。
どうしようかと悩み、とりあえず飯でも食って時間をつぶそうとコンビニへ。
適当に食事を済まし、てくてく試験場に戻ろうとすると、試験場の目の前に”原付講習”なる看板が・・・
俺は何とかなると思っていても、何にもしてきていないいっちゃんが万が一落ちると今までの友情が一瞬で吹っ飛んでしまいそうな殺伐とした雰囲気を感じた俺は、とりあえずどんなところか覗いてみようと思い、中の人に尋ねた。
すると講習では試験に出ることしか教えない。とにかく覚えれば受かるらしい。
俺も保険の意味で受けてもいいなと思い、いっちゃんを誘うと、いっちゃんも受けようと言う。さっそく申し込みを済まし、二階につれて行かれた。
もう1時間も前から講習は始まっているらしく、ものすごい熱気漂う部屋に案内された。そこはまさにすし詰め状態。ごんずい玉みたいな、朝の地下鉄四条駅みたいな(大阪駅までとは言わない)開店直前の人気パチンコ店の入り口みたいな状態でみんなが問題集を見ている。
そこの中心で解説をしながら問題集をものすごい速度で解いているおやじがいる。よくよく聞くと「必ず〜〜〜と書いてあると×だ」とか「5m、10m、30m、以外は×だ」とか、「日本酒といえば○だ」とか道交法云々ではない。
とりあえず覚えろの精神。
完全に出題をパターン化されている・・・
これでいいのか道交法。
すし詰めにすし詰めを重ねて俺たち二人は部屋の端に座らされた。
そこからは講習おじさんのオンパレード。
良くしゃべれますな〜〜って勢いでがんがん問題を解いて行く。
おじさん、問題集みてないでしょ・・・
おじさん、全部覚えちゃってるでしょ・・・
おじさん、どっかの教祖っぽいよ・・・
もう”マル”って発音できなくて”バル”になっちゃってるし・・・
しかし、要点はしっかり抑えてるようで、重要なところはホワイトボードを使っての解説になる。それが結構解りやすい説明なのだ・・・
さすが合格できなきゃただで再講習してくれるだけある・・・。
試験ぎりぎりまでたっぷりと呪文を聞かされたあとで俺たちは試験場へと向かわされた。俺にとっては自分で予習して来たところをさらに復習した感じで、受けてよかったなーって感じではあったが、いっちゃんは結構緊張顔である。
しかし俺も16年ぶりに頭使っちゃった。
少し話が(またもや)ずれてしまうが、
今、原付を取りたいと思ってから試験を受ける直前までこうやって文章にしている訳だが、このペースで行くと今(2002年の俺)に達するまでものすごい量かかなきゃいかんじゃないの!俺はたからさん(掲示板、リンク先参照)じゃねーっつーの。
たまに思いつきで書こうかなっておもっただけなんだけどなぁー
まずい。俺の性格から分析して99.99デシリットル連載なんて不可能だ・・・
この先、きっと、いや必ず文章は簡略化されていくでしょう。
この辺で読むのやめない?みんな。つまらんでしょ?
さてさてこの辺で話を戻そうか。
ついに待ちに待った試験直前である。
試験会場で配られた解答用紙(マークシート)に必要事項を書き込み、試験開始の合図をじっと待つ。
試験官の合図でいっせいに試験が始まった。
問題用紙を開くと・・・
なんてことない簡単な問題が。
だいたい今時正誤式なんてはやらねーよ。ウルトラクイズじゃねーんだから。
泥水にでも落ちてなさい。
さくさく答えていきすべて終わったとき、時間は・・・
あれ、10分しかたってないじゃんか。
寝よう、寝てしまおう。
そういえば大学入試の(もち落ちた)センター試験も時間が有り余って寝た記憶が・・・いや、そればかりか昼休みを有効利用してパチンコ屋に・・(以下自粛)
あっという間に終わった原付試験は合格発表を待つだけとなった。
またこれが待たせるんだよね。お前はみのもんたか。
ピンポーンパーンポーンただ今から原付免許試験合格者の発表を・・・・
アナウンスだ。
京都府の試験場をご存知の方は電光掲示板がどんなのか知っているでしょうが、オレンジの文字で合格者が表示されるのだ。
アナウンス後、いっせいに掲示板に合格者が表示された。
俺は200番台(正確な数字は忘れた)おそらくこの辺であろう場所を探す。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
あった。
あら、いっちゃんも受かってるの?チッ(舌打ち)
しかし俺は唖然とした。
俺、いっちゃん、そしてもう一人。その前後が無い。前後10名近く無い。
受験番号どおりに試験室では並んでいた。ということは、俺がの前に座っていたやつ10人ほどが落ちたことになる。(ニヤ。)
今までに俺は原付、中型二輪、普通自動車と試験を受けたが、(大型二輪は限定解除のみで学科なし)今まででもっとも印象に残っているのが原付試験合格時である。
正式に国に公道を走ることを認められたのである。これは当時おこちゃまな俺にとっては感動以外の何者でもない。これで大人の仲間入りである。
原付といっても十分人に怪我を負わせる、または人を殺すことが出来る乗り物である。
なめてはいけない。その責任を十分取れる年齢で、かつその資格をもつ能力があるということを免許書という一枚のカードは証明しているわけだ。そう考えれば怖いもんでしょ。
電光掲示板を全部見渡してみると相当な数の人が落ちていた。
原付免許なんて大半の人間が合格すると聞いていたが、意外とそうではないもんだ。
俺といっちゃんは、うかれまくりで免許交付までを歩み、そしてついに運転免許証を手に入れた。このころの免許は今の免許より大きい免許である。
さぁ、後はこの免許をどうしてくれるかである。
いかにしてあのこうへいをびっくりさせるか。
家に帰ってきて、さっそくこうへいを家に呼ぶ。
俺たち3バカは今でもそうであるが、3人時間が合えば集まっている。自分の彼女よりも3バカ集まってる方が時間的に長いくらいの勢いである。絶対女と遊んでるより男連中で遊んでる方が楽しいもの。しょうもない買い物付き合わされなくていいし。たいしておいしくも無いのに高い食い物を食いに行かなくてもいいし。オシャレなんて微塵も感じさせない俺がオシャレな店に入るなんて事もしなくていいし・・・
いいだせば相当反感を食らいそうなのでこの辺で・・
俺の家に集まるのは珍しいのだが、なぜかその日は俺の家にみんな集まった。
そこでいつものように地球にやさしくない3人はだらだら無駄な時間を過ごし、ネタに飽きたところで、俺といっちゃんが念入りに頭を前借10年分使用して考えに考え編み出した最高の免許自慢作戦を実行する。
「こうへい、ひまやからメンコしようや」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・。
「お・・・・・おう」←こうへい
パシッ!←俺
パシッ!←いっちゃん
「げ!!」←こうへい
俺たちの作戦は成功した。
(次回予告)
俺たちの免許を見て燃え上がるこうへい
ここから俺とこうへいの熱いバトルが繰り広げられた。
バイクに賭ける夢。そして希望。
俺たちはどこに向かっていくのか・・・・
制作費90億円
夢と真実と愛を求めるエキサイティング、バイオレンス、サロンパスアクション。
「上へ、上へ。」
ご期待!