〜 第4話 走れ!RF! 〜

 


なんだかんだ言いながら俺は中型二輪免許を取得した。
免許を取ると乗ってみたくなるものだ。
しかし、我が家はなかなか厳しく、特に親父が絶対にバイクなんて乗せてくれない。
しかもうっとおしいのが”バイクの4ない運動”とやら。
「免許を取らない、バイクに乗らない、乗せてもらわない、あと買わないだったっけ?」通常3ない運動といわれているが、我が校は何を血迷ったか3つだけで十分であるのにさらにもうひとつ付け加えたのである。
親父の言い分には2つあった。「事故を起こしたときに自分で責任が取れない、(本人が持っているので)中型みたいなちっこいのは危険。」後者が後々俺の人生を変えてしまうのだが、その話はまた後日。ちょっと愚痴を言わしてもらうが、ダメダメと禁止するからそれを破りたくなる。ってのは人間あるでしょ。逆に海外のように授業に免許を取る時間を設けたり、禁止しないでサポートしてやると言う考え方が出来れば、不良=バイクみたいな古典的発想は無いと思うんですがどうでしょ。
話は戻って続きである。
バイクを買う為には大変な資金が必要である。
こうへいが免許所得後すぐにバイク購入が出来たのは、彼は社会人であったからだ。
バイトもしてない俺に小遣いでうん十万するバイクを購入できる訳が無い。俺には若干の貯金ってもんがあったが当時の20歳未満の保険料だけでかるく13・4万の代物。車検、等など考えただけで恐ろしい。
ほんと、その時自分が子供である事を身を持って自覚したね。
で、バイクを買うことは不可能100%となってしまったのだ。後にバイクを手にするまでの約1年半バイクとすれ違うだけでつらい思いをしたもんだ。今までここまで執着心を持ったことがあっただろうか。
こうへいの休みは毎週木曜と決まっていた。彼は今もなお平日休みの生活を送っている。今だからこそ土日に俺はツーリングに出ることが出来るが、当時周りでバイクに乗っているのはこうへいだけ。バイクを近くで拝むことが出来るのは毎週木曜だけであった。
基本的に俺、こうへい、いっちゃんの3馬鹿は毎週木曜になるといっちゃんの家にたまる。いっちゃんが学校を終え帰宅するのが4時ころ。俺も3時半頃となっていたので自動的に4時半には3人がそろっていた。こうへいは休みなのだが、周りの人間は学校や仕事がある関係上どうしても4時頃からしか遊べない。

 

〜 付録 〜 いっちゃンち

いっちゃんの家はすごい。セルフサービスなのだ。
高校の時、いっちゃんの家は通学路上にあった。俺の家は微妙に自転車使用可能距離から外れていたので、自転車通学は認められていなかった。そこで、俺は考えた。いっちゃんの家までちゃりんこで行って、置かしてもらう。我ながらナイスアイデア。
そうこう言う内に毎朝いっちゃんの家経由で学校に行く。ちょっと時間が空いているときはいっちゃんの家に上がりこみ休憩。タバコキープしてあったのでそいつで一服。
この時間帯、いっちゃんはすでに学校に行っており、いるのはおっちゃんおばちゃん。
何がすごいって言うと俺はガラッと空けて勝手に部屋に上がりこみ、おまけにタバコまで吸ってテレビ見てあわやファミコンまで始めるぞってーのにまったく無視。
たまにこっちを見たと思ったら「お〜っす」の一言。
いいのか、それで。
ひどいときなど、俺は学校の帰りもちゃりんこを置いてあるのでいっちゃんの家による。そこでタバコ休憩をしたりするのだが、俺が帰る時間に合わせて飯が作ってあったりしていた。んで飲み物は勝手に冷蔵庫探して飲め、と一言。
いいのか、それで。
まだまだひどいことに、もちろん誰も居ないときは鍵がかかっている。
しかし俺やこうへいは屋根伝いに進入し、庭から家に上がりファミコンをしていた。
それでも普通にただいまぁ〜っと帰ってくるいっちゃんのおかん。
いいのか、それで。

〜付録 終 〜

 

3人が集合するとさて何して遊ぶ。から始まるのだが、俺が免許を取ってからは、”バイクに乗りたい”という事しか頭に無い。というわけでいっちゃんは家に置いておこう。
初めてこうへいの後ろに乗ったときは衝撃が走った。
今まで体感したことの無いスピード感、ブレーキのタイミング。
車では座り方に違いがあるとはいえ、なかなか味わえないものだ。
すっかり虜になってしまった俺は、木曜になる度に乗せろとおねだりするようになるあわよくば俺が運転してくれるわ・・・ぐへへ。しかし、仕事で毎日バイクを使っているこうへいにはもう新鮮味はなく、「ダルイ」で片付けられてしまう。そこをすかさずビンタで目覚めさせ、お出かけするわけだが、ある時こうへいがとんでもないことを言った。乗って見るか?。ここは教習所ではない。公道だ。原付すら免許はあるものの公道で乗ったことが無い俺にとってそれは恐怖以外の何者でもない。
しかも2ケツ。俺の中にバイクに乗りたいと言う気持ちは、大学に行きたい気持ちの5万倍はあったのでとりあえず乗ってみることを決意。こうへいはあらかじめ交通量の少ない道を選択し、俺に代わった。さっそくRFとやらにまたがるが、デカイ。教習所のスーパーフォアとは比べ物にならない。しかもご丁寧にセパレートハンドルで前傾姿勢。俺のイメージしたバイクとはまったく別物である。
とりあえず走る事は難なく出来たが、怖い。後ろも前も車。おまけに車とすれ違わなくてはいけないでないか。こんなところでエンストこいた日にゃ後ろから怖いおじさんが出てきてそのまま連れて行かれ大阪湾の藻屑にされてしまうかもしれない。もし右に立ちゴケした日にゃダンプカーにかるーくプレスされ今ごろ水木しげるワールドでいったんもめんのバイトをしているかもしれない。などなど不安が頭をよぎる。
もっとスピードを上げろとこうへいに言われるが、皆さんも経験のあるようにちゃりんこでがんばって漕いでもせいぜい35kmが限度、それを超えるのは未知の領域である。
車しか乗らない人から考えると、タクシーや電車のってるやろ?と言われがちであるが、バイクの感覚はまったく違う。風を受け体が剥き出しになっているだけで恐怖心も倍増である。
速度が40・・・・・50・・・と上がるがこのまま何処まで加速してしまうんだという余裕ぶり。俺はこんな代物に毎日乗っているこうへいが信じれなかった。付け加えるとバイクの特徴であるすり抜け。これをこうへいは難なくこなす。そのときの俺には2mの隙間があっても無理であったろう。キャリアの差を俺は見せ付けられた。
基本的にビビリな俺はこうへいの言うがままに運転し、坂道だ細い路地だと鍛え上げられた。今とまったく立場が逆である。
今、俺の事を速い、上手い、という人がいる。それは確かにセンスの問題も若干はあると思うが、基本的にはキャリアである。それだけいろんな乗り方をしてきているので、余裕があると言う事だ。前にも言ったとおり、俺はものすごく運動音痴でセンスは皆無である。ただ長く乗ってるだけ。
一度乗ってしまうと怖いもので、だんだん慣れてくる。毎週木曜日のこうへいライディングスクール。少々天気が悪くても、夜遅くなっても(もちろん親父には内緒)こうへいに教えてもらいながら練習したもんだ。交通量が多い道や細い道はこうへいが、安心して走れる道は俺が、とあっちこっち走りに行った。
悔しいがこうへいは俺のバイクの師匠なのである。なのに俺がBENEFITのリーダーをしているのには訳があり、それはまたまた後日。
この辺から俺とこうへいのバイク三昧の日々は続く。俺は日曜よりも木曜が楽しみになる。乗っても乗っても物足りない俺の頭はバイクの事しかなかった。
木曜日が雨だったりしたひにゃへこむへこむ、何度か強行で出かけたりもしたが、今となってはその時の経験が雨の日の走り方という形で残っているのだなぁ〜としみじみ思う。いつまともに走れるようになったかなんて覚えていない。でもその時はとにかく夢中で学ぼうとし、こうへいの技術に追いつこうとしていた。
その後、バイクに興味深々の俺は同じく何でも興味をもつこうへいに改造の話を持ち出すようになる。どっちが最初に言い出したかは解らないが、そのころホタル電球ってのが車乗りの間で流行っていた。ナイトライダーのアレに続いてブームになったものである。
バイクの腹や前輪、後輪を綺麗に照らすライトを付けたい。という話が持ち上がった。基本的に車もバイクも12vの電源を使っている事を知っていた俺は、「自力で出来るでしょ」と返答。バッテリーの位置だけ確認し、後は本体を買ってきてくっつけるだけでOK。
しかし、バッテリーと直付けすると電気はつきっぱなしになるので工夫が必要。
ヘッドライトと同期させるともしお巡りさんがいる時とか、族のおにいさんの横を通るときに喧嘩を売ってるようで危険。したがってスイッチをつける事でその問題を回避しましょう。しかしバイクパーツとして防水スイッチが出回っているとは露知らずの俺は適当にスイッチキットを探し出し、日曜大工ショップで配線や結線パーツを探しだして準備していた。ある時、こうへいがネオンライトキットを買ってきた。しかもバイク用だと暗いので車用の大型なやつを2本・・・・
さてどうして付けてくれようか。あらかじめ作っておいた配線予定図を見ながら取り付けシミュレーションを行う。手術は数時間に及んだ。一度バッテリーからシガーライターソケットに電源を供給し、そのソケットから電源を取ることで取り外しも楽々。おまけに車用の電気製品まで使える便利さ、もちソケットはシート下に収納するので雨の日も多い日も安心。スイッチは手元で操作できるようにハンドルに固定。防水用ではないのである程度の加工を要した。その他結線部分は万が一のショートに備え圧着チューブで固定。
問題はネオン館本体を何処に付けるか。前輪、後輪各一本ずつ照らそうという案もあったが、せっかくだから後輪に二本、派手に行こうぜ。となり取り付け作業に。こればかりは固定するための穴あけ作業がどうしても必要であり、こうへいに断った上シート下のカウルに穴を空け、ネオン管を固定した。
作業が終わり、いざ点灯。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
スイッチは?
「パッパッ」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
こうしてRFはどんどん変な方向に向かっていくのであった。


<次回予告>
明らかにおかしな乗り物と化していくRF400RV、
バイクが普通になじんできた頃、ついにツーリング計画が動き出す。
しかしバイクがあるのはこうへい一人。
BENEFIT創設前の我々が初めて行ったツーリングのどきどきはらはらアドベンチャー
次回 はじめてのツーリング? お楽しみに。