林檎日和
走ってくる少年の姿に気づいて、パーシヴァルは足を止めた。
従騎士は多かれど、団長付きの彼なら遠目にもすぐに判る。
「パーシ、ヴァル、卿・・・。」
「どうした、ルイス?」
「あの、お時間、よろしい、ですか?」
「ああ、まず落ち着け。」
どこから走っていたのか、息が切れている。
聞くまでもなく、ルイスの顔を見れば話題は判っていたが。
「今朝から、クリス様のお姿が見えなくて。」
案の定だ。
ルイスは、呼吸を整え、幾つか付け加える。
クリスが昨日まではブラス城内で過ごすと告げていたこと、出かける旨の書き置きがあったこと。
パーシヴァルは驚く素振りすら見せなかった。
実際、いつものことじゃないか、と思っていた。
クリスが息抜きにふらりと出かけるのは珍しいことではない。
たいていは行き先を告げていくが、思い立って一人で出かけてしまうこともままある。
散歩程度のこともあれば、後で聞いて驚くほどの遠出だったこともある。
たまに心配させられることはあっても、執務に支障を来たすわけでもなし、数少ない息抜きに文句を言う人間はいない。
ルイスも承知している筈だ。
「今日は元々、クリス様はお休みされる予定だったろう。」
「はい。城内でのんびりされると。」
「何か急用なのか?」
「そういうわけではないんですけど。 ・・・クリス様の剣が、置いたままなんです。」
パーシヴァルは軽く眉をひそめた。
剣がないと落ち着かない、と私服の時でさえ言うクリスだ。
「判った。野暮なことはしたくないが、一応探してみよう。」
「お願いします。」
「心配はいらないだろうが、いつお帰りになっても大丈夫なようにだけ、しておいてくれ。」
「はい。パーシヴァル卿、お気をつけて。」
ルイスはほっと表情を緩めた。
大事にしたくないから、わざわざパーシヴァルを選んで報告したに違いなかった。
「・・・・・・と、いうことがあったんですよ。」
説明し終えて、パーシヴァルは腰掛けていた木柵から軽く飛び降りた。
古い木柵が軋む。
隣に座るクリスは、持っていた林檎の芯を、少々ばつが悪そうに弄んでいた。
「そうか。いらぬ心配をかけてしまったな。」
「その言葉はルイスに言ってやってください。」
幾つかの手がかりをもとに見当をつけ、向かった先でクリスはあっけなく見つかった。
イクセの村だった。
着いた時、クリスは、村の広場で、行商人から貰った林檎を齧っていたのだ。
しかし、パーシヴァルは、すぐには声をかけられなかった。
髪の色ですぐに気づいたものの、クリスは見たこともない格好をしていたのだ。
変な、という意味ではない。
例えばこんな村で女性たちがごく普通に着ているような、素朴な服を身につけていた。
丈の長いワンピースにスカーフ、白いエプロンまでつけている。
髪は下ろし、カチューシャをしていた。
見たこともない姿。
こんな場所では当たり前の服装なのに、浮き立つほど華やいで見えた。
パーシヴァルに気づくと、クリスは開口一番、見つかったか、とのたもうた。
そして、悪びれもせず、村娘に見えるか、とその場でくるりと回って見せた。
村娘には見えなかったが、はあ、よくお似合いです、とパーシヴァルは間の抜けたことを答えた。
「昨日、寝る前に思い立って、朝早く出てきたから、言う暇もなかった。」
「で。その格好は、とお聞きすべきなんでしょうか。」
「ん? だから、村娘。」
だから見えないって。
クリスが嬉しそうなので、パーシヴァルは口には出さなかったが。
誰が見てもただの村娘には見えまい。
何を着ようとどこにいようと、育ちの良さが滲み出ている。
食べ終わった林檎の芯を、その辺に投げ捨てることもできないのだ。
パーシヴァルは、林檎の芯を受け取って、野菜くずのまとめてある一角へ放り投げた。
それを見て妙に感心するクリスに、笑いを必死に堪える。
「剣まで置いて、ですか。」
「この格好には合わなかったから。短剣なら持ってるぞ。」
自分の身は守れる、と場違いなことで胸を張る。
これ以上、どうして、と問う気はパーシヴァルにはなかった。
クリスは、それでも気づいたのか、ただの気まぐれだ、と言い足した。
柵に腰掛けたまま、ぶらぶらと足で宙を蹴っている。
心なしか、いつにも増して寛いで見えた。
ここがイクセで幸いだ、とパーシヴァルは思う。
こんなに稀少な、しかも愛らしい姿を、街中やら団内やらで見せられてはたまらない。
クリスが何者かを知っている人間は、この田舎では少ない。
いないでもないが、特に話題にもなっていなかった。
立場を忘れるなら最適の場所かもしれない。
長じて名を成したパーシヴァルにしてからが、『中通りのパーシィちゃん』なのだから。
その内心を察したかのようなタイミングで、クリスは呟いた。
「ふふ。パーシィちゃんの彼女、だって。」
クリスは勢いよく木柵から飛び降りた。
その際にスカートが引っかかりかけたが、幸いにも破けるような惨事には至らなかった。
やっぱり動きにくい、などと呟きながら、服の後ろを払う。
その、さらりと流れた髪の一筋を、パーシヴァルは手に取り、口付けた。
「帰ろう。見つかっちゃったし。」
パーシヴァルの手の中の銀糸が逃げる。
照れ隠しのつもりか、クリスが突然踵を返したのだ。
林檎のお礼を言ってくる、と振り向かずに言い置く。
あまりスカートの裾を跳ね上げないで欲しい、というパーシヴァルの視線などお構いなしだ。
苦笑して続こうとしたパーシヴァルは、井戸端会議をしていた一群に呼び止められた。
集まっているのはパーシヴァルを子どもの頃から知っている顔ばかりだ。
いつもながらに賑やかで、口を挟む隙もなく畳み掛ける。
パーシィちゃん、いつ来たの。
そりゃあ、あんな綺麗な彼女、放っておけないわよねえ。
パーシィちゃんは仕事だから一人で遊びに来たんだってさ。
わざわざこんな田舎にねえ、嬉しいじゃないの。
聞いたかい? 大事な人の故郷だって。言ってから真っ赤になってさ、可愛いねえ。
早いとこお嫁にもらって連れておいでよ。大歓迎だよ。
そうします、とパーシヴァルが答えると、豪快な笑い声が返ってきた。
クリスが怪訝そうに振り返ったので、パーシヴァルは軽く会釈し、その場を離れる。
林檎売りの前で、クリスは再び、赤い果実を手にしていた。
「パーシヴァルにもくれるって。」
クリスが放って寄越す。
林檎売りの商人は、兄さんの悋気は怖そうだからさ、とうそぶいた。
来た時に、パーシヴァルが睨みつけたのを気づいたのだろう。
美人の姉さんにプレゼントだ、とかなんとか言って渡していたのだ。
パーシヴァルはふと思い立って、その場で林檎を何個か買い上げた。
首を傾げるクリスに、澄まして言う。
「お土産ですよ、ルイスに。 俺が探しに来るの、判っていたんでしょう。」
「え?」
「剣を置いていったこと、置き手紙、その他諸々。」
置き手紙など、クリスは滅多に残さない。
一緒に剣を残していけば、誰が最初に見つけて、その後どうするか。
それに、パーシヴァルには判る程度に、行き先を感じさせるような手がかりが残っていた。
でなければ、こう簡単には見つけられまい。
言い当てられて悔しいのか、クリスはそっぽを向いた。
「・・・ばれたか。」
「ルイスは聡い。貴方の思惑も察していたかもしれませんけどね。」
「だとしたら、確かにお土産が必要かな。」
「俺からのお礼も兼ねてね。気づいてくれなかったら、貴方の可愛い姿を見逃したところだ。
どこに居ようと、何を着ようと、貴方は俺の彼女ですけど。」
人前で惚気られることが何より苦手なクリスは、林檎売りから林檎をひったくり、早足で歩き始めた。
パーシヴァルからは見えずとも、クリスの顔はその果実と同じ色をしているに違いない。
代金を多めに支払って、パーシヴァルは後を追いかけた。
本当に可愛いことをしてくれる、と笑いがこみ上げてくる。
村娘になって遊びに行くから一緒に来て、などとクリスに言える筈がない。
―早いとこお嫁にもらって連れておいでよ。
―ええ、そうします。
次に訪れた時、クリスが『パーシィちゃんのお嫁さん』と呼ばれて慌てる様を想像する。
今度こそ声を上げて笑い出したパーシヴァルに、置いていくぞとクリスが叫んだ。

HARVEST'06に突発参加させていただきました。
お題【いつもと違う】。お祭りが始まってから参加表明して書き始めました。なんという・・・。
個人的にはSS書いて、最終日前日に駆け込みで感想をだーっと書いただけという
しょうもない参加の仕方だったのですが、たくさんの作品を堪能できて、
感想もたくさんいただけて、本当に素敵なお祭りでした。
素敵な作品を披露して下さった他の参加者様に、私の駄文を読んで下さった方々・感想を下さった方々、そして何より主催者様に、心よりの感謝と愛を。
パークリ万歳!