聖歌の告げる季節が、最初の雪のひとひらを運んでくる。
降誕祭を間近に控えた今日、この冬初めての雪が舞い降りてきた。
垂れ込めた雲の下、人々の足取りは気忙しい。
無垢なる雪の色に称えられる乙女は、凍てつく風の中に佇んでいた。
冷たい風に乗って、女神の聖誕を祝う歌がここまで流れてくる。
雪に誘われて外に出たクリスは、街を見下ろせる高台に陣取って、ぼんやりと空を眺めていた。
見上げる顔にも絶え間なく落ちてくる白い結晶。
人気の無さと、少し離れて感じられる人の営みの気配が、息抜きにはちょうど良かった。
ミサを控えた礼拝堂からだろうか。
パイプオルガンの伴奏と透明な歌声が、微かに聞こえてくる。
まだ幼い少年少女の声はまるで水晶のよう。
クリスは目を閉じて聞き入った。
Hodie Salvator apparuit:
hodie in terra canunt Angeli・・・・・・
天上の響き。
自分には縁のないものだと、クリスは自嘲気味に思う。
以前、痛いほど思い知った、ある意味天才的な音楽の才能。
・・・・・・いや、天災的か。
けれども、嫌いなわけではないのだ。
最初の雪に、流れる旋律。
幼い頃から聞いて染みこんでいるキャロルは、自然に口からこぼれだした。
Hodie Salvator apparuit:
hodie in terra canunt Angeli,
laetantur Archangeli:・・・・・・
すぐ後ろから重なった声。
はっとして振り向いたクリスの後ろには、黒髪の騎士が立っていた。
声をなくしたクリスの隣に、当然のように佇むパーシヴァル。
聞かれた・・・!
回れ右して逃げ出そうとしたクリスの手は、優しく、だがしっかりと掴まれた。
「逃げるなんて、つれないじゃないですか。」
「・・・・・・。」
クリスは真っ赤になって俯いた。
学生時代、何の間違いだったか聖歌隊に入って、そして前代未聞の早さで自主退団して以来、
口ずさむ程度にも、滅多に歌うことなどなくなった。
まして人前でなど言語道断。
壊滅的な音痴だと自覚しているのだ。
人気がないとはいえ、ぼんやりしていたとはいえ、いつ誰かが通ってもおかしくない場所で。
寄りにもよって、聞かれたくない相手に聞かれてしまった。
「・・・・・・笑いたければ笑え。」
「何をです?」
「・・・歌。自分が音痴だってことぐらい、知ってる。」
「ああ。それで逃げようとなさったんですか。」
パーシヴァルは笑わなかった。
「ご自分で言われるほど、酷くはないと思いますよ。」
「気を使わなくてもいい。今更、ショックでもないから。」
「本心です。人に聞かせようと気負うから、変に力が入るのでは?」
呟く程度口ずさむのに、上手いも下手もあるものか。
パーシヴァルは笑わなかった。
穏やかに、だが真剣に、頑なな心を温める。
愛しい人ゆえ、多少の欲目は入っているとしても。
「まして天上に捧げる歌。
上手とか下手とか、女神はそんなことお気になさりますまい。」
大切なのはそこにこめる祈り。
クリスは首を傾げた。
以前にもそんなことを言われた気がする。
そう、聖歌隊を辞めると申し出た時に。
頑なになっていた心は、受け入れもせずすっかり忘れていたけれど。
苦笑も嘲笑もせずに、男は笑む。
「それに、今更俺に気を使う必要もないでしょう?」
流れてくる聖歌。
パーシヴァルは、口ずさむようにその旋律をなぞった。
伸びやかなテノールは、ごく自然で穏やか。
そしてとても心地の良い響きだった。
hodie exsultant justi,dicentes:
Gloria in excelsis Deo,Alleluia.
・・・縁のないもの、だけれど。
クリスは、ため息のように小さく、最後の歌詞を重ねた。
・・・・・・Alleluia・・・・・・
ほんの一小節。
けれど男は満足げに微笑んだ。
キャロルの旋律に乗せなければ、決して口にしないであろう言葉たち。
ひたすら聖なる存在を讃え、崇める詞。
「俺が忠誠を誓う女神はただ一人ですけれど。」
見つめる瞳にこもるもの。
鈍感な当の女神も流石に気づいて、先ほどとは別の熱を頬に宿す。
「私の歌では、流石の女神も気を悪くする。」
「無理にではありませんよ。気が向いたら口ずさむくらい、いいと思いまして。」
「自分で歌うより聞く方がいい。お前の声は好きだ。」
「光栄です。でも、声だけですか?」
「・・・知らない。」
その顔では答えたも同じですよ。
くるりと踵を返したクリスのあとに、パーシヴァルも続く。
そろそろ凍えた体を温めたい頃。
薄暮の街も、白く染まり始めている。
聖なる歌の溶けゆく夜。
暖炉の火よりも、その身を温めるものは・・・・・・。
・・・・・・Alleluia,Alleluia.・・・・・・
2003,12,30
ゼクセンではクリスマス=女神の聖誕祭、という勝手な設定を作ってみました。キャロル=聖歌・賛美歌というのもたぶんちょっと違うんですが・・・・・・そのあたりは深くつっこまないでやってください。
作中のキャロルの歌詞はグレゴリオ聖歌から抜粋しました。
訳 「今日 救い主が現れた
今日 地に天使たちの声が響き 大天使たちも喜ぶ
天のいと高きところには 神に栄光 アレルヤ と」(原曲には他にもう少し歌詞があります)
宗教曲はラテン語がいいですね♪ Requiemの歌詞も使えるかなーと密かに狙ってます。