円舞曲     もう一つの硝子の靴



広間には軽やかな音楽が流れる。
今日はビュッデヒュッケの祝祭日。
普段は質素なこの城が、ここぞとばかりに飾り立てられる。
ゆらめく灯火に、ざわめく声。
白いクロスの円卓には所狭しと並べられた料理。
レストランでは若い女主人が忙しく腕を振るい続けている。
数日前から城主以下一同が走り回っていた甲斐あって、宴はいつになく賑わいを見せていた。

舞踏会やら夜会やら、幼い頃から嫌と言うほど経験してきたボルスも、今日と言う日を心待ちにしていた。
なにしろ、敬愛してやまぬ彼の上司が、珍しくドレス姿を披露してくれると言うのだから。
いつもは騎士の礼装姿、それも勿論麗しいが。
自分にも気合が入り、つい新しい礼服まで手配してしまった。


そして、光臨した女神のお姿。
会場に密やかな溜め息が沸き起こる。
白い肢体を滑らかに覆う菫の薄絹。
髪を結い上げ、露になった細いうなじ。
白い肩、華奢な腰、伏せ目がちの瞳。
頬を染めて恥らいながら、静々と歩む足取り。
・・・完璧にボルスビジョン。
傍らに寄り添うパーシヴァルなど目に入らない。

・・・・・・ああ、なんて麗しく神々しく清らかで楚々とした中に華のある気品に満ち溢れた(以下略)・・・お姿!

声もなく立ち尽くすボルスに、クリスも気づいていそいそと歩み寄る。
気恥ずかしげに目線を逸らしながら、慣れない仕草で一礼した。
「ク、クリスさま・・・」
「ボルス、御機嫌よう。」
挨拶も上の空。
沸点はとうに超えている。
クリスは居心地悪そうに、ドレスの裾を軽く抓んだ。
「こんな格好、やっぱり変か?」
「そ、そんなこと!」
二人の顔は見事に赤い。
そこへ、残りの六騎士達と従者が集まってくる。
皆一様にぼうっとして、麗しき騎士団長の姿に見惚れるばかりだ。
言葉はぎこちないながらも、その傍を離れようとはしない。
エスコート役のパーシヴァルが苦笑する。
「クリス様のあまりのお美しさに、皆言葉を忘れてしまったようですよ。」
「パーシヴァル(卿)!」
クリスも含め、皆が異口同音に叫ぶ。



かくして、クリスを中心にものものしい集団が形成されてしまった。
大の男が顔を紅潮させて、一人の女性の周りに立ち尽くす。
他の者達は、気後れと言うか敬遠というか、兎に角遠巻きに見守っている。



会場のドアが開き、視界の隅に真紅の華が咲いた。
入ってきたのはティントの大統領令嬢、リリィ。
入り口で立ち止まった後、壁際で手を振るクリスに、ぱっと笑みをひらめかせる。
皆が遠巻きにしていた騎士団の集いの中にも、堂々と割って入った。
両手に腰をあてるお得意のポーズで、座り込んだクリスを上から下まで検分し、満足げに頷く。
「やっぱりいいじゃない。流石私が着付けただけあるわね。」
「あ、ありがとう。リリィもよく似合ってるわ。」
「当然よ♪」

リリィが着こなすのは、赤地に金糸の刺繍が施された艶やかなドレス。
対するクリスは、シンプルな中に気品の漂う淡い菫色。
一方は大輪の牡丹、もう一方は楚々たる菫。
豪奢なプリンセスドレスに流れるマーメイドライン。
ある意味対照的だが、どちらも相当の美人であることに違いない。

「・・・で、主役級がどうして壁の花になってるわけ?ご丁寧に騎士連中まで侍らせて。」
「私は出てきただけで十分だ。足が痛いし。お前達は行ってご婦人方のお相手を・・・」
後半は騎士達に向けて発せられるが。
パーシヴァルは当然のようにクリスの手をとって離さないし、他の男達は気まずそうに目を逸らす始末。
「・・・しょうがないわねえ。」
リリィは、彼らを一通り検分した後、一人の男の上で視線を留めた。

「お相手願えませんこと?」

優雅に手を差し出した相手は、烈火の騎士の二つ名で呼ばれる彼。
ボルスが面食らって固まる。
「な、なんで俺が・・・。」
「無粋な口ねえ。レディからの誘いを断る気?」
赤いレースに包まれた華奢な御手。
逡巡しながら、ボルスはその手をとった。
それを塩に、遠巻きにしていたご婦人方もおずおずと声をかける。
活気を増す宴の場。
気を利かせた楽団は優雅なワルツを奏で始める。



向き合って一礼し、お互いの手をとる。
ごく自然に、足はステップを踏み始める。
音楽に身を委ねれば自然にぴたりと合う呼吸。
普段は剣を取る無粋な手が、今宵は優しくパートナーをリードする。

・・・へえ、なかなか。
思ったのはお互い様。

三拍子のリズムに乗って、ドレスの裾と長い髪が軽やかに揺れる。
ふとした瞬間に甘い香りが漂って。
時折合う視線も、いつになく女らしく感じられる。
向けられた笑顔が妙に挑発的に見えるのは、衣装のせいだけだろうか。



「まあ、絵になるお二人ですこと。」
「本当に。」

周りの囁きがきこえてきて、ボルスは耳まで朱に染めた。
聞こえていないのか、そ知らぬ風のリリィの顔。
余計頭に血が上る。
深紅に白い肌がよく映えて、背に流れる髪は艶やかに光をはじく。
赤い色に輝く金の飾り。


そこでボルスははたと気づく。

ボルスの礼服は、白を基調に金糸と赤を織り交ぜたもの。
対するリリィのドレスも、赤地に金を配している。
お互いを引き立て合う、まるであつらえたような一組。
ボルスは見る見る顔を曇らせた。
偶然の一致。


「・・・お前・・・ドレスの色に合わせて俺を選んだのか?」


大統領令嬢は涼しい顔。
やっとの発言はあっさり肯定される。

「当たり前でしょ。なに、あんただから選んだとでも思った?」
「ううううるさい!」
「壁際に張り付いてたって仕方ないでしょ。光栄に思いなさいよ。」
「そ、そっちこそ、付き合ってやってるんだから光栄に思え!」


軽やかにくるりとターン。
ステップが乱れないのは流石というべきか。


「ま、あんたは中身はともかく外見はそこそこだし、お坊ちゃまでダンスもできそうだし。」
「おい、中身はともかくってどういう意味だ!」
「そういうところのことよ。」
「人のことが言えるのか?はねっかえり!」
「なんですってえ!? 騎士ならもっと紳士らしくしたらどうなの!」
「うるさい、ぎゃんぎゃん喚くな!」
「喚いてるのはあんたでしょ!」


相変わらず壁際に座っていたクリスは、中央で踊る二人を嬉しそうに眺めやった。
傍らのパーシヴァルの袖を引っ張って囁く。
「仲がいいんだな、あの二人。」
「そうですね。」
パーシヴァルには、二人の様子も手に取るように見えるのだが。


「だいたいねえ、あんたは騎士として失格よ。女性にはもっと優しくするもんじゃないの!?」
「騎士にだって相手を選ぶ権利はあるんだ!」
「なによ!ティントの大統領令嬢のどこが不足だって言うの!?」
「守って欲しかったらもっと淑やかにするんだな!」


心なしか弾むクリスの声。
パーシヴァルも微笑んだ。
「意外とお似合いだと思わない?」
「ええ、思います。」




「うるっさいわねえ!あんたみたいな男、大っ嫌い!」

ボルスは知らない。
リリィが彼の礼装を事前に調べて知っていたことを。
その後、注文していた自分のドレスのデザインをわざわざ直しに行ったことを。

「お前みたいなはねっかえり、こっちこそ願い下げだ!!」

リリィは知らない。
ボルスが自分の服の配色に、クリスではない一人の女性を思い浮かべたことを。





なんだかんだと言いつつ、二人はラストワルツまで踊り続けた。
途中、こっそりとクリス達が抜け出したことにも気づかず。

犬も食わない何とやらを繰り広げながら、他の追随を許さぬ技量で踊り続けた。
ボルスとリリィの勇姿は、ビュッデヒュッケ城に末永く語り継がれることになる。











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2003.3.2
書いてみたかったんです。 ボルリリ(リリボル?)になってるでしょうか?
この二人、元気が良くて大好きです。そして画面が派手になりますねー。
まさに喧嘩するほど仲が良い二人。お似合いv
ビュッデヒュッケの幸せ伝説その1です。(笑) ・・・どうか石投げないで下さい・・・。