自室で机に向かっていた昼下がり。
男は花を抱えてやってきた。
「何。」
「花束です。」
零れ落ちるような笑みを浮かべるパーシヴァル。
花束なのは見て判る。
白いレースに包まれた色とりどりの花々。
かけられたリボンが清楚さをひきたてる。
綺麗、だけど。

こちらの表情に気づかないわけでもあるまいに、
「貴女に、と思って。」
笑顔のまま、その花束を差し出した。
ご機嫌斜めですか、これで直りませんか?とでも言う具合。
何の行事でなくても、恋人に花を贈るのが様になる男。
相手の好みなんか知り尽くして、いつも喜ぶものを贈ってくれる男。
だけど。

「いらない。」
「え?」
「いらないから持って帰ってくれ。」
愛想のかけらもなく、差し出された手を押し返した。
パーシヴァルは明らかに面食らった様子でこちらを見つめ返している。
予想もしなかった反応に違いない。
その顔を見たら、無性に腹が立った。
「いらないったらいらない。忙しいから出てってくれ。」
「クリス様、」
何か言いかけた男を、問答無用で部屋の外に押し出した。
そのままドアを閉め、後ろ手にノブを持って寄りかかる。
ドアを叩く振動とノブを回そうとする力、背中に聞こえる声。
全部無視した。
しばらくして、ようやく声がやむ。
諦めた足音が部屋の前から遠のくと、クリスは大きく息をついた。
我ながら可愛げのない態度。
判っていても、こみ上げる苛々を抑えることができなかった。
花束なんて見たくもなかったのに。
静かになった部屋に、微かな花の残り香が漂う。
クリスはもう一度ため息をついた。

気を取り直して机に戻る。
ペンを執り、書きかけの書類に向かった。
だが、3分も経たないうち。
「……だめだ。」
集中できない。
さっき感じた花の残り香。
ドアの向こうに押しやった男、垣間見た顔がちらつく。
クリスは諦めてペンを放り投げた。
「散歩でも、しよう。」
言い聞かせるよう呟いて、クリスは立ち上がった。




外は快晴。
表に出た途端、真っ青な空と鮮やかな緑が目に飛び込んでくる。
子どもが走り回って、大人は其処此処で立ち話。
突然やって来た騎士団長に、慌てて姿勢を正す騎士の姿も見られる。
広場は平和そのものだ。

その一角に、ふと目に付く姿があった。
宿屋の前に鍬を担いで立っている後姿、あれはバーツだろう。
珍しく畑を離れ、宿屋の管理人セバスチャンを相手に何やらまくしたてている。
何事かと立ち止まったクリスに、いつもの困惑顔でセバスチャンが顔を上げた。
「あ、あ、ク、クリス様。」
「ん?クリス?」
バーツも振り向く。
ハンカチで額の汗を拭く執事と、どこまでも爽やかな農業青年。
珍しい取り合わせだ。
「何か揉め事か?」
「い、いえ、その。」
「クリス、ちょうどよかった。あんたも聞いていってくれ。」
バーツが身を除けて地面を指差した。
そこに置いてあったのは、宿屋に置いてあったらしき花瓶と活けられた花。
―――また花か。
クリスは内心でため息をついた。

簡素な花瓶に活けられた花は、普段宿屋に飾ってあるものとは違っている。
一見して高価と判る代物。
そんな視線に気づいてか、セバスチャンが汗を拭き拭き答えた。
「あの、これは、劇場の方から頂いたんですよ。
 出演者の方宛ての花束なんですが、数が多いので城に飾って欲しいということで。」
「劇場、の。」
クリスが眉根を寄せた。今度はあからさまに。
そんな様子を気にもとめずに、バーツは花束をびしっと指差した。
「問題は花の出所なんかじゃないだろう。見ろ、杜撰に扱うからもう萎れてきている。」
確かに、花の幾本かは下を向いて、あまり元気がないようにも見える。
「貰いもんだろうがなんだろうが、折角咲いてる花だ。
 少しでも長く、綺麗に咲かせてやるのが人の道。
 そのためにはだな、まず……。」
しゃがみこんで花瓶を手に取るバーツに、セバスチャンがおろおろと従う。
クリスはその傍らで、取り分けられる花をぼんやりと眺めていた。






劇場といっても、最初はひっそりしたものだった。
住人を集めた素人劇。
だが、支配人の手腕か、それが非常に受けた。
いつの間にか近隣の街にまで評判が立って、その興行収入は城の貴重な資金源の一角を担うまでになっている。

出演者は人の呼べる人間が望ましい。
なので六騎士ともなれば出演依頼が殺到する。
断りきれずに一度舞台に立って以来、クリスはきっぱり断り続けているが。
(その一度で、台詞も段取りもすっ飛ばした挙句、慣れないドレスに躓いて舞台装置を破壊した。
 輝かしい戦績・・・あんな恥をかくのはもう懲り懲りだ。)
勿論、演技が出来るにこしたことはない。
隠れた名優も多く発掘されているのだ。
現在の公演でも主役をこなしている、パーシヴァル・フロイラインもその一人だ。
知名度があって演技はプロ級。
よく通る声に流麗な台詞回し、女性客の視線を捉えて離さない顔立ちと立ち居振る舞い。
全くもって器用な男だと、クリスは感心しつつ半ば呆れた。
剣技くらいしか能のない自分とは大違いだ、とも。

初めはクリスも素直に喜んでいた。
城の住民として貢献できるし、騎士団内外の親睦も深まる。
何より舞台上のパーシヴァルを見られるのは嬉しかった。
それが、回を追うごとに苦しくなっていくなんて、思いもよらなかったのだ。


舞台の上で。手の届かないところで。
自分以外の女性を見つめ、大勢の視線を釘付けにする。
終演後は、もれなく熱狂的なファンに取り囲まれる。
昨夜の終演後に見かけたのは、幾重にもお嬢さん方に囲まれ、持ちきれないほどの花束を抱えたパーシヴァルの姿。
笑顔で受け取って、気の利いた一言を付け加えて。
判っていたけど。判っているけど。
クリスは黙ってその場を去った。


ボルスやロランも請われて舞台に立ったりする。
大量の花束や菓子の処分に困って、周りに配り歩くのもしばしばだ。
パーシヴァルも、六騎士の集まる場にそれらの戦利品を広げ、サロメに注意されたりしていた。
クリスもその恩恵に与ってはいる。
でも、個人的に持ってきたのは初めてだった。

私のところに。
他の女性から渡された花を。
どうしてだろう、それだけで泣きたくなった。






「おい、聞いてるのか、クリス?」
バーツの声に、クリスは我に返った。
「え、ああ、すまない。」
『切花を長持ちさせるコツ』を熱く語り終えた彼は、活け直した花を整えているところだった。
クリスが上の空だったことを見抜いて、仕方ないなと首を振る。
「あんたの部屋にもあるんだろ、パーシヴァルの花束。
 折角だから大事にしてやれよ。」
「・・・どうしてそれを?」
唐突な言葉にクリスは戸惑いを隠せない。
バーツは、さも当たり前のように答えた。
「今朝、イクセの花市で・・・ああ、今日は久しぶりにイクセで市が立ったんだ。
 例の襲撃以来、それどころじゃなかったからな。」
例の襲撃。
クリスがパーシヴァルに連れられて、初めてイクセの村に行った時の話だ。
グラスランド側の急襲を受け、豊穣なイクセの実りは焼かれ踏みにじられた。
完全な復興にはまだ当分の時間がかかると言われている。
「市っていってもささやかなもんだけど、嬉しいよな。
 俺もここで作った野菜を持っていったら、パーシィの奴も来ててさ。」

彼女にプレゼントかい?なんて店のおばちゃんに聞かれて。
ええ、ですからとびきり綺麗なのを、と極上の笑み。
細かく花を見比べて、レースとリボンまで選んで。
つくづくまめだよな、とバーツは笑った。

「俺は花は作らないが、同じ農家の人間が汗水垂らして育てた花、大事にしてもらわなきゃ…おい、クリス?」
クリスは唐突に身を翻し、走り出していた。
バーツの声に一度振り向いて、
「失礼する。ありがとう!」
そのまま駆け去る。
あまりの勢いに、バーツが呆れたように呟いた。
「さすがに、そこまで急がなくても枯れないと思うがなあ。」
「は、はあ。お忙しい方ですから。」
残された二人は、花瓶を抱えたまま呆然とその姿を見送った。






走ってきた勢いそのままに、クリスは部屋に飛び込んだ。
「パーシヴァル!」
叫んで開けたドアの向こう、呼ばれた男は驚いたようにこちらを見つめている。
投げ出された花束が目に入って、クリスは続く言葉を飲み込んだ。
今更ながらに先程の態度が思い出される。
どんな気持ちでこの部屋に戻ってきたのか。
クリスは下を向き、懸命に言葉を探した。
「さっきは、その・・・・・・ただの誤解で。すまない。私は・・・。」

息を切らしたクリスの様子、その目線で、パーシヴァルは大体のことを察したらしい。
呆れたように、安心したように、ため息をつく。
「大方、つまらない誤解をなさっているんだろうと思いましたが。
 私がそんな無粋な真似をするとでも?」
「だって。昨日の今日で。突然花なんか持って来るから。」
大入りだった劇の公演。抱えきれないほどの贈り物を貰っていた、その次の日なのだ。
「貰った花は全てトーマス殿達にお渡ししました。
 有難く城中に飾らせて頂くと、送り主にも言ってありますから。」
受け取るでもなく、断るでもなく、お嬢さん方の機嫌を損ねないように。
やんわりと笑みに包んであしらう技術は、たぶん相当なものに違いない。
クリスがすまなそうに顔を上げると、パーシヴァルは横を向いた。
ぽつりと言う。
「それに、貴女だって受け取っていたじゃないですか。」
「私が舞台に立ったのなんて一度くらいだぞ、それにあれはお前達から・・・」
「違いますよ。
 つい先日。若い兵士から。」
クリスは首を傾げた。
考えて、ようやく思い当たると、慌てて説明する。
「あれは違う!あの兵士はイクセの出身で。
 以前の襲撃の時に、私がいて助かったからと。
 実家の母君に託って、あれから一番に咲いた花を、」
「知ってます。あとで問いただしましたから。」
――尋問したのかこいつ。
クリスの視線に、当然ですと言わんばかりの表情が返ってjきた。
哀れな新米兵士は、わけもわからぬまま、同郷の先輩のどす黒いオーラに追い詰められたらしい。
(その後もクリス親衛隊の面々に問い詰められたり散々な目に合ったことは推して知るべし。合掌。)

「理由はどうあれ。故郷の花を贈るのに、先を越されたのは確かですから。」
拗ねたようなパーシヴァルの表情に、クリスは思わず吹き出した。
「私も大人気ないと思ったけど。」
「どうせ子どもですよ。」
パーシヴァルはくるりと後ろを向いた。
そのまま、机に投げ出された花束を拾い上げ、大事に抱えあげる。
そして徐に、クリスの前に跪いた。
「誤解の解けたところで。
 改めて、受け取って頂けますか、姫君?」
「姫じゃないけど。・・・ありがと。」

受け取った花束は、可憐な見た目よりも重みがある。
生きている花の重みだ。
踏みにじられてもまた蘇る、強い大地に咲いた花の。
クリスは花束を優しく抱きしめた。
その香りに、もう何の憂いも感じない。
「バーツにちゃんと聞いておくんだった。切花を長持ちさせるコツ。」
「それなら俺が知ってます。早く花瓶に活けてやりましょう。」
放り出してしまったお詫びもこめて。
クリスも明るく頷いた。


並んで廊下を歩きながら、パーシヴァルは思い出したように付け加える。
「これ、花言葉までしっかり考えて選んだんですよ。」
「へえ。」
「この花は『永遠の愛』、こちらは『変わらない心』、これは『貴女の虜』・・・」
「・・・恥ずかしいからやめてくれ。」
「偽りなき我が心ですよ。」
「こんなところで言うな。」
クリスの足が速くなる。
つれないですね、とパーシヴァルが口に出す前に、
「・・・・・・あとで、聞くから。」
小さく、確かに呟かれた言葉。
半歩後ろから、銀糸の隙間に真っ赤な耳が見える。
その耳元に唇を寄せて、男は甘く囁いた。
「では、続きは後ほど、ゆっくりと。それでよろしいですか?」
足早な後姿。
微かに頷いた姫君の胸で、花も満足げに揺れた。







戻。
長くなりましたねー・・・まとまりないですねー・・・。
掲示板に2000hitsを踏まれたご報告を頂いたので、「何かご希望があったら書きますよーv」と無理やりとりつけたリク、
「お互いに嫉妬するパーシィとクリス、最後にはやっぱりらぶらぶv」を元に書かせて頂きました。
因みにリク頂いたのは初夏の頃。夏が過ぎ秋が来て新年まで迎えてしまった現在。時間かかりすぎです。
すみません。ひたすら土下座。自分の遅筆レベルを弁えるべきでした。何回書いても気に入らなくて、没った挙句がこれです。結局まとまらず。ごめんなさいーーー。
・・・・・・今更読んで頂けなくて当然なのですが、謹んで煌架さまに捧げます。
意味もなくバーツを出張らせてしまったし、リクに沿っていないような気もしますが。これじゃあ【お題:花束】ですね、どう考えても。

煌架さま、2000hits並びに素敵なリクをありがとうございました。
2004.1.11