碧空の丘



どこまでも続く、青い空と緑の海。
陽の光が草原を鮮やかに彩る。
地平の果てまで続く草原は,この大地の名前そのもの。
目映い太陽の恵みを浴びて、二頭の馬が草を食んでいた。
一方は栗毛で、もう一方は白馬。
どちらも見事な毛並みで、よく手入れされていることが一目で判る。
鞍と手綱をつけているが、今は誰も乗せていない。
広々としたところに解放されて、思いがけない余暇を楽しんでいる様子である。
彼らの主人はというと。


「いい天気だな。」
「そうですね。」

草の上に大の字に寝そべっているのは、それにそぐわぬ美しき乙女。
ゼクセン騎士団長、クリス=ライトフェローその人であった。
隣で同じく仰向けになっているパーシヴァルが小さく笑う。
「なんだ?」
「いえ、今朝から同じ台詞を何度聞いたかな、と。」
クリスは眉根を寄せた。
パーシヴァルは、それを見てさらにくすくす笑う。
「・・・・・・いいだろう、何度言ったって。」
「別に悪いとは言ってませんよ。折角の遠乗り、晴れて嬉しいのは私も同じですし。」

草原にざあっと風が吹き渡る。
遥かな大地を渡ってきた風に、草の葉鳴りはさざ波の如く。
二人の髪や服をなびかせ、また見知らぬ土地へ去っていく。

クリスは抜けるように果てのない空を見上げた。
「・・・・・・不思議だ。同じ空の筈なのに。」
ゼクセンのそれよりも、広く深く感じる。
草原を渡る風も、川のせせらぎも。
この大地はなんて鮮やかで、力強いのだろう。

「こんなにゆっくり眺めたこともありませんでしたね。我々がこの地に立つときは、大抵が戦いの場ですから。」
騎士の宿命ですけどね。パーシヴァルは笑う。
クリスはその顔をそっと盗み見た。
改めて、整っていると思う横顔。

彼は自分ほどこの空に感動したりはすまい。
彼の生まれた故郷もまた、優しい大気に包まれたところだから。
石造りのゼクセとは違う、大地に愛された村。

「イクセの空も綺麗だったな。」
クリスは目を閉じる。
瞼の裏には、あの日の美しい風景が今も焼きついていた。
「丘に上ると風が気持ちよくて…夕映えの空の下に、金色の麦が一面に揺れて……」
辺りに満ちる草のざわめきが、麦の穂の揺れる音と重なった。
自然と身体に満ちてくる、心地良い響きだ。

自分は、大きな流れの中のほんの一部。
卑屈な意味ではなく、自然にそう感じられた。
それは心地のいい感覚。
肩の力が抜けていくような。


「あの日のクリス様は、格別にお綺麗でしたよ。」
いつのまにか、パーシヴァルの眼差しはクリスに注がれていた。
「・・・・・・くすぐったいお世辞はよせ。」
「本当ですよ。
 クリス様が、久しぶりに心からの笑顔を見せて下さった。私の生まれた村で、故郷の人々に囲まれて。」

さらり。風が止んだ。

「どんなに嬉しかったことか。」


  どくん、と聞こえる胸の鼓動。
  頬が一気に熱くなる。
  

クリスは慌てて顔を逸らし、体を起こした。
「そろそろ戻らないと。今日中に帰れなくなる。」
立ち上がろうとするクリスの手を、パーシヴァルがつかんだ。
振り返るクリスを見上げて、当然のように提案する。
「今夜は泊まっていきましょう?」
「・・・・・・はあ?!」
「近くにいい宿屋を知っているんですよ。小さいですが家庭的で料理の美味い・・・・・・」
「何を言っている!行くぞ、本当に帰れなく・・・」
「どちらにしろ、今発っても真夜中になりますよ。」

パーシヴァルは起きあがってクリスの手をとった。
クリスを立ち上がらせながら、真正面に向き直る。

「俺は、少しでも貴女との時間を過ごしたい。誰にも邪魔されたくない。
 クリス様は、そう思って下さらないのですか?」
「あ、う・・・・・・。」


  顔が、上げられない。
  きっと見つめられている。
  どうしてこの男は、こんな言葉を真顔で紡げる?


「たまには、皆の目の届かないところで貴女を独占したいんです。」
背中に回した手で抱き寄せられる。
クリスは抵抗しなかった。
不器用に身をこわばらせながら、パーシヴァルの腕に大人しく収まる。
顔は思い切り俯けたまま。

「・・・皆が心配するだろう。」
「大丈夫ですよ。日暮れまでに帰らなかったら泊まってくるとルイスに伝えてありますから。」
「・・・・・・確信犯め。」
「なんとでも。」


抱き寄せた銀の髪を撫でながら、パーシヴァルはため息のような声で囁いた。

「お嫌、ですか?」


   甘い声。
   ・・・媚薬のように。


確信犯の腕の中。
銀の乙女は首を横に降った。
いつものように、耳まで朱に染めながら。



しばらく身じろぎもせずに抱きしめたあとで、パーシヴァルはようやくクリスを解放した。
恋人の体温と甘い香りを存分に堪能して。
ぱっと身を離したクリスは首筋までが赤い。
その銀糸がほんのり黄金を帯びて、陽が傾き始めたことを示している。
こちらを見ようとしない恋人に、パーシヴァルは優しく微笑みかけた。
「参りましょうか。日が暮れるまでには着けるでしょう。」

パーシヴァルが指笛を吹くと、離れたところで草を食んでいた馬が首を上げた。
栗毛の馬が主の方に歩き始め、傍らの白馬も倣う。
仲良く歩調をそろえる二頭の馬を眺めながら、パーシヴァルは悪戯っぽく言う。
「仲の良いところは主そっくりで。」
「莫迦。」

クリスは白馬のもとに駆け寄ると、ひらりと鞍に飛び乗り、手綱をとった。
そのまま馬を走らせる。
「置いていくぞ、パーシヴァル。」

しなやかに駆ける白い騎影が、銀の輝きを乗せて草の上を躍る。
その後姿に思わず見惚れながら。

「クリス様、ずるいですよ!」
パーシヴァルも愛馬にまたがった。
手綱を握り、呟く.。

「・・・追いついてみせますけどね。」

栗毛の征馬は高くいななき、大地を蹴って疾風のごとく駆けだした。






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2003.2.9