お弁当
天気の良い日は気持ちがいい。
行きかう人々にも活気が出てくる。
ゼクセンの商人、グラスランドの交易商、騎士団の兵士、談笑する主婦に、走り回る子どもたち。
ブラス城はいつものように賑わっていた。
そんな昼下がりにも、生真面目な騎士団長は城下の見回りを怠らない。
凛々しく背筋を伸ばし、クリスは城内を闊歩する。
学術指南所のあたりを通りかかると、黄色い声が聞こえてきた。
前方に若い娘たちが集まっている。
実はいつものこと。
その輪の中心にいるのは彼女の部下の一人だ。
「今度のご出陣はいつなんですか?」
「パーシヴァル様の騎乗なさっているお姿、是非拝見したいですー。」
「わたし、今度の出陣の前に特性のお弁当を作ってきますね!」
「そんなのずるいわ、わたしだって!」
「私も!食べて下さいますか?」
「料理だったらわたしの方が上手いんだから。」
「そんなことないわよ!」
お嬢さん方のパワーは凄まじい。
中心の騎士は、お気持ちだけ頂きます、とかなんとか。
穏やかな笑顔も引きつり気味。
少し離れて苦笑しているクリスに気づくと、パーシヴァルはこれ幸いにと輪を抜け出した。
娘たちは不満の声をあげるが、相手が騎士団長様とあらば仕方がない。
白き英雄、雲の上の存在。
しかも白皙の美貌の持ち主。
二人並ぶと美男美女、まさにお似合いなのだ。
取り残された娘たちは、溜め息をついてその後姿を見送るしかないのだった。
「助かりましたよ、クリス様。」
「相変わらずだな、疾風の騎士殿は。」
パーシヴァルもまた溜め息をつく。
ずいぶん長いことつかまっていたらしい。
適当にあしらえばいいものを、そこはフェミニストの性である。
「騎士が市民に好かれるのは良いことだと思うぞ。」
「まあ、そうかもしれませんが。」
クリスの論点は少しずれているが、そのあたりには触れない。
「困ったものです。」
「そうか?お弁当くらい受け取ってやればよかろう。」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・クリス様。」
「いいじゃないか。手作り弁当なんて最上級の愛情表現だと思うぞ?騎士冥利につきるというものだ。」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・本当に、そう思われますか?」
「ああ。」
なんの悪意もない言葉。
クリスは気にとめる様子もなく、兵士たちの敬礼に笑顔を返している。
流石のパーシヴァルもちょっと悲しくなる。
そんなことには全く気づかない銀の乙女であった。
「あ、明日は歩兵隊の訓練だったな。私はゼクセに行かなければならないから、代わりに頼むぞ。」
「また評議会のから呼び出しですか?」
「いや、市街の警備隊から頼まれてな。警備体制のチェックに行ってくる。」
「判りました。…団長自らお出にならなくてもよろしいでしょうに。」
「いいんだ、ついでに領内も見回ってくるから。」
仕事熱心な上司に、パーシヴァルは苦笑するしかない。
並んで歩くシチュエーションは悪くないが、彼女にとっては勤務中の部下との会話。
どんな言葉も、軽く流されるか見当違いに投げ返されるか。
―――それはそれで張り合う甲斐があるかな。
この程度で挫けていては、銀の乙女に恋してなどいられない。
さしずめ、今は傍らにある姿を城内に広めておこう、と思うパーシヴァルだった。
次の朝。
身支度を整え城門に向かうクリスは、兵舎の前で呼び止められた。
聞きなれた声、今日は早朝から歩兵隊とともに出ている筈の男だ。
「どうした?訓練じゃなのか?」
「すぐに戻ります。その前にこれを。」
パーシヴァルが差し出したのは甲冑にはひどく不似合いなもの。
可愛らしいバスケットだった。
「なんだ?」
「お弁当です。」
「お弁当?」
はい、どうぞ。
にっこりと差し出され、クリスは首を傾げながらも受け取った。
「心をこめて手作りしました。」
「パーシヴァルが?」
「はい。」
クリスがまじまじとそのバスケットを見ているうちに、パーシヴァルは笑顔で踵を返した。
「ゼクセまで行かれるんですよね。お気をつけて。」
そのまま爽やかに去っていく。
あとにはバスケット片手に、きょとんと立ち尽くすクリスが残された。
「弁当?どうして急に?」
確かに彼は料理上手。
ご相伴に預かることもしばしば、だが。
『 ・ ・ ・手作り弁当なんて、最高の愛情表現だと思うぞ?・・・』
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・まさか、ね。」
意外と家庭的なことが好きらしいから。
ちょっと料理が作りたくなったのかも。
たまにご馳走されると、私が一番喜ぶから。
一応上司だし。
うん。
ありがたく頂くことにしよう。
クリスは一人納得し、再び歩き出した。
その頬が真っ赤になっていることには、城門でルイスに指摘されるまで気づかなかったようだ。
2003.2.9