秘密のこいびと



食欲のないまま朝食を済ませ、クリスは部屋を出た。
ルイスの言う通り、本人に問いただしてみよう。
決めてしまうと幾分気持ちが楽になる。
散歩がてらに、早速パーシヴァルを探し始める。
何かと目につく男だ。すぐに見つかるだろう。


数十分後。
クリスはかなり苛々していた。
なぜ意識して探すと見つからないのだろう。
自室に始まり、地下、船、風呂場、図書室、広間、庭、・・・
会う人ごとに挨拶し、行く先々でどうしたのかと尋ねられ。
だんだん莫迦らしくなってきた。

そもそも、なんで私が歩き回る必要がある?
奴と見知らぬ女性のために。
・・・もうやめだ!


いささか乱暴な足取りになりながら、何か気を紛らわせようと考える。
剣の稽古か乗馬、と思うあたりが騎士の鑑。
武術指南所を訪ねると、生憎と主は留守だった。
そのまま奥の牧場に向かう。
いつも陣取っている黒い風呂敷犬の頭を撫で、だいぶ気分は上昇した。
馬に乗ってひとっ走りすれば気も晴れよう。
けれども、いつも入り口にいる少女がいない。
こちらも留守なのだろうか。
とりあえず厩舎に入ってみる。
と。

「おや、クリス様。おはようございます。」
こんな所に探していた人物。
飄々と。
ラフなシャツ姿で馬をブラッシングしている。

「・・・なんでこんなところにいるんだ。」
「なんでと言われましても。愛馬の手入れは日課ですし。」
「キャシーは?」
「ちょうど出かける用事があったとかで。非番なので留守をあずかりました。」

クリス様の馬を引いてまいりましょうか?
いつもの様子で言われて、無性に悔しくなる。

「いい。帰る。」
踵を返しかけたクリスの腕を、パーシヴァルが掴んだ。
「どうなさったんです?」
「どうもしない、放せ。」
「・・・ご機嫌を損ねるようなこと、しましたか?」
「なんでもないったら!」
振りほどこうとるすと、強引に腰を抱き寄せられた。
耳元に吐息を吹きかけられる。
「拗ねたお顔もたいへん魅力的ですが・・・」

力が抜けてしまいそうになるのを、クリスは必死に堪えた。
こんなに簡単に翻弄されてしまう自分が滑稽で、涙が出そうになる。
甘い声が今は憎らしい。
抗いながら、つい。
「やだ、放せ浮気者!」

抱き寄せる力はそのままに、パーシヴァルの動きが止まった。
痛い沈黙。
ややあって、いつもより低い声が返ってきた。
「・・・なんですか、浮気者って。」
「・・・・・・だって。」
「だってなんです?俺がいつ何をしたと?」

振り向いたら、たぶん男の顔は微笑んでいる。
最上の微笑に黒いオーラ。
すごまれるより余程怖い。

「だって。昨日言ってた。私のって。」
「昨日?」
「・・・ローザライン嬢。」
クリスは真っ赤になって俯いた
パーシヴァルも意表をつかれたのか、その手の力がふっと緩む。

「・・・もしかして、酒場での会話を盗み聞いていらした?」
「盗み聞きなんて!・・・入ろうとしたら聞こえたんだ・・・・・・そのまま帰ったけど。」
潤んだ目でパーシヴァルを睨む、精一杯の抵抗。
パーシヴァルはその顔をまじまじと見つめ。
再び、にっこり微笑んだ。

「知りたいですか?私の最愛の人を?」
クリスが口を開きかけた瞬間、いきなり唇を奪われた。
貪るような激しい口付けに、クリスは抗う術もなく。
「・・・っ、ぱーし、」
なんとか逃れても、言葉を継ぐ間もなく、ふたたび口付けられて。
ようやく解放されたとき、クリスはすっかりパーシヴァルの胸におちていた。

「貴女を心より愛していると。
 あれほど告げて、態度で示して、まだ信じて頂けないんですね。」
「・・・・・・。」
「あらぬ疑いにこの胸は張り裂けんばかりです。私の心は、哀れなくらい貴女の虜なのに。」
「誰。」
「は?」
「・・・誰なの、ローザラインって。」

―――まだ言うか。

「昨日、私が話していた相手、判ります?」
「え?え・・・っと。」

確か、聞き覚えのある青年の声だった。
あれは・・・竜騎士のフッチ、ルビークのフランツ。
そう答えると、パーシヴァルは当り、と微笑んだ。

「・・・で?」
「まだ判りませんか?」
パーシヴァルはクリスを抱く手を離し、優雅に片手を伸ばした。
「我が愛しのローザラインです。」

晴れやかな笑顔。
クリスの顔がみるみる上気していく。
「どうなさいました?」
「・・・・・・。」
「クリス様、可愛い。」
「う、うううう!」


誉れ高きパーシヴァル卿が、それは大切に手をかけている彼女。
麗しきローザライン。
栗毛の雌馬。

「ご存知なかったんですか?ともに戦場を駆る仲だというのに。」

そういえば。
聞いたことがあるような気がする。
ゼクセン一と謳われる乗馬の技量を持つパーシヴァルは、手綱さばきだけでなく、愛馬にも日夜磨きをかけている。
相棒自慢の竜騎士と虫使いにも引けをとらないくらいに。

馬は、剣と同じく命を預ける相棒。
大切にするのは当然なのだが、貴族の出の者が多いせいか、騎士団では下級の兵士に任されがちになっている。
騎士団長ともなれば、忙しさも手伝って尚更のことだった。
ここでは専門の少女が十分に見てくれているので問題はないのだが。

クリスがつらつらと考えていたところに、パーシヴァルの声。
「光栄だな、クリス様に妬いて頂いたぞ。」
首を軽く叩かれると、ローザラインも満足げな声を上げた。
クリスの頬が更に上気する。
「!妬きもちなんか・・・っ、」
「そういうのを嫉妬って言うんですよ。」
「違う!」
「たまにはいいもですね♪」

真っ赤になって手を振り上げる銀の乙女と、笑いながら逃げる疾風の騎士。
しかも厩舎の中である。
傍から見れば何をやってるんだか、という光景であった。



次の日から、ビュッデヒュッケ城では。
暇を見つけては厩舎に出向く、騎士団長クリスの姿が見られるようになった。








戻。 書庫へ。

無駄に長くなってしまいました。最初の方にボルスとか出てたんですが、全部削ってもこのまとまりのなさ。
ネタは下らなくも気に入ってたんですけどね・・・騎士と馬だって立派な相棒だ!という思いをぶつけてみました。
酒場での会話は例の相棒自慢です。あのあとフレッドが乱入して大混乱になったという設定。美青年組お風呂イベント参照。
書いたらそっちの方が面白いかも。
愛馬に名前つけちゃいました。ローザライン。パーシィの愛馬は絶対牝。美人。(どんなこだわりだ)
2003.2.9