水の庭 celestial garden 4
永イ夢ヲ見テイル。
覚メルコトノナイ夢。
母ナル海ニ守ラレテ、幸セナ夢ヲ見続ケテイル。
我ながら、らしくない、と思う。
愛馬をつないだ泉目指して歩きながら、パーシヴァルは何度目かの溜め息をついた。
女性には甘い言葉。優しい扱いと、中に踏み込む適度な強引さ。
・・・どうかしていたとしか思えない。
初対面の女性に、あんな立ち入ったことを言うなど。
激昂させておいてフォローもできないなど。
別れ際の哀しい笑顔が目に焼きついて離れなかった。
白い奥津城の守人。
凛とした美しさの中にどこか異常な雰囲気があった。
立ち続けて倒れることはなくても、ふとしたことで粉々に砕けてしまいそうな。
身を守る刃を強く抱きすぎて、自分をも傷つけていることに気づかないような。
一人で残していくのが忍びなくて。
連れて行きたくて。
「・・・・・・惚れたとか?まさか。」
思わず苦笑が漏れる。
こんなことを考えてしまうあたり、本当にらしくない。
足を幾分速めた。
迷っていた時間も含め、丸一日近く予定を遅らせてしまったことになる。
危急の任務ではないとはいえ、あまり遅れることは望ましくない。
幸いにも、開けた場所に出たおかげで、大体の状況は把握できた。
地図で見た限り、この森は東西に長く広がっている。
太陽の位置を確認したところ、どうやらその長辺に沿って進んでしまったらしい。
即ち、方向を変えれば出られるということだ。
とりあえず森を出て街道を往けば、一両日中には目的地に着くだろう。
同盟国に親書を届け、返事を受け取ればすぐにも引き返せる。
騎士団に戻った頃合に長期休暇の申請をしてあった。
久しぶりに、故郷に戻るための休暇。
少し、考える時間が欲しくなっていた。
自分の守りたいものについて。
少年ならば誰しも憧れるであろう騎士。
だが、数々の難関を経てその栄光を手にするのはほんの一握りだ。
まして平民の身分から名の知れた騎士になるなど稀有の例である。
勿論、並々ならぬ努力が必要だった。
人に誇って言えないような手段も、必要とあらば講じた。
見下されるようなことがないよう、常に落ち着いて冷静に行動し、飄々と振舞う術も覚えた。
そして今、重要な親書を単独で任されるようにまでなったのだ。
立派な出世。確かに望んだもの。
だが、その先にあるものは、いったい何なのだろう。
国を、仲間を、家族を守るために。
騎士といっても剣を振るう理由は人それぞれだ。
そしてふと振り返る。
自分が守りたいものは何か。
漠然と大きなものではなく、具体的な何か。
自分だけが大切にしたい何か。
本当に守りたいもの、守るべきものは何なのか。
・・・だから、一度剣を収めようと思った。
今までは、敢えて戻ろうとしなかった故郷。
国境近くの小さな村は、ともすれば近隣諸部族の小競り合いに巻き込まれ、荒らされた。
つい先頃にも。
先ほど話した麦畑も、今は無残な焼け野原だという。
踏みにじられた故郷の地に帰れば、自分の道も見えるかもしれない。
――なんてな。
『特に理由はないんです。頃合かと思いまして。』
先程は問われてそう答えた。
それも本心。むしろそれだけ。
理屈っぽく出した結論など、所詮歪んでしまっている。
考えこめばきりがない。
自然にそう答えたことで、自分でもただ帰りたくなったのだと気づいた。
「暗くなってきたな・・・・・・。」
もともと薄暗かった森だが、いつのまにやら自分の手指が見えないほどになっている。
日が落ちたようだった。
パーシヴァルは首を傾げる。
少なくともあの泉までの距離は、ゆうに歩いた。
森から出たのは間違いなく同じ場所、まっすぐに歩いたのだから迷う筈もない。
伸び上がるように透かし見た木々の向こうは、微かに明るくなってた。
月光。
足早に進み、腰まである草を掻き分ける。
またも開けた視界の先に広がるのは、先ほど出てきた女神の庭だった。
白い敷石が月光に青白く浮かび上がっている。
水路はその中に暗く沈みこんでいた。
流水は相変わらす澄んだ響きをたてながら、時折硬質の煌きを放ってその存在を示している。
静謐な佇まいを見せる庭園で、パーシヴァルは呆然と立ち尽くした。。
――閉じられた空間。結界。
クリスの言葉が蘇る。
結界の綻びが閉じてしまったということなのだろうか。
所在なく、パーシヴァルは庭園を見回る。
辺りにクリスの姿はなかった。
湖上の家に帰ったのだろう。
あの静謐な空間を思い出すと、わざわざ訪ねていくのも憚られた。
「・・・仕方ない。」
森の中で夜を過ごすよりは安全だろう。
蔦の絡まる東屋が見つかったので、そこに一夜の宿を借りることにした。
夜が明ければ外に出られるかもしれないし、彼女に会って尋ねることもできる。
パーシヴァルはその場に腰を下ろした。
風がないのは幸いだ。
夜空は澄み、月光が幾重にも輪を描いている。
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2003.4.29