水の庭 celestial garden 6
闇より深い湖の黒。月の硬質な光。
白い館は、自身が光を放っているかのように浮かび上がって見えた。
そこから伸びた幽けき光が一筋、此岸と彼岸を結んでいる。
一瞬息を呑んでしまうほど異質な光景。
ぬばたまの闇に浮かぶ白い奥津城 ・ ・ ・ ・ ・ ・。
不吉な考えを振り払うように、パーシヴァルは頭を振った。
思い切って足を踏み出す。
細い橋は昼にも増して頼りなく感じられたが、足早に渡る。
立ち止まれば足元の闇に引きずり込まれるのではないかと思われるくらい、湖面は暗く底が知れない。
それが却って躊躇いを拭い去った。
一気に橋を渡り終えると、目の前に白い壁がそびえたつ。
月光を浴びた白い館は、外界の全てを拒むように建っていた。
この中に、彼女がいるのだ。
パーシヴァルは、白亜の扉を叩いた。
返ってくる感触は重く堅い。
次第に力をこめるが反応はなく、全力で拳を叩きつけてもびくともしなかった。
昼間は彼女が触れただけですっと開いたのに。
呼びかけても、扉を叩いても、何の反応もない。
恐らく中には聞こえていないのだろう。
拳の皮膚は裂け、白亜の扉を赤黒く汚した。
しまいには、思い切り蹴りを入れる。
扉はびくともしなかった。
パーシヴァルは両の拳を扉に叩き付けた。
そのまま歯噛みして頭を振った時、視界に光が入った。
月光ではない。白亜の白さでもない。
柔らかな光。
振り向くと、誰かが、立っていた。
長い髪と細身の輪郭。
淡い光で形作られたその人物は、おぼろげながら微笑んでいるようにも見えた。
「 ・ ・ ・クリス ・ ・ ・ ・ ・ ・?」
人影は答えず、すと手を差し伸べた。
ガタッ、ギイィ。
重々しい音。
見ると、あれだけ固く閉ざされていた扉が細く開いている。
パーシヴァルがもう一度振り返ったときには、残り香のように微かな光が残っているばかりだった。
囁きが聞こえた気がした。
一度開いた扉は、驚くほど軽く動いた。
月の光が青白く照らす、そこはやはり聖域。
静謐な空間に、間違いな足音が響く。
明かりとりの窓から差した月光は、部屋の奥、正面に向かって真っ直ぐ伸びていた。
白い祭壇、その中央に置かれた銀杯へと。
恭しく捧げられた器は、金属の煌きとは異なる、優しい光をまとっていた。
パーシヴァルは、自分を招き入れてくれた人の眠る場所に向かい、深く一礼した。
光源は月の光だけだが、一面に白い内装のせいか、室内は暗くはなかった。
目が慣れれば部屋の隅まで見渡すことができる。
そこでパーシヴァルは気づいた。
正面の扉から続く、この開けた空間。奥には例の祭壇。
他には何もないのだ。
他の部屋へと続く扉や廊下、そういったものが、何もない。
壁際にカーテンの様に薄布が垂れ下がっていたが、捲ってみても白い壁があるだけだ。
流石のパーシヴァルも途方に暮れてしまう。
開かずの扉どころか、今度は扉すらないのだ。
手近な壁にもたれかかる。
クリスはこの中にいるだろう。
建物に入ってから、微かではあるが彼女の気配を感じる。
それ以上に、何か強い力の気配も。
何かが彼女を守っている。それとも、彼女が守っているのか。
夢中になって話していた顔。
独りじゃないと叫んだ声。
泣き顔にも似た笑み。
先ほど垣間見た、おそらくは思い出の中の、温かさ。
切ないほどの祈り。
彼女を繋ぎとめているのは、何なのか。
不意に、右手がうずいた。
正確には、右手の甲に宿した水の紋章が、だ。
いつの間にか、紋章は淡く青い光を放っている。
濃く淡くゆらめきながら、持ち主に語りかけるように脈動する。
――何かに共鳴しているのか?
パーシヴァルは、目の高さまで手を持ち上げた。
その指が目の前の壁に触れる。
と。
指先に返ってくる筈の感触がなかった。
壁に触れた、硬質の冷たさが。
訝る間もなく、パーシヴァルの右手は壁に飲み込まれていた。
「 ・ ・ ・っ! ・ ・ ・」
水底に沈んでいくように。
パーシヴァルの身体は壁の中に吸い込まれた。
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2004.11.10