子守唄
カーテンがふわりと揺れる。
舞い込んだ風は花の香りを乗せていた。
日差しがあまりに心地よくて、膝の上に読みかけの本を伏せる。
どこからか懐かしい歌が聞こえていた。
足元では子どもが一人遊んでいる。
散らかされたクレヨンの中にスカートを広げ、床にぺたんと座り込んでいる。
見つめていると、不意に顔を上げた。大きな菫色の瞳がこちらを見上げる。
小さな頭を撫でてやると、顔いっぱいに笑顔を浮かべて膝に抱きついてきた。
手に心地よいさらさらした黒髪――可愛い、私の娘。
開いたドアから、子どもと同じ黒髪の男が入ってくる。
微笑んで、少女を愛しげに抱き上げた。
見慣れているのにどこか違う――これは父親の表情。
少女の顔からも笑みが溢れる。
父親の首にすがりつきながら、娘は座ったままの私を手招きした。
男が私の名を呼ぶ。お茶の時間にしましょう、と。
――よかった。私に向ける顔はやっぱり変わらない。
左腕で子どもを抱いたまま、右手を私に差し出した。
その手をとって立ち上がる。
少女が私の手をつなぐ。男の右手が私の肩を抱く。
――ああ、なんて温かい・・・・・・。
風に頬を撫でられて瞼を開けた。見慣れたそこは自分の部屋。
騎士服の男が、戸棚の前で背を向けている。
いつのまにかソファで転寝していたらしい。
身体を起こすと、肩にかけられていた上着がはらりと落ちた。その気配にパーシヴァルは振り向く。
「起こしてしまいましたか?」
その手にはオルゴールの小箱が乗せられていた。
「すまない、これ。」
クリスは床に落ちてしまった上着を拾い、差し出した。
代わりにオルゴールを受け取る。
ネジを巻いて蓋を開けると、夢の続きの旋律がこぼれ落ちた。
「夢、見てた。」
クリスの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。
パーシヴァルはクリスの隣に腰掛けた。
「どんな?」
「内緒。」
悪夢にうなされた時パーシヴァルが教えてくれた。
言葉にしてしまえば、夢は本当にならないから、と。
話しているうちに夢は夢に還っていく。悪夢はそれでいい。
でも、失くしたくない夢なら。
それを察してパーシヴァルも微笑んだ。
「そんなに良い夢だったんですか。」
「うん。すごく幸せだった。」
「察するに、私も登場していたようですけど?」
「・・・いつか本当になったら教えてあげる。」
クリスはオルゴールの蓋を閉じた。
時計を見て、パーシヴァルがこの部屋にいた理由に思い当たる。
もうすぐ会議の時間。ぎりぎりまで寝かせておいてくれたことに気づく。
パーシヴァルは立ち上がり、クリスに手を差し出した。
「では、楽しみにしていますよ。」
曖昧な約束。それは祈り。
夢ではなく、確かな未来であるように。
いつか、子どもを抱いてお茶を飲みながら、今日のことを笑って話せたらいい。
明日壊れてもおかしくない日常だからこそ、そんな未来を手繰り寄せたいと切に願う。
クリスは差し出された手をとって立ち上がった。
触れた手の温もりは、夢の中と確かに同じだった。
パークリ祭提出作品。【いつか】というお題で書かせて頂きました。
お題を選んだ時にぼんやりと考えていたネタがどうしてもまとまらなくて、いつになく時間がかかり結局は全く違う話に。書いてはみたもののかなり自己嫌悪に陥った作品だったのですが、お祭り主催者様や他の参加者様に温かいお言葉を頂けて本当に嬉しかったのです。こんなんでも紛れ込んでよかったよう!
皆様、本当にありがとうございましたv 2003.7.2