青い夜だった。
深い森に静かな焔が点る。
ここは確かに精霊の村なのだ。
星も見えないくらいに、満月が目映かったことを覚えている。

苔むした古木の中に白い祠があった。
神聖な場所と崇められる祠。
それが人の命を食らうと知った時、おぞましさに心が震えた。
けれども多くの想い宿るその結晶は、無下に否定できない重みを持ってそれ以上の言葉を封じてしまったのだ。
『・・・・・・わたしは幸せ。そして、悔いはありません。』
少女は、自分の死を目の前にして微笑んだ。
『魂送りをされた子は精霊になると言われています。そうであるなら、私の魂は永遠でしょう?』
まっすぐな瞳に信頼をこめて、未来に微笑んでいたユン。
どうしてなのか判らなかった。
生贄。
年端も行かぬ無垢な命が、野蛮な伝承の世迷言で奪われていく。
『わたしには役目があり、クリスさんにも役目がある。それは幸せなことだと思いませんか?』
その笑みが痛かった。
自分の運命から逃げ出したかったクリスに、容赦なく問いかける瞳。
少女は自分の死を知っていた。
覚悟や諦めではなく、ごく自然な運命として受け入れていた。
失いたくなかった。
剣では守れない生命があることなど、とうに知っていた筈なのに。

最後の別れを告げたあと、ユンは一度だけ振り返って目礼した。
そのまま二度とは振り返らなかった。
黒髪の優しい少女。
月の輪が冴え渡り、幾重にも広がる。
少女の魂は精霊になった。




あれから、閉ざされた巫女の村は炎の運び手に向かって開かれるようになった。
クリスの今回の来訪も、幾度目になるか判らない。
その度に、クリスは村の最奥の古い祠を訪ねた。
聖所の周辺はいつでも静かで、目を閉じれば森の息吹が深く感じられた。
「どうかなさいましたか、クリスさん?」
いつの間にか傍らに立っていたのはユミィだった。
その穏やかな表情と声は、妹であるユンとよく似ている。
「ここにいると・・・ユンの声が聞こえるような気がするんだ。」
ユミィは微笑んだ。
「あの子はクリスさんと一緒にいる時、本当に楽しそうでした。今でもすぐ傍にいると思いますよ。」
初めて会った時も、ユンとユミィは二人一緒だった。
過ごした時間は短いが、気のあった様子からも仲の良い姉妹だということが窺えた。

彼女たちアルマ・キナンの娘は、ユンの死を当然のように受け止め、悲しむ様子も見せなかった。
ユンはそのために生まれてきた子だからと。
あまりにも理不尽な態度に、クリスは激昂した。
何よりもユイリとユミィに、妹を見殺しにしようとする二人の姉に、怒りをぶつけた。
軽率な振る舞いだったと後悔している。
あのあと、祠の前に佇む彼女の後姿を見たから。
その祈りにはどれほどの想いがこめられていたのだろう。
グラスランドの未来のためだといっても、家族を亡くして喜ぶ者はいない。
クリスがユンと過ごした時間など、姉妹に比べればほんの一瞬である。
それなのに、ユンの最後の数日は、クリスのために多く費やされてしまった。
別れを惜しむ暇もないほどに。
例えその時が来ることをずっと知っていたとしても、大切な時間だったに違いない。
「すまない。」
「何がです?」
「ユンとの最後の時間を、私がもらってしまったから。」
ユミィはクリスの顔を見つめた。
「貴方達の方がユンに近しい人だったのに。」
「ユンが、望んだことですから。」
その声は相変わらず穏やかだ。
ユミィは祠を抱いた古木にそっと触れる。
「ユンはよくクリスさんの話をしていました。
 会ったことがなくても、クリスさんの存在はあの子の中ではとても大きかったんです。
 クリスさんには感謝しています。
 ユンは貴女に会えることを、本当に楽しみにしていたから。」

それが最後から二番目の役目と知っていても。
いつも微笑んでいたユン、あの少女は氏族の人々の気持ちも十分察していたに違いない。
判らなかったのは自分一人。
クリスは俯いた。
その肩に、ユミィがそっと手を置く。
「ユンのこと・・・・・・ありがとうございます。」


『わたし、クリスさんに会えて良かったです。こんなにも真面目で優しい人に会えて・・・・・・』
微笑みながら首を傾げる少女の姿が思い出される。
少女が最後に託した願い、そのためにも戦うことを決意したのだ。
ユンが守るこの大地を失わせはしない。
風が雄雄しく葉叢を鳴らせた。
精霊の囁きのように、クリスには聞こえた。

←モドル
アルマ・キナンで流れる音楽が好き。魂送りのシーンは切なくも綺麗でした・・・
ユンにとってクリスの存在は相当大きかった様子ですが、姉としては複雑な思いがあったんじゃないかと思います。
私も一応「姉」なので。