甲板に洗濯物がはためく。
揺れる真白いシーツ、色鮮やかなカラヤの織物。
いつものように、ふくよかな女性が一人、てきぱきと洗濯物を干していた。
風に乗って石鹸の匂いが爽やかに薫る。
その姿を、クリスは離れた位置から眺めていた。
彼女と言葉を交わしたことは、ないに等しい。
カラヤ族の人間は概して騎士団の者には非友好的だ。
特にその長たるクリスに対しては。
クリスの胸は痛む。
カラヤクランの村を焼き払い、多くの人間を死に至らしめた。
それは最も苦い記憶の一つとして、クリスの脳裏に焼きついている。
まして、故郷を焼かれた人々が忘れる筈はない。
こうして一つの城に住み、共に戦うようになっても、そのわだかまりは完全に消えたわけではなかった。
最近では歩み寄る努力が多く見られるが、未だ頑なな態度を崩さない者もいた。
クリスを見ると顔を逸らす者、言葉に答えようとしない者。
彼女、ルースもその一人だった。
忘れることの出来ない記憶。
あの日、燃えさかるカラヤ村で手にかけた少年。
ふいに剣をかざして襲い掛かってきた少年を、気づいた時には剣でなぎ払っていた。
ルイスよりも幼い少年。
名前はルル。ヒューゴの親友。
そして、ルースの最後の息子、だった。
ルースは一度もクリスの顔を見ようとはしない。
クリスもルースの傷に触れようとはしなかった。
戦乱の世、珍しい関係ではない。
だが、クリスは時折、こうしてルースの姿を追う様になった。
追い求めていた父の正体を知り、そして失った時から。
クリスが物心ついた頃に、父ワイアットは行方不明になった。
死んだと聞かされていた。
その父がジンバと名を変え、放浪の末に身を寄せたのがカラヤの村。
父を家族として迎え入れたのが、夫と二人の息子を失くし、幼いルルと暮らすルースの家だったという。
つい最近、知った事実だ。
自身が手にかけた少年がジンバを義兄と慕っていた事実は、クリスを更に苛んだ。
けれど。
クリスは、残されたルースの後姿を見つめる。
ジンバの存在によって消された父ワイアットの存在。
一人ぼっちで時を過ごしながら、騎士となることを目指したクリス。
ジンバと笑いあって過ごしたヒューゴやルル。
父はそれを選んだ。
喪失。
別離。
再会。
そして、失われた父。
失われた息子。
最後の家族を失ったのは自分だけではないと、クリスは知った。
洗濯物が風にはためく。
空を映した湖の色は、どこまでも青くて深い。
クリスがふと溜め息をつきかけた瞬間。
「洗濯物があるなら出しておきなよ。一緒に洗っちまうから。」
後姿から発せられた言葉。
誰に向けられたのか、クリスには判らなかった。
見つめた後姿が振り向く。
「この天気ならすぐに乾いちまうよ。」
ルースは、穏やかな目で、クリスをまっすぐに見つめた。
ジンバ。
家族として暮らしながら、ルースは知ることがなかった。
古びた鉄の鎧を磨き続けた理由。
遠く、何に思いを馳せていたのか。
今なら判る。
不器用に佇むことしか出来ず、今は驚きと戸惑いに目を見開いている娘。
思っていたのは、きっとこの子。
ルースは微笑んだ。
「いい天気だねえ。良い風だよ。」
咄嗟に言葉を失っていたクリスは、唇を小さく振るわせた。
やがてかすれたような声を絞り出す。
「・・・はい。」
その顔に広がる笑顔。
果てない蒼穹に風が高く舞い上がっていく。
ルルの義兄=ジンバ=ワイアット=クリスの父、という図式。こんな意味もあるかな、と。
イクセ村襲撃の際、村人のことを気遣うルースの言葉が印象的でした。