花 時
(一)
花梨の願いも空しく、翌日はどおんよりと曇っていた。
がっかり・・・この間も土砂降りにあったし・・・ついてない。やっぱりあたしって、日ごろの行いが悪いのかなぁ・・・。
と、目に見えて肩をおとす花梨を、翡翠はひとまず外へ連れ出した。
どこに行くの?と訊ねる花梨を、毎月この日にたつ市に案内した。やはり、そこは年頃の女性だ。珍しそうにあちこち見て回り、楽しげに布や小物を手に取って眺めている。生憎の天気に少しだけ落ち込んだ機嫌もすっかり直ったようだ。
中でも、色とりどりの布で作られたかわいらしい巾着がお気に召したらしい。そこに座り込んで、あれこれ手にしては元に戻し、立ちあがりかけては名残惜しげに、また座ってしまう。
くすっ、と翡翠の口元がほころんだ。
「・・・・どれが気に入ったの?」
ひょい、と花梨の横にしゃがみ込み、目に付いた巾着の一つを手に取った。
「あ、あの・・・・・これ・・・。」
恥ずかしそうな顔をして、花梨は濃い桃色の一つを口元にかざし、翡翠に見せる。
「いいよ、買ってあげる。」
ぱあぁっと花梨の顔が輝いた。懐からいくばくかの金を出し、翡翠は売り子に手渡す。
「ありがとう、翡翠さん。大事にするねっ。」
花梨は巾着ごと抱きつきそうな勢いで、翡翠に礼を言った。
「なんの。喜んで貰えて、私も嬉しいよ。」
一通のり店を見て回り市を出る際で、翡翠が先買った巾着を貸してごらん、と言った。花梨が手渡すと、一軒の出店に近づいて、店の親父に何やら言いつける。
「翡翠さん・・・?」
花梨が翡翠の背中越しに覗きこむと、先ほどの巾着に店の親父が、一口大の白っぽい何かを勢い良く詰めているところだった。
「翡翠さん、これ何?」
「これはね、こめ、というんだよ。もち米を煎って水あめで固めたものさ。食べてみるかい?」こくん、と頷く花梨の口に、翡翠はこめを一つ放りこんだ。
「ん・・・・おいし・・・。」「口に合うかい?・・・・・はい、お土産だよ。」
ぽん、と花梨の手に、こめをぎっしり詰めた桃色の巾着を置いてやる。花梨の顔が嬉しそうに大きくほころんだ。
「翡翠さん、今度はどこへ行くの?」
雲行きを気にしながら花梨が訊ねる。心なしか、人通りも少なくなってきたようだ。
「・・・この間、私の屋敷で会った婆のことを覚えているかい?」
ん、と巾着を胸にしっかり抱えて花梨は頷いた。
「花梨にね、また会いたいと言っているんだよ。会ってやってくれるかい?」
「あたしに?・・・うん、もちろんいいよ。」
「そう?良かった・・・婆も喜ぶよ。」
と、いうわけで。
花梨は、あの日以来、再び翡翠の館へ足を向けることと、なった。
「やれやれ・・・これでいいかいねぇ。」
整えた翡翠の寝所を見渡し、ぶつぶつ言いながら婆はよっとばかりに曲がりきった腰を伸ばす。自分が美しくしつらえたばかりのそこを不機嫌そうに一瞥し、御簾から出る。冷え切った簀縁に出た途端、空から大粒のボタン雪が舞い降りてくるのが目に入った。
「まぁた、降ってきやがったねぃ・・・。」
うんざりしたように言うと、とんとん、と腰を叩く。
「婆、今戻ったよ。」
雪に気を取られ、声を掛けられるまで翡翠に気付かなかった。おや、とそちらに眼を向け、花梨を認めた小さな眼が嬉しそうに輝いた。大きな袂に隠れるように立つ花梨が、ぺこり、と頭を下げる。
「まぁまぁ・・・よう、来なすった。雪に降られなすったかぇ。」
「大丈夫だよ。降り出した時には、もうここの近くだったし。ね、花梨。」
甘く微笑む翡翠を見上げて、花梨がこくん、と頷いた。そんな二人の様子を、婆は楽しそうに見守っている。
まるで、親鳥の羽の下にいる雛みたいじゃねぇ・・・。
「何か、変わったことはあったかい?」
花梨の肩に手を回し、翡翠は婆に問い掛けた。
「へぇ、那智からの文が届いておりますぇ。・・・・あちらに、置いてありますぃね。」
軽く頷くと、翡翠は自分の房に入り、ついでに衣を改める。単の上に袿を重ね小袿を引っ掛けそれから伊予からの手紙を手にする。房を出る間際、美しく整った寝所の気配に眼を走らせると、満足げな笑みが浮かんだ。
「花梨、少しだけここで待っていてくれるかい?」
「うん。」
「婆、花梨の相手を頼むよ。すぐ、戻る。」
翡翠が姿を消した後、しばしの沈黙が通り過ぎた。後に残された花梨は、何か話しかけようと頭を巡らす。
「・・・それにしても、なんてぇ格好だぃ・・・。」
不意をついて、婆の声がした。信じられない、という顔で被りを振っている。
「へ?」
「この間といい、お姫さんがそんな裸みたいな格好で外出歩くなんざぁ・・・襲ってください、と言ってるもんじゃねぇか。」
「あ、あの・・・でも今日は翡翠さんも一緒だし・・・。」
おたおた弁解する花梨を尻目に、婆は口の中でぼそっと呟いた。
「・・・だから危ないんじゃねぁかね・・・。」
「はい?」
んにゃ、と婆はごまかした。花梨は一生懸命、この格好の意味を説明するが、いまいち理解は得られなかったようだ・・・まあ、無理もないか。
・・・・・と、再び沈黙が流れて。
「あの・・・お婆さんは、翡翠さんを小さい頃からご存知なんですか?」
匂欄に寄りかかった花梨は自分の半分しかない、小さな婆に向かって訊ねた。
「ああ。あんたさんくらいの頃かねぇ。もういっぱしの男の眼ぇしてねぇ・・・ガキのくせして只者でない面構えだったぃね。」
婆は眩しそうに、空から降る雪を眺めながら呟いた。つられて、花梨も空を見上げる。
「・・・その頃から・・・女の人にも、もててたんですか・・・?今まで・・・こ、恋人・・・とか、いっぱい、いたんですよね・・・?お婆さんは、そ、そういう人たくさん見てきたんでしょう・・・?」
おや、と思って婆は花梨に眼を向けた。ぽんぽんに膨らんだかわいらしい巾着を抱きしめて、真っ赤な顔で空を見上げている。
「・・・気になりなさるかねぇ。」
こくん、と花梨は頷いた。空に向いた、すがりつくような眼の色が微かに揺れている。
「自分にやましい過去でも、ありなさるか。」
弾かれたように花梨は何度も頭を振った。
「じゃあ、そんなこと気にするのはおよしぃ。いいかい、お頭にもそんなこと訊ねちゃあいけねぇよ。必要があれば、お頭の方から話してくださるさぁね。」
「でも・・・。」
気になるんです、と花梨は小さく呟いた。
「そうだろうさぁ・・・こんな干からびた婆にも、色めいた時分があったからねぇ、お姫さんの気持ちはわかるつもりだよぅ。お頭はああいうお人だし、しかもお姫さんとは歳も経験も違うからねぇ・・・だがねぇ、気にするのはお止めぇ。過去に囚われるのは、ろくな事にならねぇわね。過ぎたことを気にする暇があるなら、前を向いて今を大事にするこったぁ。」
花梨は黙ったまま・・・・・頷いた。
「・・・早々納得はできんじゃろ。だがねぇ、お頭が選んだのはお姫さんだよぅ。そのまんまの、あんたさんじゃろ?それだけじゃあ、不満かぇ・・・。」
「ふ・・・ふあん・・・なんです・・・。」
自信なさげに、花梨は俯いた。婆の脳裏には、夕べの翡翠との会話がよみがえっている。くすり、と僅かに笑みが零れた。
「・・・あんたさんだけじゃあ、ねぇわね・・・そういう時ゃ、お頭にたくさん可愛がってもらいなさるこったね。そうすりゃあ、そんな不安、あっ、ちゅう間に消えちまうよぉ。」
カラカラ笑いながら、婆は簀縁を歩き始める。
「お、お婆さん?」
首まで赤くなりながら、花梨は焦って呼びとめた。
「もう、お頭がお戻りなさるじゃろ。邪魔もんは、消えるのがお約束だぁ。」
振り向きもせずに婆は行ってしまった。話せて嬉しかったよぅ、という言葉を残して。
一人残された花梨は、少し小降りになった雪を見上げた。庭は、あの日とはすっかり様子を変えている。
さあ・・・っと冷たい風が吹き抜け、花梨は大きく肩を竦めた。
「花梨、もう中へ入りなさい。そんな瞳で見つめるほど、君は雪が好きだったかい?」
何時の間にか、ひょっこりと翡翠が戻って来ていた。少しだけ切なそうな眼をして、花梨に近づいてくる。
「好きじゃないよ、雪なんて。大っ嫌い。翡翠さん、知ってるくせに。」
口を尖らせて、言う。ふふ、と翡翠が微笑んだ。嫌い、と言いながら花梨のその眼は、再び白い雪に向けられる。翡翠は巾着を抱きしめる手を、そっと絡めとった。
「・・・ほら、もうこんなに手が冷えているじゃないか。さぁ、花梨。」
「うん・・・あ、また降ってきた・・・。」
大きな二つの瞳は、激しく降りしきる雪にクギ付けのままで・・・苦しげに自分を見つめる翡翠は目に入らない。
「眼を・・・閉じなさい、花梨・・・。冬の使者など見なくていい。」
「・・・ん・・・でも、もうちょっとだけ・・・。」
これは京の時が動いた証拠。でも、何て綺麗なんだろう。時折吹く風に大きく踊り、舞い上がる。まるで白い花びらのように・・・。だけど切ないくらい儚くて、冷たくて・・・残酷なまでに美しい雪。
雪なんか、大嫌いだ。でも、今は止まないで・・・このまま翡翠と自分を白く、深く、果てしなく深く埋めてしまって欲しい・・・。
・・・ぼんやりと、雪に魅入られてしまった花梨は傍らから不穏な空気が立ち上っていることに、まったく気付いていない。
ちかり、と翡翠の眼が光った。
「ひゃあっ!!?」
ぐらり、と景色が揺れた。と、気付いた時には翡翠の肩に抱え上げられていた。勢い、手の中から零れ落ちそうになる巾着を慌てて握りなおす。
「ちょ・・・翡翠さん!?」
「見なくていい、と言っているだろう?だけど、君は口で言ってもわからないようだしねぇ。だから、行動で理解していただこうと思ったまでだよ。」
「はあっ!?」
翡翠の頬のすぐ横に、白くすべすべした花梨の太ももがある。ちゅっ、と悪戯にくちづけてみた。途端に肩の上から叫び声が聞こえる。くすっと小さく翡翠は微笑んだ。
房の中へ入りがてら、ちらりと目線を走らせると、花梨の細い腰を覆う短い布の中から、白いものが見え隠れする。ふふ・・・と、翡翠の眼に笑みが浮かんだ。
婆が言っていたのは、これか・・・。
さて。
花梨にゆっくり尋ねることにしようか・・・・いや、それよりこの眼で確かめることにしよう。
御簾の中でゆっくりと・・・ね。
慌てふためく花梨を担ぎ上げた翡翠の頬には、にんまりとした、それはそれは楽しげな笑みが浮かんでいた・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
…というわけで、 磐長咲耶さまの『手のひらの宇宙』さまから攫ってまいりましたvv
翡翠×花梨の「花時(一)」でございます。
あろうことか、わたしのホワイトディ・イラスト(別名、いそいそおやぢ)を元に書いてくださったんです(嬉)。
わたしのイラストはもう大嘘だらけで、てへっ、とか笑っても誤魔化しきれないものがございますが、それでもこうしてあのシーンが組み込まれている物語をいただくのは、本当に嬉しいです。
そっか、花梨ちゃんが持ってる巾着(巾着だったのね…ってオイ)は、ああして翡翠さんに買ってもらったものなのねぇ…。 そして、あの中には「こめ」なんてものが入っていたんだ〜。
と、思わず納得してしまいました。
もう、これだけでも本当に感謝感激なほど幸せ〜vvなわたしなのですが。
(一)って書いてあるでしょう?
うふふ、ちゃんと咲耶さまサイトには、翡翠さんの魅力大爆発!な前振りと続きがございます。
御簾の中へ担ぎ込まれてしまった花梨ちゃんの運命やいかにっ!?
絶対あなたの期待を裏切らない展開がお待ちしております。
速攻続きを読みに行ってくださいねっ。
ああん、も、めろめろですよぅ、お頭ぁ…。
咲耶さま、素敵なお話を本当にありがとうございました。
さり気に九十九お婆ちゃんも、わたしのお気に入りですし、やっぱり「ひすかり外伝・九十九お婆ちゃんが海賊に加わった時のお話〜小さい翡翠さんに出会うまで編」をリクしちゃおうかしら…と、本気で悩み中なわたしでした。
HOME ROOM 3