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自鳴琴
真直ぐな日差しが無遠慮にアスファルトを照りつけ道行く人々の顔をしかめさせる七月。だが心が浮き立っている人間にとっては、厳しい日差しさえも気持ちをわくわくさせてくれるものとなるらしい。
大学が夏期休暇に入ったらという約束で挙式の日取りを整えて、少しずつ友雅のマンションに荷物を運んでいる日々。 もともとが全て揃ったところへ引っ越してくるのだから、あかねの荷物にさほど大きいものはない。それでもいくつかになったダンボールを引越し業者が運び込み、今日は二人でそれらの荷解きをしているところだ。
「これをあそこへ入れようと思ったらあそこのものをどこかに動かさないといけないし、でもそのためにはこっちを先にやっとかないと動かすあても見つからない。あーもう、頭痛くなっちゃう」
口では文句を言いながらもその状況を楽しんでいることは表情を見ればすぐわかる。弾んだ気分は友雅にも伝わって、柔らかな微笑を口元に浮かべさせている。
と、ごちゃごちゃと散らかしたものの中から、あかねが小振りの包みを取りあげた。
「あ、これ、こんなところに入れたんだ」
包んでいた緩衝材から出てきたものは、決して高価とは言えない造りのオルゴール。
「それは?」
聞こえてきた優しい音色に友雅も手を止めて近寄ってくる。
「これね、サンタさんからのプレゼントなの」
銀の鈴を振るようなメロディにあかねがじっと耳を澄ます。
「あのね。サンタクロースのプレゼントって、よくお父さんやお母さんが一生懸命子供から何が欲しいか聞きだして、それをこっそり買っておくっていうのが多いじゃない?」
―― うちは違っててね、うちに来るサンタクロースは欲しいものなんて聞いてくれなかったの。そのかわり絵本だとか手袋だとかいつも思いもよらないものが枕もとに置いてあったんだ。
―― で、いつだったっけ、五歳くらいの頃かなあ。その年のサンタさんのプレゼントがこのオルゴールだったんだけど、蓋をあけても鳴らなかったんだよね。
―― オルゴールだあって大喜びして、螺子をお姉ちゃんに巻いてもらってそっと蓋をあけたのに、鳴らなかったの。お姉ちゃんもおかしいなあって言いながら何度もやってみるんだけど、何にも音がでないからもうわんわん泣いちゃって。
「だって、サンタクロースのプレゼントだよ? 壊れてるって言いたくてもまた一年サンタさんなんか来ないし、もうどうしていいかわかんなくて大泣きしたの。そしたらね、お父さんが会社に持っていって直してくれたんだ。夜帰ってきて、大丈夫、どこも壊れてなかったよ、ちょっと中がずれてただけだった、きっと長い時間そりに揺られていたせいだねって渡してくれたの」
その時の情景を友雅は思い浮かべる。
顔中で喜びを表して、直してもらったオルゴールを抱きしめている幼いあかね。それを微笑みながら見守る父親の姿。どこにでもある、でも自分にはわからない、クリスマスの家族の記憶。
ほんの少し胸に走った痛みには気づかない振りをする。
「つまりあかねのサンタクロースへの夢は壊れずにすんだわけだね」
優しい笑顔をしていたあかねの表情に少し悪戯っぽさが加わる。
「それがね。お姉ちゃんが思いっきりばらしてくれてさ」
―― ばっかだなあ、お父さんがオルゴールなんて直せるはずないじゃない。あれはね、お母さんがお昼のうちにお店屋さんに行って壊れてないやつと交換してもらったのを、こっそりお父さんに渡しただけだよ。サンタクロースなんて、ほんとはいないんだから。
歳の離れたあかねの姉の顔を思い出し、彼女ならそういうことも言いかねないと友雅もつい微笑を零してしまう。
「それはそれは」 「ひっどいでしょう? 可愛い妹の純真な夢を叩き壊してくれたんだよ、あのお姉ちゃんは」
憎まれ口をたたきながらもあかねの瞳は笑っている。
「とにかく、このオルゴールにはそういう思い出があるの」
もう一度、胸のどこかがちりりと痛む。
ありふれたオルゴールに大切にしまわれたあかねの思い出。 自分が知らない頃のあかねの記憶。 自分と出会うより遥かに前の……。
「でもね、あの頃は欲しいものをくれないサンタさんが少し不満だったけど、今になってみるとそういうのも面白いかもしれないって思うのよね。だから、私もいつか子供ができたら絶対に同じことをしてあげようって。その時は友雅さんも協力してね」
十二月の宵闇に沈み込もうとしていた友雅の心を、あかねの言葉が七月の明光の中に引き戻す。
いつか子供ができたら――。 それはこれから二人で作っていく未来のできごと。 クリスマスだけではなく、たくさんの思い出を作っていくこれからのこと。
ゆっくりと流れていたオルゴールの最後の音が、風に乗って溶けていく。 まるでここから先は新しい曲が待っているというように。
ぱたりという音と共にオルゴールの蓋が閉じて、再び時が動き出す。 少しの沈黙の後で発せられた声にはもう翳りはない。
「―― それは何の協力? サンタクロースの?
それとも子供ができるための?」
いつも通りの友雅の言葉に、いつも通りのあかねの笑顔。
「もちろん、サンタクロースの。さあ片付け片付け」
真直ぐな日差しはどこまでも青い空を通して全てのものに降りそそぐ。 その中に見えるのは幸せな思い出がたくさん待っている、二人の未来。
そしてそのはじまりの日まで、あと少し――。
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