エゴイスト

カチャリ――パタン。

何の遠慮も気兼ねもなしに、学習室の扉を開けて、閉めた。

うららかな午後の日差しが大きく作られた窓から部屋いっぱいに差し込んでいる。
絵を描くためには邪魔な光も、この部屋は元々そういう目的のために用意されたものではないのだから仕方がない。

学習室の本来の使い方。それは女王候補たちが感性、品性、精神を磨き女王に相応しい資質を養うところ。

「もちろん、それは君も知ってるよね――アンジェリーク」

僕はゆったりと作られている机まで歩き、そこにいる少女に声をかけた。

栗色のくせのない柔らかな髪は陽の光を浴びて暖かな色に輝き、広げられた画集には幾枚もの付箋がつけられ、彼女の学習のあとを見せている。
ただしそこに載っているはずの絵画は見えない。なぜならすやすやと寝息を立てている彼女の腕と頭によって覆い隠されてしまっているから。

『どうしてセイラン様は私の意見をまともにとりあげてくださらないんですか?』
『セイラン様と私の感じ方は違います。当然でしょう?別の人間なんだから。ティムカ様やヴィクトール様ならともかく、何を美しいと感じ何を大切であるかと受け止めることに正解はないのではないですか?』

凛とした声で、まっすぐな瞳で向かってくるアンジェ――。

これまで接してきた者の中で、僕の言葉を否定したものはいなかった。
その多くは「稀代の芸術家」と呼ばれる人物を前にしただけでそれを正しいものと信じ込むか、またはその肩書きだけに価値をおいて素晴らしいとすりよってくるかのどちらかだった。

でもアンジェは違った。初対面の印象がそれほどまでに悪かったのか、初日からことごとく反論してきた。その多くは僕の言葉につまり終わっていたが、頭の回転は悪くないのは十分分かった。それに彼女の言葉の端々に現れる彼女自身の資質が、原石のような光を放っていることにも気づかされていた。

「――で、君は起きるつもりはないのかい」

二度も話しかけているというのに、彼女の寝息は変わらない。そのあまりに無邪気な寝顔につい呆れ声がでてしまった。

「ほんっとに君は、寝てる時は天使だよ」

言ってしまってから僕は僕自身にむっとする。

彼女のことを天使だという人間がいる。彼女が秘める女王に相応しい資質を見抜く者たち。それらをこの宇宙に生きとし生けるもの全てに注ぐことを望む者たち。彼らの存在はいつも僕をひどく苛立たせる。

「前言撤回。君は天使なんかじゃない」

天使という言葉を彼女に当てはめてしまった自分に腹を立てながら、僕は髪のリボンへと腕を伸ばした。

栗色の髪によく似合う黄色いリボンが、寝息に合わせて静かに上下している。まるで細い腕で主を守ろうとするかのように。
いつもきちんと結ばれた髪は彼女の顔を明るく見せていたが、どこか鎧をまとったような、ここから中へは誰も立ち入らせないといった境界線をも感じさせていた。

「僕はそうじゃない君が見たいんだ」

小さな衣擦れの音さえたてずにリボンがほどけていく。これをといてしまったら、君はまだ僕が知らない顔を見せてくれるだろうか。天使なんかじゃない、一人の少女としての顔を見せてくれるだろうか。

「――ん」

揺るんだリボンのせいでさらりと流れた髪が頬にかかり、君がゆっくりと瞼を開ける。しばらくそのままの姿勢でいたが、上から見下ろす僕の瞳と目があうとびくっとして飛び起きた。

「セ、セイラン様っ、来てたんですか!? 待っていたのにいらっしゃらないなんて、一体どこへ行ってたんですか? あ、ちょっと、髪、ほどけてる!」

矢継ぎ早に問いかけながら慌てて髪に手を伸ばす君。
僕の答えなんか最初から期待してないね。

「言葉の使い方が間違っているよ。僕は来たんじゃなくて帰ってきたんだ。ここは僕の部屋なんだからね。それに僕は畏れながら女王陛下に呼ばれたんだよ。好き好んで君をここに放っておいたわけじゃない」
「畏れ多いなんてこれっぽっちも思ってないくせに」

小さな声でつぶやきながら、アンジェはさっさと髪をまとめてしまった。
せっかく見えかけた素顔があと少しのところで遠ざかってしまう。

「もういいですから、学習を始めましょう」
「決めた」
「はい?」

首をかしげる君に向かい僕は高らかに宣言する。

「僕は君を天使になんかしない」
「は?」

ここにいる少女は天使なんかじゃない。僕が稀代の芸術家などではなく生身の人間であるように、この少女も背中に翼を持つ天使などではなく一人の生身の人間だ。

僕はそんなアンジェの心が欲しい。全宇宙を慈しむ女神としてではなく、僕だけを見てくれる人間として、僕は君が欲しいんだ。

「いいね。君を天使になんかしないから」
「だから、仰っていることの意味がわかりません!」
「いいんだよ、君はわからなくったって。僕さえちゃんとわかっていれば」

たとえ女王候補であろうが、女王に相応しい資質と力量をもっていようが、そんなことは僕は知らない。
たとえ本当にこの少女の背に純白の翼があったとしても、僕にはそんなもの見えやしない。

そして心を決めた僕は今度こそ彼女の素顔を見るために、もう一度髪のリボンに指先を伸ばしていった。






慧さんへ

確かに慧さんから頂いたイラストから始まったはずなのに
セイランのイメージが全く違ってしまいました。
申し訳ないです。
自分の力量のなさに情けなくなりますが
セイランがこれほどまでに語りだしたのは
慧さんのイラストがあったからであることには間違いありません。

初めてのアンジェ創作を書かせて頂いて、本当にありがとうございました。

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当サイトのキリ番500のニアピン、499hitをご申請くださったかおかおさんに差し上げた
キリリク・イラストでしたが、それをご覧になった『Spicy Mint』の広岡かおるさんから、
こんなに素敵なセイラン×コレットの創作をいただいてしまいました。

「ええっ、いいんですか? わたしなんかがいただいちゃって…」と、
呆然とすること暫し。
そして、お話を拝読させていただいて
「って。 えええっ、ほ、本当にあのイラストが元なんですか!?」と、
遅ればせながら仰天。
いや、もちろんかおるさんが嘘をつかれる理由なんか、これっぽっちもナイとは
わかっておりますが、でも、わたしはかおかおさんからいただいたお題を元に
イラストを描いただけなんですよ?
順番、逆では…???
と、嬉しいやら混乱するやらで、ちょっとパニくってしまいました。

コレットちゃんのリボンひとつ解くことで…たったそれだけのことで、「未来の宇宙の
女王」を「ただの少女」へと戻してしまおうとする、セイランの感性が凄く好きです。
実際越えなければならない精神的な葛藤は、そんな簡単なものではないはずなのに
「そうさ、たったそれだけのことなんだよ」と、くすり、と笑う彼がここにいます。

ああ、例によって、文才のないわたしの稚拙な感想なんて、どうでもいいです。
感想は、お読みになったあなたのものです。
素敵な素敵なセイランと、勝気ちゃん(大好き〜vv)のお話、
どうぞ読後もしっかりゆったり、浸ってくださいませ。


最後に、かおるさん。
お話の創作というのは、自分の中へと深く深く潜っていって、かたちのない何かに
相応しい色や香りや音をつける、本当に繊細な作業だと思います。
そんな己の分身のような大切な『創作』を預けていただけたこと、本当に嬉しく思いました。
いつまでも、大切に置かせていただきます。
本当に、本当に、ありがとうございました。

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