ある日の夜の話
2003/10/14
ピ、ピ、ピ、ピ
2時50分。
私は突然覚めた眠気に驚きながらも、ベットの近くにある置時計を手にした。
…やはり2時50分。おかしい。どうしてこんな時間に目が覚めるんだろう。「…携帯かな?」 そんな可能性なんか無いのに私は募る思いを言葉にしていた。
机の上にきちんと置かれた携帯電話。 私は少し起き上がり、そこの物体をジッと見つめた。
…着信は…来ていない。すぐにわかった。携帯からの反応は一切無かったからだ。私は次の瞬間、痛いほどの現実が脳内で駆けずり回った。
――――終わったんだ。
しかし、私はその事は声に出さなかった。声に出してしまうとそれは事実になってしまうから。
私はふぅと息を吐き、起こしていた上半身を一気に枕にあずけた。
私はジッと天井の電灯を見る。まるでズームをしているかのように、私の目は電気の1箇所を繊細に見ることができた。そして、そこから目が離せなくなっていた。眠れない。眠りたくない。寝てしまうと朝が来るから。彼のいない朝が来るから。
私の部屋は電灯でオレンジ色に輝いていた。私を包み込むようにゆっくりと私に愛の光を与える。
私はそんな女じゃない。私はそんな…。
「ほんとにいいのか?」彼がそう聞く。
「仕方ないじゃない。好きな人出来たんでしょ?」私はあっけらかんに答えた。
会社の屋上、昼休み。そこには私と彼しかいなかった。
別れ話には持って来いのシュチュエーションね。
もう夏なのに、風はまだ少し肌寒い。彼は私の目を見なかった。ジッと地面に魅入られていた。
「どんな人?かわいい子なんでしょ?…あ、もしかして。経理課の立花さん?結構二人きりでお茶してるって噂たってたよ〜ん。」
私は人差し指を彼に向けてトンボを落とすみたいにクルクル回し、いたずらっ子のような目で彼を見た。 しかし、彼はそれすら見ようとしない。私は平気な振りをしながら、このまま屋上から身を投げたら、私は彼の心の中にいることが出来るんじゃないかと思った。
27にもなってって思うかもしれないけど、私はその時本気で思ったのだ。「…ごめん。俺、もう行かなくちゃ」 彼は最後まで私を見ようとしなかった。
下のコンクリートだけが彼の居場所だったのだ。 そそくさと彼は去ろうとする。「こっちみて」呪文のように私は心の中で叫び続けていた。
一瞬でもいい、私は彼の瞳に留まりたかった。
「ねぇ!」 彼の背中に私は叫ぶ。ビクっと彼の背中がこわばるのがわかる。
「…そっ、相談相手ぐらいだったらなってあげてもいいよっ!元カノの助言って結構ためになるんだから!」
こっちみて
少しの沈黙。彼はゆっくりと私に目を向けた。彼の目には安堵の色が見えた。
「…お前って、ほんと良い奴だよな。…又電話するわ。」
部屋の電灯を見過ぎたのか、目がチカチカする。私は1度ゆっくり目を閉じた。
「私はそんなにいい人じゃない。」
知らない内に言葉が出ていた。いや、頭の中で響いていたのか…。
心の中に何かがあるのがわかった。黒く、グニャグニャした何かが。私は不意に起き上がり、胸の真ん中をつかんだ。爪を立ててそれをえぐり出そうとした。
必死に必死にその物を消し去りたかった。息が荒くなる。
気づくと布団の上に何かが落ちていた。それはしみを作って徐々に円を描いた。
涙だった。頬が熱かった。私はその時、やっと気づいたのだ。
「…ははっ……私、ホントは泣きたかったんだ。」
私は何も考えずに泣いた。声を出して泣いた。みっともなくてもいい。 私は彼と一緒にいたかったんだ。
ホントはその場で汚らしく、わめき散らして、彼の胸にすがり付きたかったのだ。
布団が涙を受け止めた。
ぱたっ、ぱたっと心地よい音がする。涙が私の胸の中の物を流していく。
部屋のオレンジ色はずっと私を包んでくれた。