< 1991年11月28日 記念座談会 >

「魂の独立」から20年

 

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学会は大聖人直結 師匠とともに完全勝利
世界を照らす太陽の仏法
広がる「世界広布」の未来

 

 

<上> 学会は大聖人直結 師匠とともに完全勝利
出席者:原田会長、正木理事長、大場SGI理事長、杉本婦人部長、橋元男子部長、吉井女子部長

杉本 池田先生・奥様、そして全世界の同志とともに、晴れ晴れと11月18日「創価学会創立記念日」を迎えることができました!
正木 「11・18」を中心に、学会本部は千客万来でした。来訪した企業関係者の方々も「学会だけは、いつ来ても明るいですね!」と、隆々(りゅうりゅう)たる発展を讃嘆(さんたん)されていました。
吉井 池田先生は今月の本部幹部会・SGI(創価学会インタナショナル)総会へメッセージを送ってくださいました。
 「日本の創価学会も、世界のSGIも、『大勝利の万万歳(ばんばんざい)』で、『創立の月』を堂々と迎えることができました」
 「21世紀の創価の青年群が決然と立ち上がった。ゆえに新たな妙法の(だい)興隆(こうりゅう)の時が来たと、私は誇り高く宣言したい」と。
橋元 師匠が「新たな妙法の大興隆の時」と宣言された今、さらに意気高く法華(ほっけ)弘通(ぐつう)に立ち上がるのが弟子です。青年部は、友の幸福を祈りに祈り、師匠の正義を語りに語り、仏法を力強く広めていきます!
原田 創立から81周年。牧口先生、戸田先生、池田先生と続く創価三代の師弟による、御聖訓(ごせいくん)通りの死身弘法(ししんぐほう)があって、われわれはこうして(ほが)らかに幸福の大道(だいどう)を歩めます。
三代会長に、どれほど感謝してもしきれません。
正木 特に、池田先生が世界広宣流布の指揮を執り、五大陸に創価の民衆の連帯を築かれたことは、仏教史上だけでなく、人類史上に燦然(さんぜん)と輝きわたる一大壮挙(そうきょ)です。
大場 先生の初の海外訪問は1960年(昭和35年)。海外にはほとんど学会員がいないといってもよかった。それが今、SGIは192カ国・地域となりました。
原田 現在、国連加盟国は193カ国ですから、まさに世界宗教です。この圧倒的な広がりを、先生の一代で成し遂げられたのです。
橋元 国籍も文化も言語も超えて、皆が御本尊に題目を唱える。御書を拝する。自他(じた)(とも)の幸福と平和のために行動する。大変なことです。
吉井 そしてうれしいことに、池田先生が世界の大学・学術機関から受けられた名誉学術称号は「319」となりました(大拍手)。
原田 先生は、「私が皆さんを代表していただく栄誉は、すべて皆さんの福運になる」「これも学会がそれに値する行動をしている一つの証左である」と言われています。
 ともあれ、先生が、仏法を基調として、壮大な平和・文化・教育の道をつくってくださったのです。

「仏意仏勅」は明白

正木 1991年(平成3年)11月、学会は、日顕宗の(ころも)鉄鎖(てっさ)≠断ち切り、「(たましい)の独立」を果たしました。腐敗・堕落した宗門は、日蓮大聖人の御精神に真っ向から違背(いはい)し、「僧が上で、信徒が下」などと一方的に権威・権力を振りかざしてきた。あの時代錯誤(さくご)で封建主義の邪宗門と一緒のままだったら、ここまで日蓮仏法は世界へ広まっていません。
大場 そうです。20年前の11月7日、日顕宗は「解散勧告書」なるものを送りつけてきたが、学会は全く相手にしませんでした。
原田 すると28日、今度は笑止千万な「破門通告書」を送ってきたが、そこには御書の御文が一文もない。教義的な裏づけが全くないのです。つまり邪宗門(みずか)らが広布の清らかな世界から離れたということです。
橋元 あのとき日顕は、恐喝事件を起こして逮捕された山崎正友と結託して謀略(ぼうりゃく)をめぐらした。宗門は、どんどん狂っていった。
正木 実際、当時115カ国・地域だったSGIは20年で192カ国・地域に大拡大。それに対して日顕宗は、往時の2%にまで信徒が減り、法華講は供養地獄≠ノ苦しんでいる。
原田 正邪は厳然(げんぜん)です。どちらが宗祖(しゅうそ)の御精神を継承した仏意仏勅(ぶついぶっちょく)の教団なのか、一目瞭然じゃないか。
橋元 「一切は現証(げんしょう)には()かず」(御書1279n)との大聖人の御聖訓に明々白々(めいめいはくはく)だ。つまり、日顕宗が大聖人に破門されたのです!
正木 学会の正義、池田先生の偉大さが示された20年です。学会は池田先生のもと完全勝利しました!

「人間の絆」が力に

吉井 今月18日、総本部の起工式が行われました。同志の皆さんは建設の槌音(つちおと)に胸を高鳴らせ、完成の2013年へ決意を新たにしておられます。
大場 SGIメンバーも同じ心です。9月の青年研修会でも、今月の秋季研修会でも、皆が「イケダセンセイとともに、2013年へ出発します!」と誓っていました。
正木 SGIの運動に世界も期待しています。特に戦時中にあって、牧口先生と戸田先生が軍部政府と対峙(たいじ)し、獄中闘争を貫かれた歴史に、SGIの平和運動の原点があると注目しています。
杉本 さらに初代、2代会長のご精神を受け継ぎ、池田先生がお一人で難を受け、道なき道を開いてくださいました。
大場 多くの識者が先生の平和哲学と行動、そして師弟の(きずな)によって築かれた世界的な草の根の民衆運動を(たた)えています。
橋元 国際宗教社会学会のカール・ドブラーレ元会長は、「創価学会の団結は、歴代会長との『人間の絆』によって築かれたものである。そこに学会の(ちから)がある」と語られています。
吉井 中国思想研究の大家(たいか)であるハーバード大学のドゥ・ウェイミン博士も、「牧口会長から戸田会長、池田会長に(いた)る三代の系譜こそ、大乗仏教の本来の精神が脈動していることを、改めて感じます。反対に、偏狭で保身の僧らに見られる、世俗主義と権力への服従は、大乗仏教の核心である人間主義を深刻に害したといえます」と強調しておられます。
原田 学会の根本、そして仏法の根幹は、どこまでも「師弟不二」です。三類の強敵(ごうてき)と戦い正法を弘通した創価三代の師匠、なかんずく池田先生を広布の指導者と(あお)ぎ、御書根本で日蓮大聖人の(おお)せ通りに実践したからこそ、学会は大発展できたのです。
大場 65世の日淳法主は、「学会のおかげで大法は清浄に今日までまいりました。本宗は学会の大恩を永久に忘れてはなりません」と讃えていました。
杉本 これまで学会が数々の障魔(しょうま)の嵐にも微動だにせず、勝ち越えることができたのも、この「師匠を中心にした団結」があったからにほかなりません。

「破和合僧」の大罪

正木 こうした師弟の絆の強さを理解できず、先生と学会に嫉妬(しっと)し、「C作戦(創価学会分離作戦)」を企て、世界広布を破壊しようとしたのが日顕宗だ。なんと愚かなことか。
橋元 C作戦の発動当時、日顕が反学会のブラックジャーナリストに学会員のうち、20万人が宗門につけばいい≠ニ語ったのは有名な話。要は、自分たちが贅沢な暮らしを続けられるだけの供養を出す信者がいればいいと考えていた。大聖人の崇高(すうこう)な精神や、末法の民衆救済と世界広布への熱願など微塵もない。仏法で最も重い罪の「破和合僧(はわごうそう)」そのものである。
正木 仏法の因果(いんが)は厳しい。謗法(ほうぼう)に謗法を重ねた宗門は、最高裁で8度断罪され、日顕個人も2度断罪された。正義の学会は勝った。
原田 2月闘争や大阪の戦いなど、師匠の心をわが心とした池田先生の拡大戦に明らかなように、師匠と心を合わせれば、あらゆる壁を乗り越えることができます。これからも、世界広布の指導者である池田先生とともに、万代へ創価の大道(だいどう)を歩んでいきたい。

後継の育成に全力

大場 魂の独立から20年の学会勝利の象徴が、スペインとインドネシアです。両国とも理不尽な宗門事件の嵐が吹き荒れました。メンバーは大変に苦労しましたが、池田先生の指導を胸に、悔し涙をこらえながら地道に同志の激励、友との対話、地域貢献に徹してきました。
吉井 20年でスペインの陣列は40倍、インドネシアは1支部から34支部に大発展。両国とも、三色旗が(ひるがえ)る会館が建ち、社会から絶大な信頼を集めています。
原田 また先生は、スペインのカルロス国王、ローマクラブのホフライトネル名誉会長、インドネシアのワヒド元大統領など、各国・各界のリーダーと友情を育んでこられました。
大場 そうです。たとえばインドネシアは人口の約9割がイスラム教徒。同国で最大のイスラム団体の指導者がワヒド元大統領でした。
 国の精神的支柱であった元大統領と先生の(あいだ)に深い友情が結ばれ、両者の対談集はインドネシアをはじめ、各国の知識人に読まれています。師弟一体の行動で、SGIへの正しい認識が広がっていったのです。
原田 そして今、広布の焦点は青年です。明年は世界で「青年学会 拡大の年」「青年SGI 拡大の年」を前進します。わが国・地域、支部、地区で、何人の新たな人材を輩出できるか。目の前の青年の育成に、広布の未来がかかっています。
杉本 婦人部は創価の母≠ニして、信心の大切さと師弟の精神を、わが家と地域の後継者に伝え、未来部・青年部の励ましに全力を注いでいきます。それが師匠への報恩(ほうおん)の道です。

大恥のニセ法主

橋元 未来ある学会に比べて、宗門は陰々滅々(いんいんめつめつ)。そういえば、最近もまた日顕宗は裁判で敗北した。去る10日、正信会との裁判で、日顕の血脈(けつみゃく)相承を証明できずに、宗門の敗訴が最高裁で確定しました。
正木 この裁判は宗門側が起こしたもの。正信会の寺に、日蓮正宗の看板を下ろせと訴えたものだ。ところが相手側から、日顕は相承を偽って登座(とうざ)したニセ法主であり、従って次の日如もニセ法主であるから訴える資格自体がないと反論された。結局、判決では日顕宗の訴えそのものを「門前払い」。日顕はまた、みっともない「ニセ法主」の大恥をさらした(笑い)。
大場 日顕が盗座(とうざ)≠オて32年。法主を辞めて6年。いまだに「ニセ法主」と言われる。
杉本 いまも、日顕宗に(あき)れ果て、愛想を尽かし、脱講(だっこう)する人が(あと)を絶ちません。北陸では寺の有力者が脱講しました。最愛のお孫さんが亡くなられた際、坊主が葬儀にかこつけて、金目当ての横柄な態度を取ってきたそうです。
橋元 聖職者などという前に、人間としてひどすぎる!
杉本 その方は、「20年間、寺にどれだけ供養してきたか。坊主には感謝のかけらもない。後悔しかない20年だった」と語っていたそうです。この方の決意を機に、地域では脱講者が相次いでいます。
正木 日本への仏教伝来から約700年の鎌倉時代、大聖人は立宗を宣言され、民衆救済に立ち上がられました。権力と結託した僭聖増上慢(せんしょうぞうじょうまん)の僧侶や人々を幸福に導くことのできない既成(きせい)仏教を破折(はしゃく)し、仏法の本義に立ち返るものでした。
原田 それから約700年、創価学会が出現し、宗門ではなしえなかった妙法の弘通(ぐつう)を日本中、世界中へ果たしました。さらに20年前の「魂の独立」で、葬式仏教化して大聖人の御精神に完全に違背(いはい)した日顕宗と決別し、民衆仏法の原点に戻ることができた。三代会長のもと世界広布という大聖人の未来記を実現した、学会の81年の歩み自体が、まさに歴史に残る仏法復興のルネサンス運動なのです。
吉井 東北大学大学院の佐藤弘夫教授も指摘しています。
 「学会が、新しい形で現代に合致した運動を模索するのは必然の成り行きであり、日蓮正宗と(たもと)を分かつことで今日の発展があった」「学会が宗門と決別した流れは、日蓮が鎌倉仏教に対して起こした行動に通じるものがあります」(「第三文明」12月号)と。
橋元 創価の宗教改革は、仏法の本義に(のっと)ったものであり、識者や学会員ではない友人から賞讃(しょうさん)の声を頂いています。
正木 そもそも、僧侶が葬式に関わるようになったのは室町から江戸時代にかけてであり、大聖人の教えにはない。日顕宗が僧侶がいない葬式では成仏できない≠ネどというのは、全くのデタラメだ。
大場 そんなことは御書のどこにも書いていない。塔婆や戒名にしろ、葬儀や法要にしろ、後世にできた化儀(けぎ)を坊主が金もうけに悪用しているだけだ。「法師(ほっし)の皮を()たる畜生(ちくしょう)」(御書1386n)そのものだ。
杉本 環太平洋大学の梶田叡一学長は、こう語っています。
 「自立した在家のみで進む創価学会は、宗教者として本来あるべき姿」「宗門と別れたおかげで、創価学会が世界宗教へと脱皮するスピードは大きく加速されました」(「第三文明」12月号)と。
原田 こうした声は相次いでいます。ありがたい「多宝の証明」です。日本も世界も、われら創価の民衆運動に大注目しています。さあ2013年、2030年へ向けて、今一度、清新な決意をもって、師弟共戦の歴史、人間革命の歴史、幸福勝利の歴史を堂々と開いていこう!

(2011.11.21. 聖教新聞)

 

 

<中> 世界を照らす太陽の仏法
出席者:原田会長、正木理事長、谷川副会長、川原婦人部書記長、棚野青年部長、吉井女子部長

吉井 明「青年学会 拡大の年」に向け、各地の創価青年大会がますますにぎやかです。
棚野 各地では新しい(ちから)≠ェ陸続(りくぞく)と誕生しています。青年の躍動する姿に、「この町には、こんなにも素晴らしい青年がいたのか」と驚いていた来賓の方も多くいました。
原田 青年部の活躍は、未来の創価学会の姿そのものです。青年部を強くすることが、広布後継の確かな大河を築いていくことになる。われわれ壮年・婦人部も、青年部の成長と大会の無事故・大成功を真剣に祈ってまいりたい。

的外れな難くせ

吉井 大会では、「(くれない)の歌」や「青年よ広布の山を登れ」「創価歓喜(よろこび)凱歌(うた)」などの歌が高らかに歌われています。
棚野 これらの合唱を聞いた未入会の方々からも、「勇気が出る」「心が明るくなる歌ですね」と曲や歌詞の素晴らしさに共感の声が聞かれます。
正木 これらの楽曲の誕生の淵源(えんげん)は、いずれも「創価の師弟」を分断しようとした障魔(しょうま)との攻防戦の歴史にあります。
棚野 「紅の歌」や「青年よ広布の山を登れ」は、第1次宗門事件の反転攻勢の旗印として、「創価歓喜の凱歌」は、第2次宗門事件で学会が「(たましい)の独立」を勝ち取った創価完勝の象徴として歌い継がれています。
谷川 そうです。1990年(平成2年)11月16日、学会創立60周年を大勝利で迎えた本部幹部会で、池田先生は、現実社会の荒波の中で奮闘する全国の同志に、悩みを突き抜けて歓喜に至れ!≠ニ激励された。
 そして、ベートーベンの「歓喜の歌」を歌っていこうと提案され、翌年11月、学会版≠フ歌詞を付けた「創価歓喜の凱歌」が誕生したのです。
正木 そういえば、90年末、宗規改変にかこつけ、「C作戦」を仕掛けてきた時、宗門が「お尋ね」なる文書で難くせ≠つけてきた一つが「歓喜の歌」だった。
谷川 シラー作の「歓喜の歌」のドイツ語の原詩には、「神々」とあるから、これを歌うことは「外道礼賛(げどうらいさん)だ」などと、全く的外れな批判だった。
吉井 「歓喜の歌」に歌われる「神々」が一神教(いっしんきょう)としての「キリスト」などではなく、自己の内なる神々(こうごう)しい(ちから)、自由な精神を指すことは常識です。
原田 だから、このくだらない言い掛かりで、逆に日顕宗は、文化や芸術の理解できない常識外れな教団であることを天下にさらして大恥をかいた。
棚野 アメリカSGI(創価学会インタナショナル)のメンバーも、「日顕宗は『IN GOD WE TRUST(我々は神を信じる)』と印刷された米ドル紙幣の供養を(むさぼ)り取っているのに何を言っているのか」と笑っていたな(笑い)。
谷川 当時、「人間精神の普遍的な昇華がもたらす芸術を、無理やり宗教のカテゴリーに当てはめ、邪教徒をつくり断罪する、あの魔女狩りにも似た宗教的独断の表れである」(芝浦工業大学・河端春雄教授)などと多くの識者も指弾しました。
吉井 また、「『第九』の本質が分かる人は、人間主義に立つ人…逆に、『人間』を軽視する人は、『第九』が分からない」(作曲家・諸井誠氏)という声もありましたね。
正木 しかも、「お尋ね」文書の根拠となったスピーチの盗み録りテープの反訳が誤りだらけであることが明らかになり、難くせ≠フ根拠は総崩れ。宗門は「お尋ね」文書を撤回せざるを得なくなったにもかかわらず「C作戦」を強行したんだ。

「C作戦」全て失敗

原田 「20万人が山(宗門)につけばいい」と目論んでいた日顕は、登山の停止、御本尊下付の停止、海外での檀徒づくりなど、あの手この手で学会を脅し、何とかして揺さぶろうと企て、次々と実行した。だが、学会は微動だにしなかった。
谷川 逆に日顕は、東京・目黒区に豪邸建設を計画していたことや、謗法(ほうぼう)厳誡(げんかい)などと吹聴していながら、何と福島の禅寺に墓を建立(こんりゅう)し、自ら法要に行っていたことなど、悪事が次々と発覚。そして、追い詰められて学会への嫉妬(しっと)に狂った日顕が、学会に送りつけてきたのが91年11月28日の「破門通告書」だった。
川原 権威のかたまりである日顕は、「破門」という言葉で脅せば、学会員も坊主にひれ伏すと考えていたのでしょう。しかし、そもそも私たちは日蓮大聖人の仏法を信仰しているのです。謗法や悪事を重ねる坊主の信者ではありません。学会員は、日顕なんて相手にもしませんでしたね。
原田 それどころか、破門されたことで、逆に学会は宗門の(ころも)の権威≠フ鉄鎖から解放されたのです。
川原 私は日顕宗の寺が三つもある墨田区なので、御講(おこう)の時など、供養の受付名簿まで書かされた上、結集が悪いと文句を言われるなど、本当に嫌な思いをしました。だから、もうあの陰湿な坊主とつきあわなくていいのかと思うと、心の底から晴れ晴れとしました(笑い)。そういう声は、あちらこちらで聞きましたね。
谷川 この「魂の独立」によって、学会はいよいよ世界宗教として、大きく羽ばたくことができました。宗祖(しゅうそ)日蓮大聖人の御遺命(ごゆいめい)である世界広布の時代が、太陽の仏法が地球を照らす時代が来たのです。
川原 まさに、それを祝福するかのようだったのが、「破門通告書」が出された翌日(11月29日)、在東京アフリカ外交団(26カ国)から池田先生へ、「教育・文化・人道貢献賞」が授与されたことでしたね。
正木 当日は19カ国の大使(大使代理)らが祝福のために東京・千駄ヶ谷の創価国際友好会館を訪れました。各国の大使がこぞって、池田先生を賛嘆(さんたん)された。代表で挨拶に立ったガーナ大使は池田先生は「真の世界市民」であり、日本にとって「最高の大使」です≠ニ最大の賛辞を贈った。
吉井 今やアフリカだけでもSGIは40カ国・地域に発展しました。早くから、「21世紀はアフリカの世紀」と提唱されていた池田先生のリーダーシップのもと、メンバーは「良き市民」として、人間主義のスクラムを広げています。
原田 ともあれ、この20年でSGIは、「115」から「192」の国と地域へ広がりました。池田先生に世界から贈られた名誉学術称号は何と「12」から「319」へと、全世界から賞讃(しょうさん)されています。そういう意味でも、11月28日は、学会の「世界宗教」としての新たな出発の日でもあるのです。

後を絶たぬ脱講者

正木 この20年間、学会はさまざまな角度で「人間のため」の宗教改革を進めてきました。その一つが、「友人葬」です。
谷川 焦った日顕宗は、葬儀について坊主なしでは地獄に堕ちる∞塔婆を立てないと成仏しない≠ネどと学会を脅し、金もうけに狂奔して法華講から供養をしぼり取っています。
吉井 しかし、大聖人が「南無妙法蓮華経とばかり(とな)へて仏になるべき事(もっと)も大切なり」(御書1244n)と仰せの通り、成仏はあくまで本人の生前の信心によって決まります。
原田 葬儀に僧侶≠ニいう形式は江戸時代の「檀家(だんか)制度」によって普及したものであり、日蓮仏法とは無縁なのです。
川原 故人の成仏と葬儀の形式は、全く関係ありません。葬送等の儀式においても、大切なのは故人を(いた)む真心からの題目です。その意味でも、広宣流布にまい進する同志の真心のこもった「友人葬」こそ、大聖人、釈尊の精神にかなった最も崇高(すうこう)な儀式なのです。
棚野 各界の識者も「形骸化した『葬式仏教』から脱却し、仏教本来の葬儀の在り方を目指す学会の『友人葬』に、私は期待している」(京都大学・樋口謹一名誉教授)など、「友人葬」を高く評価しています。
原田 参列した地域の方々からも、「私も学会の友人葬で送ってもらいたい」「こんなにすがすがしい人間味あふれた葬儀は初めてだ」などの声が寄せられ、友人葬が(えん)となって入会される方もたくさんいます。
正木 葬儀の導師等、儀典部の皆さまの日ごろの(ろう)に心から感謝申し上げます。
原田 家族葬や友人葬など、葬儀の自由化は時代の流れでもあります。なお、学会の友人葬では学会員の間での香典や導師への謝礼など、一切必要ないことを改めて確認しておきます。
谷川 一方、信徒から供養を(むさぼ)り取るだけの私利私欲の日顕宗は、この20年で、坂道を転げ落ちるように衰亡していった。
棚野 教宣部の方々の粘り強い対話のおかげもあり、宗門に愛想を尽かす脱講者が、今年も(あと)を絶ちません。
原田 仏意仏勅(ぶついぶっちょく)の学会は、どこまでも「師弟不二」の祈りで宗教改革の道を堂々とまい進していきたい。皆が「良き市民」として、社会に、世界に、信頼の輪を大きく広げていこう!

(2011.11.24. 聖教新聞)

 

 

<下> 広がる「世界広布」の未来
出席者:原田会長、正木理事長、森中教学部長、杉本婦人部長、橋元男子部長、吉井女子部長

杉本 日顕宗から「(たましい)の独立」を果たして20年。いま各国で「二陣三陣つづきて」(御書911n)との御文通り、青年部へ広布のバトンが受け継がれています。
橋元 SGI(創価学会インタナショナル)の青年部と懇談すると、広布への情熱、師匠への求道心、教学力に驚きます。
吉井 インドでは皆が池田先生の『法華経(ほけきょう)智慧(ちえ)』を熟読し、深く理解しています。世界の青年が日蓮大聖人の仏法を求めていることを実感します。
森中 アメリカでは青年部が座談会で、先生の「勝利の経典『御書』に学ぶ」の研究発表に取り組んでいます。こうして地球規模で教学運動が起こり、今年だけで41カ国・地域の約15万人が教学試験を受けます。
原田 御書講義ができる教学力を備えた人材も陸続(りくぞく)と育っている。それが組織での幅広い教学研鑚(けんさん)、個々人の信心の深化(しんか)と実践につながっています。
森中 私はアジア教学部長としてインドネシアでの講義も担当していますが、年々メンバーが社会で躍動しています。池田先生とワヒド元大統領の対談集を手に、皆が自信と確信をもって友好を拡大。池田先生の「自然との対話」写真展には、なんと42万人が来場しました。
正木 世界最大のイスラム国で、これだけ友好が広がっていることは大変なことです。
森中 歴史的に日蓮仏法は、ともすれば閉鎖的・排他的などと誤解されてきました。しかし今日(こんにち)、192カ国・地域に広がり、平和のための宗教間対話においてもSGIが活躍している事実は、日蓮仏法が開かれた仏法である(あか)しです。一切衆生(いっさいしゅじょう)の救済を願われた大聖人の大願(だいがん)を現実にしたのは学会です。
吉井 スペイン語版『御書』の総合監修者である国立マドリード・コンプルテンセ大学教授カルロス・ルビオ博士は、こう述べておられます。
 「世界的にも日蓮の先見性、精神的成熟性は認められるべきであり、日蓮仏法の教義は、宗教間対話の活動に大変重要な貢献をしていくでしょう」と。
杉本 御書は英語、中国語、スペイン語、フランス語など各言語に翻訳されています。「本朝(ほんちょう)聖語(せいご)も広宣の日は(また)仮名(かな)を訳して梵震(ぼんしん)に通ず()し」(同1613n)との日興上人の御遺命(ごゆいめい)も学会が果たしました。

衣の権威≠ナ強圧

原田 これも池田先生が世界広布のため不惜身命(ふしゃくしんみょう)で道を開いてくださった歴史です。一方、1991年(平成3年)11月28日、日顕宗が送ってきた「破門通告書」には御書の御文が一文もなかった事実は象徴的だ。
橋元 仏意仏勅(ぶついぶっちょく)の学会を破門する教義的な裏づけなど何もないことは明白。自分たちは折伏(しゃくぶく)もしない、大聖人が御書に(おお)せの実践もしない。それどころか全く逆の実態だったことが露呈して大恥をかいた。
正木 「破門」などとおどろおどろしい言葉を使っているが、結局は、嫉妬(しっと)と金もうけの欲におぼれ、(ころも)の権威≠ナ学会を押さえつけようと圧迫してきたのだ。
森中 そもそも、宗門の寺を全国に建てたのも、大聖人の仏法を弘めたのも、世界広布を進めたのも、全て学会がやったことです。立宗以来700年、学会が出現して仏法が広まりました。59世・堀日亨(ほりにちこう)が今の宗門から創価学会を取ったら、何が残るか。何も残らないではないか≠ニ言われた通りです。
橋元 折伏も教学も、学会に及ばない。だから坊主は見せかけの権威でいばるしかない。
正木 現法主の日如も東京・新宿の住職時代に教学の質問をされ、「そういうことなら学会の教学部に聞きなさい。よく勉強しているから」と逃げた(笑い)。それが今や宗門のトップだから(あき)れたものだ。

惨めなニセ法主

森中 日顕宗の邪義(じゃぎ)(さい)たるものが「法主絶対論」です。法主は御本尊と「不二(ふに)尊体(そんたい)」であり、「本仏大聖人、戒壇(かいだん)の大御本尊、歴代の御法主上人が、その内証(ないしょう)において、一体不二の尊体」とまで言い出した。
原田 いったい御書のどこにそんなことが書かれているのか。「時の貫首(かんず)()りと(いえど)も仏法に相違(そうい)して己義(こぎ)(かま)えば(これ)(もち)()からざる事」(同1618n)と仰せの通り、日興上人は、仏法に違背する法主は排除するよう遺誡(ゆいかい)されています。
森中 宗門では約750年の間に、何度か「法主絶対論」が強調されました。その一つは、幼少の子どもを貫首にすえる「稚児(ちご)貫首」の時代です。仏法理解もままならない子どもだったため、相承(そうじょう)を受けた≠ニいうだけで、大聖人の魂が宿るという絶対の存在にするしかなかったのです。
橋元 前法主の急逝(きゅうせい)(じょう)じて相承を(いつわ)り、盗座(とうざ)≠オた「ニセ法主」の日顕も同じです。問答無用で権威を振りかざし、一族を優遇した人事を次々と行うなど自分を絶対化≠ウせ、強権的な手法で宗内を支配してきました。
杉本 法主にしか伝わらない「唯授(ゆいじゅ)一人(いちにん)血脈(けつみゃく)」があるというのも、全くの邪義です。等しく一切衆生に開かれているのが日蓮仏法の血脈です。
森中 大聖人は「強盛(ごうじょう)大信力(だいしんりき)(いた)して南無妙法蓮華経・臨終正念(りんじゅうしょうねん)祈念(きねん)(たま)へ、生死一大事の血脈()れより外に全く(もと)むることなかれ」「信心の血脈なくんば法華経を(たも)つとも無益(むやく)なり」(同1338n)と仰せです。日顕宗が大聖人に違背しているのは明らかです。
吉井 日顕宗の邪義には「僧が上で、信徒が下」という「僧俗差別義」もあります。
正木 20年前の「解散勧告書」なる文書でも、「僧俗師弟義を(ないがし)ろにすれば……師敵対(してきたい)大謗法罪(だいほうぼうざい)によって、必ず地獄に()します」などと言っていた。だが大聖人は「僧も俗も尼も女も一句をも人にかたらん人は如来(にょらい)使(つかい)と見えたり」(同1448n)と仰せで、本質的に出家と在家(ざいけ)を差別されていません。日顕宗の邪義は在家を脅して隷属(れいぞく)させようというものだ。
原田 もはや邪義まみれの日顕宗に、日蓮大聖人からの「信心の血脈」は一切、流れていない。富士の清流ではなく濁流と化してしまった。結局、信徒も全盛期の2%に激減。文証(もんしょう)でも理証(りしょう)でも現証(げんしょう)の上からも、世界広布を推進する学会こそ大聖人直結の団体なのです。正邪(せいじゃ)は完全に決着しています。
正木 戸田先生は言われていた。釈尊の時代の六師外道(ろくしげどう)が、大聖人の時代、良観(りょうかん)などとなって生まれ変わった。学会草創期には他宗の坊主となって広布の邪魔をした。そして次は、あのような連中が日蓮正宗の中に生まれてくる=\―今の日顕宗そのものだ。
原田 1950年(昭和25年)ごろから(かげ)檀徒(だんと)づくりを画策していた日顕の卑しい坊主根性を見抜かれた戸田先生が、阿部には気をつけろ。インチキが多くて腹黒い≠ニ言われたのは有名。まさにその通りだった。

戦い切る人が「仏」

杉本 万人の成仏こそが仏の出世(しゅっせ)本懐(ほんかい)です。牧口先生、戸田先生、池田先生の創価三代の死身弘法により仏法が世界に広まりました。学会は日蓮仏法の本質に返り、その精神を世界へ未来へと開いてきたのです。
吉井 「魂の独立」を果たした後、95年(平成7年)から始まった『法華経の智慧』や『法華経 方便品(ほうべんぼん)寿量品(じゅりょうほん)講義』、そして今に続く大白蓮華での講義など、池田先生は常に大聖人の御精神を拝しながら、21世紀の世界に向けて仏法を展開し、今を生きる私たちに指針を示してくださっています。
橋元 そして世界中の同志に励ましを送り続けてくださり、その振る舞いで仏法の人間主義を教えてくださっています。
吉井 ルビオ博士も「SGI会長の平和建設のための行動、他宗教の識者との胸襟(きょうきん)を開いた対話は、日蓮の人格と振る舞いに相通じるものです」と最大に(たた)えておられましたね。
森中 94年の東北栄光総会・宮城県総会で池田先生は「仏といっても特別な存在ではない。戦い続ける心が『仏』、行動し続ける姿が『仏』である。魔と戦い切る人が『仏』なのである」と指導されました。信心には、立場や年齢、地域など関係ありません。友のため、法のため、広布のために行動する人が最も尊貴(そんき)です。
杉本 海外の同志も、距離が離れていようと師匠とともに心を合わせ、「地涌(じゆ)菩薩(ぼさつ)」の使命を果たそうと世界中で戦っています。本当に尊いことです。
正木 学会は御書根本に「行学(ぎょうがく)二道(にどう)」(同1361n)に励んできたから、世界広布を進めてくることができました。日蓮大聖人の仰せ通りに実践してきたことが、学会の大発展と邪宗門の衰退を分けたのです。
原田 池田先生へ感謝の思いは尽きません。2013年、そして2030年へ、池田門下の弟子が世界広布を発展させる時です。永遠に大聖人直結、御書根本に、わが地域で(ほが)らかに仏法流布を進め、師弟不二の黄金の共戦譜(きょうせんふ)(つづ)っていこう!

(2011.11.28. 聖教新聞)