京都駅のキオスクで土産を買い、4番線に急ぐ。4番線には西明石行きの799Tが停車している。反対側の5番線には上郡行きの新快速が停車していて15時15分に発車。こちらは15時16分に発車した。向日町に15時24分着で下車する。799Tは混んでいて、この旅で2度目の立ち客となった。
地下道を通り改札口へ行き、途中下車印を押してもらう。そして上り3番線(左写真)で電車を待っていると、4番線を新潟行き特急「雷鳥25号」が通過していった。15時35分の米原行きは案の定、京都で満員となる。
16時57分、米原駅8番線着。満員だった車内も、米原駅に着くとガラガラになっていた。
次に乗る電車まで多少時間があるので、西口へ出て途中下車印をもらう。そして案内にしたがって10番線に降りるが豊橋行きはまだ入線していない。貨物列車が通過してから538Mが入線した。17時20分発の車内は空席が目立つ。大垣に17時56分、3番線に到着。1番線を大阪行き特急「しなの12号」が通過していった。
東京行きは21時01分の発車なので美濃赤坂を往復する。18時12分の美濃赤坂行きは2番線から出るので待っていると、何かアナウンスしている声が聞こえてきた。18時03分の大阪行き急行「たかやま」が15分遅れのため、美濃赤坂行きが先に出るそうだ。
18時10分、豊橋発の543Mが入線。電車はしばらく本線上を走り、上り本線を乗り越えて支線に入る。支線に入ってすぐが荒尾駅。そして終点の美濃赤坂着18時19分。
急行「たかやま」に乗る客が2名、間違って乗ってきていて車掌ともめている。(右写真:美濃赤坂駅舎)
美濃赤坂18時37分発。この電車はこのまま本線に乗り入れて豊橋行きになるのだが、車両故障とのことで大垣止まり。豊橋行きは別車両が大垣から運転されると案内があった。18時44分、大垣駅5番線着。
まだまだ時間があるので、途中下車印を捺してもらってから駅前に出た。駅を出てすぐ左にとんかつ屋があったのでそこに入り、ジャンボとんかつ定食の大盛りを頼む。名古屋名物の味噌とんかつもあったのだが、ふつうのとんかつにしてしまった。
19時40分頃ホームに入る。東京行きの発車する5番線に降りたが、まだほとんど人がいない(左写真)。大阪寄りのベンチのあたりにカバンを置く。しばらくボーっとしていたが、ベンチの隣りに座っていた人に話し掛けてみる。彼は土井君といって西ノ宮に実家があるそうだ。東京D大学に通っていて、小平市恋ヶ窪に下宿している事などを話してくれた。恋ヶ窪といえば、私の母校の最寄駅西武国分寺線鷹の台の隣りである。なにか親しみを感じてしまう。彼はこれから大学のサークルのメンバーと上野で落ち合って北海道へ行くそうである。
20時50分頃、大阪方より東京行きが入線してきた。かなりの混みようを予想していたのだが、乗車率は50%といったところ。まだまだ空席がある。私は土井君と同じボックスに落ちついた。21時01分、東京行き340M発車。
名古屋ではこの時間でもきしめんが販売されていると何かの本で読んだ記憶があるので土井君に聞くと、それはホームの東京寄りだそうだ。2分停車なのでどうするか迷っていたが、電車が名古屋のホームに入線してみて、そんな心配は無用だとわかった。ホームには客が長い列をつくって電車を待っていたのだ。我々の車両にはあまり人が入って来なかったが、我々のボックスの空いている席をおばさんに譲る。向かいのボックスの若者2人は、ぜったいに自分のボックスには座らせないぞとでもいうように踏ん張っていたが、何を考えているのやら・・・。
我々のボックスのおばさんも大府で下車していった。
23時36分、浜松着。この駅でも相当の人数がホームに並んでいる。先ほど名古屋で他人を批判しておきながら、これはまずいと2人で座席に横になってたぬき寝入りをする。しかし、しばらくすると誰かが私の肩をたたく。席がないなら仕方がないと思い起き上がると鉄道公安官だった。カメラが窓のところに置きっぱなしだったのである。「盗まれますよ」と注意されてしまった。
0時54分、静岡着。いつのまにか外は土砂降りである。外を例の弁当売りが歩いている。今日は売れ具合が悪いらしい。弁当を買おうとホームを見てみたが見当たらない。ボックスに戻ると声がする。私は弁当をあきらめた。
一睡もできぬまま1時56分に沼津着。反対側ホームに貨物列車が停車している。行きに米原で見かけた急行荷物39列車である。2時01分に発車していった。こちらは30分の停車なので改札口まで行ってこようかとも思ったがやめた。
2時45分、熱海着。なぜか下車する客が多い。我々の車両からも4〜5人が下車した。こんな時間に観光客でもないだろうが、ホームをぞろぞろと歩いて行く。
小田原を3時13分に発車すると、進行方向左側を貨物列車がしばらく並走する。土井君にヘッドホンステレオを借り、斉藤由貴を聞いていると国府津で停車。2分ぐらいして動き出す。
3時51分の大船では、小学生らしき一団(といっても4〜5人)が乗りこむ。鉄道ファンのようだが、親は何を考えているのか。
4時37分、東京駅7番線に到着。2分の早着である。中央線の2番線に上がるが、土井君が気持ち悪そうにしている。私のアパートに誘うと最初辞退していたが、まだ気持ちが悪いようで来るという。
新宿へ5時12分に着いたが、土産を340Mの車内に忘れてきた事に気付いた。すぐ東京駅に電話し、歌舞伎町のところからタクシーに乗り込んだ。東京駅の7・8番ホームの駅事務室で無事に土産を受け取り、再び中央線に乗って新宿駅に着いた。
お互い腹がすいたのでマクドナルドに寄ってから、バスで西新宿5丁目に降りた。バスの中で男子部部長の井上氏に会ったので、土産を渡しておく。
気がつくと昼であった。土井君に起こされたのだ。紀伊国屋に寄ってから下宿に帰るというので本屋までつきあうことにする。本屋でポケットベルがなったので自宅へ電話すると、高校の時の友人である宮川氏が亡くなったとのこと。上島氏に電話すると、亡くなったのは私が旅行に行っている間だそうだ。土井君とは後ほど新宿で待ち合せることにして別れ、アパートに戻る。
土井君は21時14分の青森行き急行「八甲田」で北海道へ行くというので、上野駅までおともする。19時に新宿駅4番線で待ち合わせ、上野駅15番線に直行する。土井君が仲間と合流したところで別れ、この旅で一回も味わうことのなかった大好きな冷凍みかんと駅弁を買い求め、山手線に乗り帰途についた。
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