狛弟子・狛円はかねてより、福岡県を中心に作品を多数収集し、筑後タイプという系統づけの確立に寄与しました。そこで、このたび真打ち昇進を認定いたしました。これからもよろしくお願いします。           狛太郎敬白
各地の一の宮 総社・総鎮守などを称する神社


赤司(あかじ)八幡宮

02.12.06 狛円のコメント:赤司八幡宮は、福岡県三井郡北野町赤司(あかじ)に存在します。ここは、境内が広く、よく解らない建物が点在してます。昔、遺跡かなにかあったように案内板に書いてありました。
(福岡県久留米市北野町・鳥栖タイプのウン)
狛太郎のひとこと:延長2(924)年の創建と伝える古社で、当初は豊姫神社として祀られました。豊姫は神功皇后の妹神とされており、その神功皇后は応神天皇の母なので、その縁で最終的に八幡宮となったのでしょう。この複雑な経緯は、当地の支配を巡る権力の変遷を反映しているのかも知れません。狛犬は鳥栖・筑後タイプです。
どことなく、狛円くんに似てなくもありません。


宗像(むなかた)大社

03.04.01
狛円のコメント:宗像まで行きましたので、大御所の宗像大社を撮ってきました。
入口正面の狛犬(右)は、強烈にでかいです!
で、本殿前の狛犬(左)は、なんだかちょっと形が違います。
色もブロンズ?って感じです。
(福岡県宗像市田島)
狛太郎のひとこと:まさしく大御所です。宗像大社の起源は有史以前にさかのぼり、古代海人族の拠点でした。海外遺物の多彩さから、「海の正倉院」とも称されます。祭神の三女神は各地の厳島神社にも祀られており、その信仰の広がりは海人族の活躍の足跡を示すものと考えられています。右は「兄弟狛犬U」における「従兄弟系」で、左はその祖形とも言えるものです。左はブロンズ製で新しいように見えますが、実は文政7(1824)年製です。博多鋳工・山鹿平郎の作で、アの尾が盗難に遭ったので補作した旨が記されています。


平野(ひらの)神社

03.04.16 狛円のコメント:ひさびさの画像です。場所は大野城市牛頸(うしくび)にある「平野神社」です。数年前に表が新しくなったようです。特に「平野神社」と書いた大きな石板は、ここは「平野神社だ!」と言わんばかりのものです。
聞いた話では「皆が牛頸神社とばかり呼ぶので、間違った名前で知られるようになったため、表に大きく平野神社と書いた」という説があります。また、その昔この近くに「牛を殺す所」があったとも聞いています。あくまでも、聞いた話なので、確証はありません。狛犬も新しく、大きいものでした。ただ、高い所にあるので、写真が撮りにくかったです。
(福岡県大野城市牛頸)
狛太郎のひとこと:当社の本社は京都の平野神社で、祭神の今木ノ神は桓武天皇の母、高野新笠(たかのにいがさ)の祖先である百済の聖明王です。先般、天皇陛下が言及されて話題になった「韓国との縁」とは、すなわちこのことを指しています。天皇家に外国との血縁があることを認められたわけで、韓国でも大いに話題になったようです。ちなみに今木ノ神とは「今、新しく来た神」という意です。さて狛犬は撮影が難しかったようですが、子取りの岡崎型ですね。新しそうなので、門前が収用された際に新調したのでしょう。それまでの狛犬がどうなったのか、ちょっと気にかかります。


與止日女(よどひめ)神社

03.04.30
狛円のコメント:河上神社に鯉のぼり見てきました。すでに、調査済みだと思いますが、写真とっちゃいました。
狛犬が3対いるのは、初めて見ました。
真中の狛犬は顔が無くなってました。ここの境内も広く、ゆったりとした気持ちになりますね。また、すぐ横で、大量の鯉のぼりがみれるのは、爽快です!ここの神社の正式な名称はどうなるんでしょう?「河上神社」「肥前一ノ宮 興止日女神社」この辺がよくわかりません。(佐賀郡大和町川上・肥前一宮の狛犬たち)
狛太郎のひとこと:欽明天皇25(562)年創建と伝える佐賀県内有数の古社で、肥前国一宮です。それを裏付けるように国指定重文の古文書をはじめ、元亀4(1573)年造立の四脚門、慶長13(1608)年造立の肥前鳥居など、数々の文化財を有しています。嘉瀬川の流れに沿う広い境内に、五間社流造の堂々たる本殿が威風を放っており、狛犬も3対が安置されています。@→Bの順に古く、@は年不明ながら最も古い様式を残しており、1700年代のものと推察されます。Aは佐賀では希少な出雲狛犬ですが、砂岩製のため年々崩壊が進んで痛ましい限りです。Bは昭和12年と新しく、それだけに彫刻としての完成度は高いと言えます。社名については、河上神社が歴史的呼称で、與止日女神社が宗教法人としての名称と思われます。ちなみに與止日女は日本書紀などには見えず、肥前風土記に登場する地元の固有の女神です。


花掛(はなかけ)神社

03.06.03 狛円のコメント:ここのところスランプでして、休日に一ヶ所づつは回ったんですが、狛犬が居ない所ばかりでした。で、今日も2ヶ所のうち1ヶ所しか狛犬がいませんでした。志摩町の花掛神社です。すぐ横が漁港のようでした。
入り口の石碑には「村社花掛神社」と記してあります。もう少し走れば芥屋大門に行けるようです。敷地内にはもう2軒の社がありました。1つには道祖神社と書いてありました。結構古いようにみえます。福岡西部の研究のたしになりますでしょうか?(福岡県糸島郡志摩町岐志)
狛太郎のひとこと:花掛神社の祭神は底筒男神、中筒男神、上筒男神の海神たち。この三神は住吉神とも呼ばれます。狛犬は福岡西部でよく見かけるタイプですね。
垂れ耳ですが、先端が反って張り出しています。こうした形は欠けやすいので、他ではあまり見られません。和犬タイプの体つきとともに、この耳が特徴と言えそうです。福岡西部の狛犬は自分ではあまり見たことがありませんので、今後はできるだけ足をのばしてみたいと思っています。その節はよろしくお願いします。


宇美(うみ)八幡宮

03.09.27
狛円のコメント:とても境内は広く、ゆったりと時間が流れているようでした。
午前と午後、2回行ったのですが、午前中は幼稚園のお散歩や、運動会の練習があってました。また近所の方々も涼みにきてるようでした。ここは、安産祈願成就で有名でして、祈願の帰りに本殿裏の「石」(無事に産まれた子の名が書いてあります)を借りて帰り、無事に出産した時には、産まれた子の名を記した石と、借りた石を持ってお礼参りをし、その石を納めて帰るのがしきたりとして有名です。ダイエー選手も安産祈願に来るようです。また参道で売られてる「こやすもち」も美味しいです。梅が枝餅とそっくりですけど(笑)ここは1度散策にでかけられてはいかがでしょうか?
絶対、お薦めです!(福岡県糟屋郡宇美町宇美)

@正面鳥居下の狛犬様です。
A参道で最初に出会う狛犬様です。
B参道で2番目に出会う狛犬様です。いちばん新しいと思われます。
C参道での最後の狛犬様です。ちょっと「はなわ」チック(笑)
D本殿の後ろに「御母神様」のお社がありました。そこにも狛犬様がいました。
狛太郎のひとこと:敏達天皇(6世紀)の時代に創建され、平安時代には石清水八幡宮と本末関係にあった、とされる有数の古社です。神功皇后がこの地で応神天皇をお「産み」になったという故事が、「宇美」の地名説話として語られています。
またそのことに因んで、安産祈願の神として崇敬を集めているのです。
狛犬は多彩ですね。まず@とAは「従兄弟系」ですが、顔立ちはオリジナルです。
@の方が新しそうで、造る際にAを参考にしたことが明らかです。またどちらも同じ石質の素材を使っているようです。Bは新しい岡崎型です。今、一番普及しつつあるタイプです。Cは最も個性的で、独自のデザインが目を引きます。全国普及型とは一線を画しており、当地の伝統様式かもしれません。ウンにはちゃんと頭上の一角があります。Dは「従兄弟系」のバリアントです。通常よりかなり肉付きよく造られています。
これだけ揃うと壮観ですね。境内地には樹齢二千年の「湯蓋の森」をはじめ、幾つもの老楠の群生を擁しています。森林浴をかねて、ゆっくり散策したい聖地です。


真打ち
プロフィル
狛円(こと、まるパパさん)はまるチビちゃんの優しいお父さん。
多忙な仕事の合間に、家庭サービスと趣味を両立させているのです。
マルチ情報サイト「パパチャンホンポ」の主宰者です。


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