狛弟子の狛久はこのほど真打ちに昇進しましたので、のれん分けして独立部屋に移転しました。今後ともよろしくお願い申しあげます。座長敬白。
各地の一の宮 総社・総鎮守を称する神社


猛嶋(たけしま)神社   

提供者:狛久
狛久さんのコメント:なんとも言えずフザけた顔で、渦を巻いた舌を出し人を食ったような顔つきです。痩せ犬さんに、思わず餌をやりたくなる程でした。
(長崎県島原市宮の町)
狛太郎のひとこと:祭神は大屋津(おおやつ)姫、抓津(つまつ)姫、五十猛(いたけるの)神、というちょっと珍しい顔ぶれです。いずれも家屋の部材か構造に関係があります。狛犬もひょうきんな顔立ちや極細の体付などが独特です。右手をちょっと上げる仕草が何とも言えません。嘉永3年。


日吉(ひよし)神社

提供者:狛久
狛久さんのコメント:こんなふうに無惨な姿を目にするとやるせない。ずいぶんと可愛いのに。もっと可愛がってやればいいのに、可哀想。
(直方市植木岡部)
狛太郎のひとこと:日吉神社は比叡山の日吉大社を総本社とします。クモさんの地元遠賀郡周辺には、なぜか逆立ち狛犬が多いようですね。立ち上がったウンとともに、動きが強調された作品です。天保3(1832)年作。残念ながら、ウンの前足は破損しています。


神武(じんむ)天皇社

提供者:狛久
狛久さんのコメント:芦屋の神武天皇社に行ってきますた。狛犬は一対のみで、社は空襲で焼け落ちたために、新しく建てられたものでした。
ではまた!
(福岡県遠賀郡芦屋町)
狛太郎のひとこと:祭神の神武天皇はわが国最初の天皇で、日向から大和へ進軍(神武東征)して天下を平定したとされます。東征の途次、北九州に一時滞在した所が岡田宮で、当社はその霊跡とされます。狛犬は弘化3(1846)年の作で、顔立ちや材質が当地特有のものです。幅の広い顔、垂れた耳、すっきりと伸びる毛足などが特徴です。


浅木(あさき)神社

提供者:狛久
02.11.16 狛久さんのコメント:遠賀郡浅木「浅木神社」です。驚いたことに、本殿は茅葺でした。狛犬の建立年月日は@文久4(元治1=1864)A明治40(1907)天保4(1833)です。
(福岡県遠賀郡浅木町)
狛太郎のひとこと:日本武尊(やまとたけるのみこと)が熊襲を討ったゆかりの地とされ、斉明天皇(7世紀中頃)のときに創祀と伝える古社です。当社の本殿は今ではとても珍しい草葺で、寛文3(1663)年に再建されたもの。狛犬は当地独特の幅の広い顔が印象的です。太い眉が一文字に伸び、見開いた目にはヒトミが表現されています。よく見ると、上唇のラインが正面と口端では段違いになっています。極端なデフォルメですが、あまり違和感なくおさまっています。ウンは玉取りで、頭に一角を有します。明治40年。


恵比寿(えびす)神社

提供者:狛久
02.12.11
狛久さんのコメント:若松区の由緒ある大きな神社で、「恵比寿神社」と言います。
実はあの玉は宙に浮いているん(!)です。まぁ、最初は台座と引っ付いていたとは思うのですが、風化したか何かで接合部が朽ちたんじゃないか?と・・。それにしても狛犬さんの手が折れないで欲しいです♪
(福岡県北九州市若松区浜町)
狛太郎のひとこと:恵比寿神社の祭神のエビスさんは、事代主(ことしろぬし)神という出雲系の神様で、大国主命(ダイコクさん)の御子です。エビス・ダイコクと並び称される所以でしょう。
この狛犬は玉取りですが、玉が体に比べて大きすぎるので、掛けた前足が「どっこいしょ」という感じになっています。それが何となく微笑ましく感じられます。それにこの玉は、下部が尖る不思議な形をしています。どんな意図が石工にあったのでしょうか。玉が宙に浮いている証拠に、隙間に一円玉が挟んであります。


高倉(たかくら)神社 

提供者:狛久
02.12.12 狛久さんのコメント:わざわざ探し求めて行かなくてはならないような所に、驚くほど立派な宮を建てたのはなぜだろう?狛犬は北九州地区で多く見うけられる白御影(花崗岩)を使ったものが二対いました。
(遠賀郡岡垣町高倉・遠賀タイプのア)
狛太郎のひとこと:神功皇后のとき、高倉の地に祠を建てて大倉主神を祀ったのが創祀と伝えられ遠賀郡総社とされます。小早川隆景やその後黒田氏に崇敬され、社領や山林の寄進を受けました。狛犬は遠賀タイプです。幅広の顔立ち、垂れた耳、くっきりした唇の表現をはじめ、白っぽくてざらつきのある材質など、神武天皇社の狛犬とそっくりです。


熊野(くまの)神社

提供者:狛久
02.12.13 狛久さんのコメント:玉名へラーメンを食べに行った帰り道、ふと目に付いた鳥居に反応してしまい(笑)、寄ったところが熊野宮でした。製作年は大きな方が昭和12年で、小さい方が昭和9(1934)年でした。どちらもアは飛びかかろうとする寸前の姿、ウンはおとなしく座ったポーズと、共通の姿勢でした。
(熊本県玉名郡菊水町焼米)
狛太郎のひとこと:狛犬は二対あり、どちらもアは出雲式のスタイル(ウンは蹲踞)です。これは昭和9(1934)年の作品で、姿勢の面白さが石工の工夫と言えましょう。しかし顔立ちがほとんど人間顔(特に目)になっており、その可笑しさがこの作品の真骨頂かも知れません。


鷹見(たかみ)神社

提供者:狛久
02.12.20 狛太郎のひとこと:現代風の個性に乏しい狛犬ですが、興味深い事実が添えられていました。近くの石碑には、次のように記されています。「昭和12年(中略)奉納された狛犬は立派な銅製であったが、第二次世界大戦勃発の翌年、政府は(中略)鉄、銅などを確保するため国内の寺院の仏像や鐘を強制供出させる金属回収令を発布した」つまり先代は戦争の犠牲となり、軍事物資と化したのです。半世紀を経て、地元有志の熱意で御影石のこの狛犬が建てられました。没個性的な狛犬ながら、そんな歴史的背景といきさつを背負っているかと思うと、ちょっと脚光を浴びさせてやりたくなりました。
(遠賀郡水巻町猪熊)


剣(つるぎ)神社

提供者:狛久
03.04.20
狛久さんのコメント:二対の狛犬は製作年が同じ嘉永2(1849)年で、正月(1月)と霜月(11月)に奉納されています。もちろん石工も同一人物ですが、見比べると微妙にタッチを変えているようです。柔らかい砂岩で作られているわりには、保存状態は良いですね。
(鞍手郡鞍手町新延・鞍手富士を仰ぐ彫りの深い遠賀型)
狛太郎のひとこと:秀麗な鞍手富士(剣岳)の山麓に鎮座します。
祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)と日本武尊(やまとたけるのみこと)。
社名は草薙の剣に由来するものでしょう。狛犬は典型的な「遠賀タイプ」に比べると、彫りが深く陰影に富んでいます。砂岩という材質によるものと思われます。この地域で砂岩製は珍しい部類ではないでしょうか。


十六(じゅうろく)神社

提供者:狛久
03.04.21 狛久さんのコメント(写真@):
境内に登りついた途端に目に飛び込んで来たのが、この無惨な「ア」の姿でした。
思わず立ち尽くすほどのショックでした。
もったいない・・・。「ウン」の優美に広げられた尾を見ても石工のセンスがうかがわれて、こうなる前の姿で逢いたかったです。
天保9(1838)年8月、川津村石工・深見兵治作。
狛久のコメント(写真A):
平らな頭頂部、大きなギョロ目、垂れた耳、ダンゴ鼻、ウズ巻くたてがみ、そして柔らかい砂岩。
これらがこの地域の典型なんでしょうね。大きさもだいたい2尺〜3尺あたりまでのようです。
慶応元(1865)年、宮田町石工・金子清吉作。
狛久さんのコメント(写真B):
年代が一挙に若くなり、素材も堅い花崗岩に変わっています。意匠は先達を踏襲する部分が見受けられますが、やはりそれなりに洗練されたものになっています。
昭和11(1936)年製。

(福岡県鞍手郡鞍手町八尋)
狛太郎のひとこと:詳細な観察コメントありがとうございます。この一連の作品は「遠賀型」とはかなり趣を異にしますね。隣接地なのにちょっと不思議です。何よりも砂岩製のために、遠賀型に比べて彫りが深く繊細な加工がなされています。
隣接地なのにここまで作風が違うのは、何らかの理由で両地域が文化的に遮断されていた可能性があります。研究課題と致しましょう。それにしても@の狛犬は最も優美な細工が施されているのに、全く残念です。


六嶽(むつがたけ)神社

提供者:狛久
03.04.22
狛久さんのコメント:
(写真左)十六神社の狛犬と同じ石工の作品ですが、3年ほど早い時期です。
素材もこちらの方が硬い石を使っていました。やはり風化しにくいためか、彫りのエッジもシャープですね。文久2(1862)年、宮田村石工・金子清吉。
(写真右)境内の片隅に無造作に置かれた一対の狛犬。恐らく灯篭型と思われますが、そのユーモア溢れる姿に、完全な形で見たかったと悔やまれて仕方ありません。(福岡県鞍手郡鞍手町室木・悠然と座る幕末の遠賀型)
狛太郎のひとこと:宗像大社の三女神は最初、当町南部の六ヶ岳に降臨されたと伝え、その山麓に鎮座する六嶽神社はこの三女神を祀っているのです。
さて、左の狛犬は十六神社Aと同じ石工ですが、こちらの方がいわゆる「遠賀型」に近い感じです。石質の違いからか、同じ作家で同じ造形なのに、かなり作風が違う印象となりますね。灯篭狛犬はお馴染みの直立と倒立の一対です。この形態は蹲踞に比べて加工度合いが大きいためか、損壊しやすいようです。残念ながら、完形のものに出会うことはあまりありません。


濱生(はまお)神社

提供者:狛久
03.04.23 狛久さんのコメント:飯塚市の目尾は「しゃかのお」と読むらしいです。少々頭でっかちのデフォルメが効いたデザインですが、顔は厳しさをたたえています。若干彫りが甘い感じでした。
慶応2年、石工源一。
(福岡県飯塚市目尾)

狛太郎のひとこと:律令制下の職制の一つに、「目(さかん)」というものがあり、「しゃか」と関係があるかもしれません。狛犬は十六神社や六嶽神社のものとよく似ています。これもひとつの様式化された型のようですね。しかし、最初に「遠賀型」と名付けた神武天皇社や高倉神社のものとは、明らかに異なります。二つのタイプの中心がそれぞれどこにあるのか、知りたいものです。


住吉(すみよし)神社  

提供者:狛久
03.06.01
狛久さんのコメント:@身の丈は3尺はゆうにある大型のわん子ですがとにかくそのデカイ頭とユーモアたっぷりの表情にイチコロで参りました。しかし、この狛犬にも戦争による悲惨な過去が有る事がわかり少し残念な気持ちになりました。以下台座に刻まれた由緒書きを写し取ったものです。
「大東亜戦争方苛烈繁昭和十二年二月之奉献青銅狛犬一對為軍需資材供出令茲似人造石再製如繕謹奉献也 昭和十九年九月吉日 下関市一宮東町 村田寅太郎」
A身の丈は2尺ほど。御影石製ですがアもウンもまったく同じ造りで???
奉納は昭和五十六年十月三十一日で下関市在の藤本光明氏寄進。
(山口県下関市一宮町住吉)
狛太郎のひとこと:長門国の一宮です。檜皮葺きで、五連の千鳥破風を持つ本殿の建築美に目を奪われます(国宝)。また毛利元就が寄進した檜皮葺きの拝殿も、重要文化財です。主祭神は海神の住吉大神。
狛犬は二対あります。@は青銅製だった先代が軍需物資に供出され、戦後、モルタル造として再建されたものです。恐らく前の狛犬の忠実な再現を試みたものと思われ、耳や尾の形に金属製らしい特色が残されています。
Aはアウンとも開口で玉を噛んでおり、顔立ちがエキゾチックです。
輸入品ではないかと想像されます。


赤間(あかま)神宮

提供者:狛久
03.06.02
狛久さんのコメント:@身の丈3尺弱か。平成七年に中国の大連神社より寄進されたもの。やはり東洋と西洋の折衷型というか、モダンな感じはするが、この手のものはすでに若松の蛭子神社と久留米の石屋さんで目にしていたので、特別感慨も湧かない。
A拝殿前に鎮座するこちらも3尺はある岡崎型(ですよね?^^;)。
やはり工場で生産されるステレオタイプの作品にはまったく魅力を感じない。
今から150年後の人間にはどう感じられるのだろうか・・・・・?
大洋漁業&林兼産業より寄進
B同敷地内の鎮守八幡宮に座する木製狛犬一対。
私はこちらの狛犬の方がお気に入り。もっと近くに寄って見たかったけど人目が・・・・。なんとも艶かしい姿でした。
(山口県下関市阿弥陀寺町)

狛太郎のひとこと:源平合戦で壇ノ浦の波裏に沈んだ、幼少の安徳天皇をお祭りしています。また、平家軍の亡霊に翻弄される琵琶法師、「耳なし芳一」の物語も当社にまつわるエピソードです。さて、@の大連神社というのは旧満州国にあった神社で、終戦と共に引き揚げて当社に鎮座しているのです。かつての氏子組織により奉納されたもののようで、まさしく中国風です。Aは岡崎ではなくとりあえず「従兄弟系」と名付けた種ですが、そろそろ系統名を付けなくてはと思っています。Bこれが平安当時の「獅子と狛犬」の関係です。ウンに一角があり、本来「狛犬」と呼ばれていたのはこれなのです。


厳島(いつくしま)神社

提供者:狛久
03.06.02
狛久さんのコメント:@大きさは2尺ほどの御影製。色合いから見るとサビ御影かな?このわん子を見て最初に思ったのは・・・「あ、桜金造だ!」でした。(爆)いかにも人面型ですが彫りが浅く細身でもあり、ウンに至っては腰のラインが微妙にカーブしているようでその後姿でオトコを誘っているような怪しさがあります。(^^;
寛政8(1796)年9月 願主・村田傳右衛門、石工・有光七兵衛。
Aこちらは身の丈3尺は超える大型。しかし頭から尻尾の先まで、滑らかで流れるようなラインが見事な完結を見せる造型でした。しかし残念な事に、社殿の火災の折に業火に煽られたのか裏側は無残にヒビ割れたり、かなりの範囲でカゲ落ちたりしていました。残念です。
昭和26(1951)年講和祈念
(山口県下関市上新地町)
狛太郎のひとこと:厳島神社は宗像大社と同じ三女神を祀る神社です。上記住吉神社と並び、代表的な海神として知られます。@は独特の表情と造形が印象的な狛犬です。顔立ちはまさにタレントの桜金造氏とうり二つ。髪は直毛の長い房として表現され、全体的に浅い彫りです。「遠賀タイプ」と名付けた一群に似ていますが、一衣帯水の北九州と下関とは言え、同系と断定するには至りません。
Aは体つきがスマートで、髪や尾の毛筋も流麗です。
今回の下関は3社とも、一つとして同系らしい狛犬がなく、非常にバラエティに富んでいます。それが長門の特色なのかどうか、興味あるところです。
真打ち
プロフィル
狛久(こと、クモさん)は福岡県遠賀町在住で、自分でとんこつスープを作ってしまうほどのラーメニスト。好奇心と探求心に満ちた少年のような中年(失礼)です。最近は精力的に狛犬探訪中。

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