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狛弟子・狛盛はかねてより全国を踏破して、東北、四国などを含め一門の手の届かない地域の狛犬を多数収集しました。その勢いは今後ともとどまるところを知りません。そこで、このたび真打ち昇進を認定いたしました。
これからもよろしくお願いします。
狛太郎敬白



善光寺(ぜんこうじ)

提供者:狛盛
02.12.15 狛盛のコメント:長野の狛犬写真を送ります。
しろうとなので良くわかりませんが,いなかのほのぼの系とは違って,立派な狛犬です。場所柄ですかね?
いまいち鮮明でないです。すみません。

(長野県長野市元善町・お寺の狛犬)
狛太郎のひとこと:「牛に引かれて善光寺参り」、で有名な定額山(じょうがくざん)善光寺です。天台宗と浄土宗の分掌という珍しい形態ですが、宗派を超えて信仰を集めてきました。
この狛犬は香炉の上にあるもので、正確には狛犬ではないかも知れませんが、石造狛犬にはない、金属製らしい精緻な細工が目を引きます。
お寺の狛犬はあまり目にしませんが、明治の神仏分離以前にはよく見られたもののようです。


西奈彌羽黒(せなみはぐろ)神社

提供者:狛盛
03.03.25 狛盛のコメント:こんにちは。新潟シリーズ最初は、村上市の羽黒神社です。かなり古い神社らしく、狛犬もそうとう古びてました。
でも、ぴんと上げたお尻や大きめのしっぽは、躍動感があってかっこ良いです。
(新潟県村上市羽黒町)

狛太郎のひとこと:室町時代に出羽の羽黒権現を勧請したもので、村上の総鎮守でした。
狛犬は伸展した後肢、直立の尾など、典型的な出雲式です。砂岩製のため風化に弱く、本場でも完形を保ったものは多くありません。

長潟諏訪(ながた・すわ)神社

提供者:狛盛
03.03.25 狛盛のコメント:ここの狛犬は写実的というか、実際こんな動物が居たような錯覚に陥りそうでした。新潟市内には諏訪神社と名の付くものがたくさんあるのですね。
ここは長潟(ながた)という地区にあります。
(新潟県新潟市長潟)
狛太郎のひとこと:オーソドックスな狛犬です。体型のバランスが良いですね。
目が吊り上がっているのが、東北の狛犬の特徴と見受けられます。見た目は新しそうですが、台座銘によると昭和3年の作です。

三徳(さんとく)神社

提供者:狛盛
03.03.25 狛盛のコメント:新潟のサッカースタジアムに近い神社で、区画整理のため改築を余儀なくされたみたいで、狛犬は新しいものでした。羽黒神社と対照的です。
(新潟県新潟市長潟)
狛太郎のひとこと:台座に平成9年の銘があります。W杯のため収用され、玉垣・社殿・狛犬ともに新築したもののようです。狛犬は現代的な岡崎タイプですが、それぞれ玉取りと子取りで、いささか変化が付けられています。

上館(かみたて)八幡宮

提供者:狛盛
03.03.25 狛盛のコメント:新発田市上館地区の国道7号線沿いにある神社です。国道沿いでそっけない神社ですが、狛犬を見るとけっこう古い神社みたいです。
(新潟県新発田市上館)
狛太郎のひとこと:口が大きく裂け、目も吊り上がっていますが、どことなく愛らしく見えます。
また毛筋が長く、繊細な造りが施されています。ところでこの神社には「算額」という珍しいものが奉納されています。江戸時代に数学の難問が解けたとき、お礼に奉納したのです。

浅草(あさくさ)神社U

提供者:狛盛
03.03.25 狛盛のコメント:ここの狛犬は別格ですね。
新たに撮ってみると背中の表現などディティールもすごいですね。阿の台座には「田町・文三郎」の文字がありました。阿と吽で奉納者が違うんですね。また、「天保」の文字が確認できました。
(東京都台東区浅草)
狛太郎のひとこと:「梅まつり」でも頂きましたが、改めて登場です。
年銘は天保7(1836)年のようです。ウンの台座には「石工虎五郎」とあるので、奉納者が文三郎なのでしょう。体格も良くとにかく豪快な一品です。

下谷(したや)神社

提供者:狛盛
03.03.25 狛盛のコメント:上野駅から浅草方向にある、下町の神社です。戦災をまぬがれたらしく、注意書きの看板は木製で、裏書きは地元の尋常小学校、表書きは東京府で昭和8年のものでした。狛犬は下町らしくきりっとした姿で、洋風の影響を感じました。
阿吽ともにオスだとはっきりわかります。
(東京都台東区上野)
狛太郎のひとこと:狛犬は前脚にとげのような飾り毛のある洋犬タイプです。
しかしその先祖は鎌倉彫刻であるらしいことが分かってきました。
「兄弟U」をご参照下さい。昭和9年作。
補足:当社は天平2(730)年に創祀と伝える稲荷神社で、おっしゃる通り戦災には遭わずにすんだそうです。ここは下町らしく落語との関わりが深く、正岡子規の句碑「寄席はねて上野の鐘の夜長哉」があります。また次の記事もありました。「寛政10(1798)年に江戸にやってきた岡本万作と名乗るはなし家が、神田豊島町の藁店(わらだな)に”頓作軽口噺”の看板をかかげ(中略)この直後に初代三笑亭可楽が、仲間三人と下谷柳の稲荷社(現在の下谷神社)の境内に寄席の看板をあげたのが江戸のはなし家による開席の第一号だった」(読売新聞)

諏訪(すわ)神社

提供者:狛盛
03.03.27
狛盛のコメント:長崎に行きましたので画像を送ります。しぇんしぇいのおかげで、全国のいろんな神社に参拝できるので、楽しみが増えました。長崎おくんちで有名な諏訪神社。入口から半端ではなく立派で、期待して石段を登ると・・ありました。大型の狛犬(左)。洋風の味付けで長崎らしいです。台座も立派でした。
本殿前には同じ形の小形の狛犬(U)が居ましたし、さらに本殿の中にガラス張りで保護された狛犬が居ました。(長崎県長崎市上西山)
狛太郎のひとこと:台座銘によると(左)が昭和10年、(右)が昭和23年製です。
(左)は美術学校教授水谷氏設計によるもので、「従兄弟」系の要素を保っています。
しかし鈴付きの首輪をしている点に、中国狛犬の影響もうかがわれます。
(右)は(左)を参考にして製作されたと推察されます。
(左)本殿脇の大楠の前には工事の際、地中から発見された狛犬が一匹だけいました。ネコが隣に居て阿像のかわりをしているのでしょうか。
狛太郎のひとこと:ウン像のようですが、顔面が破壊されていて断定できません。タイプは出雲様式の蹲踞です。出雲式は美麗な細工が特徴ですが、砂岩製のため欠け易いのです。昔は腫もの除けとして崇敬されていたのですが、維新時に地中に埋めら、最近、社殿改築に伴って発掘されたのだそうです。
(左)直立と倒立の一対で、福岡県遠賀郡タイプと相通ずるものがあります。また雲仙の猛島神社のものとも、体つきがよく似ています。
ところで、この狛犬は正面向きに置かれています。
しかしよく見ると、アウンが互いにそっぽを向いています。このことから、本当は横置きにすべきものなのではないかと思われるのです。


松森(まつもり)神社

提供者:狛盛
03.03.27 狛盛のコメント:菅原道真を祀ってある松森神社です。諏訪神社のすぐ近くにあります。
(長崎県長崎市上西山)
狛太郎のひとこと:神門を備えたなかなか立派な神社のようです。狛犬は岡崎タイプで、新しそうです。このタイプは全体のバランスが良く、完成された様式美を持っています。それだけに個性の点では、やや物足りなさも感じてしまうのです。


青井阿蘇(あおいあそ)神社

提供者:狛盛
03.03.29 狛盛のコメント:こんにちは、てんもりです。
人吉に行って来ました。すごく立派な神社がありびっくりしました。楼門は重要文化財らしく、九州では初めて見る造りで、本殿はなんと茅葺き!彩色と彫刻がいたるところに施されてあり、建築屋のはしくれの目を見てもすごく面白かったです。楼門の左右には木製の狛犬がいました。
(熊本県人吉市上青井町)
狛太郎のひとこと:大同元(806)年創建と伝え、球磨地方を代表する古社です。
楼門、本殿、拝殿など主要建物は慶長年間の造営で、いずれも国指定重要文化財です。狛犬はオーソドックスな蹲踞で、アが玉を噛んでいるのもお約束。
でもこの玉がピンポン玉のようにまん丸で真っ白なのが目を引きます。


青井大神宮(あおいだいじんぐう)

提供者:狛盛
03.03.29 狛盛のコメント:続いて本殿の奥にある青井大神宮です。ここの狛犬は、特に吽などは、思わず吹き出しそうになるほど愛嬌たっぷりでした。
(熊本県人吉市上青井町)
狛太郎のひとこと:ここは青井阿蘇神社の境内末社です。伊勢神宮を寛文3(1663)年に勧請しました。狛犬は毛筋を省略した髪や髭の表現が独特で、アゴヒゲなどは数枚の丸い板が並んでいるようです。この表現は他には見たことがありません。


八幡宮(はちまんぐう)

提供者:狛盛
03.04.15 狛盛のコメント:新潟県北魚沼郡湯之谷村吉田地区の八幡宮です。どこかユーモラスな顔付きで、眉が大きく目にかぶさっています。顔の回りやしっぽの毛が多く、とんと着いた前足がかわいいです。台座には牡丹の花の彫刻が施してあります。体高は約2尺5寸ほどです。大正5年製。
(新潟県魚沼市湯之谷)
狛太郎のひとこと:米どころ魚沼の狛犬です。眉と顔立ちに江戸系の特色を持ち、尾やたてがみの毛筋も流麗です。2尺5寸(75a)ならやや大柄の方ですが、体型が三頭身のせいか、可愛らしく見えます。またウンが幾分口を開いているのも独特です。それによく見ると、上唇が牙の部分で段違いになっているのが面白いですね。


魚沼(うおぬま)神社

提供者:狛盛
03.04.15
狛盛のコメント:続いて、越後湯沢駅近くの八幡様です。神社名は分かりませんでした。杉木立に囲まれた神社で、まだ残雪が多く残っていました。鳥居をくぐり、灯篭の前に進むと、大正8年製の狛犬がいました(左)。
顔が小さく中央に顔の造作が集まり、威嚇の表情をしています。
体高は約3尺(90a)の砂岩系の岩で、風化が進んでいます。
本殿前には小型の狛犬が居ました(右)。正面型でアウンが逆配置です。
台座に比べ、狛犬は新しそうで、2尺(60a)ほどの体高です。
まんがのようなデザインで、石工の遊び心が感じられます。
(新潟県南魚沼郡湯沢町)
狛太郎のひとこと:神社の名前は魚沼神社と判明しました。祭神は品陀別(ほむだわけ)命といい、これは応神天皇の本名ですから確かに八幡神社です。湯沢は小説「雪国」の舞台となった町で、雪の残る境内にその雰囲気が感じられます。
さて左の狛犬はかなり大柄です。体格も肉付きが良く、座り方の特徴から蹲踞型の出雲狛犬と思われます。砂岩製ということからも、その可能性が高いのです。
小型の狛犬の方は本来、縦置きとして造られたものでしょう。この手の狛犬は、アウンが逆に配置されているのをしばしば見かけます。それを更に横置きにしているのです。小さくて移動しやすいので、何かの折にこうなってしまったのでしょう。


白山(はくさん)神社

提供者:狛盛
03.05.20
狛盛のコメント:マルケンに程近い若松区赤島町にある神社。
けっこうな歴史を感じる神社で、お社の中には立派な画が飾ってありました。
(右)一の鳥居にある狛犬は比較的新しそうですが,それでも昭和13(1938)年の文字が見えます。体高は2尺5寸(75a)ほどで、花崗岩製。吽が牡みたいで、よく手入れされているみたいできれいです。
(左)社の前の狛犬は明治33(1900)年製で、ずいぶん趣きが違います。体毛や表情がより写実的で迫力がありました。こちらは阿像が牡みたいです。体高3尺(90a)、花崗岩製。どちらも吽像がなにかを踏みつけていますが、玉とは違うみたいです。
(福岡県北九州市若松区赤島)
狛太郎のひとこと:白山神社の祭神は菊理姫(くくりひめ)と言い、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の生還に何らかの貢献をしたらしいのですが、それ以外の事績が全く伝わっていない「埋没神」の一人です。さて、狛犬は右が遠賀型で左は全国標準型です。遠賀型は顔立ちに愛嬌があり、花崗岩の白っぽい石肌が持ち味です。
狛犬は本来、「オスメスの犬」ではないのですが、一対であることから「つがい」とした例がかなりあります。その場合には大抵ア像がオスなのですが、北九州地域ではウンをオスとする例も多いようです。左の標準型の方が古いというのも興味深い点です。完全手作りの時代に、堅い花崗岩をここまで流麗に仕上げた石工の手腕が見事です。力感にも優れており、秀作に挙げられると思います。


八剣(やつるぎ)神社

提供者:狛盛
03.05.22
狛盛のコメント:
小高い丘の上に本宮があり,階段を上ると3対の狛犬が鎮座しています。
@最初は,平成14(2002)年製のぴかぴかの狛犬で,倒立と直立です。
体高は2尺(60a)くらいの花崗岩製です。
A次は,昭和54(1979)年製の子取り,玉取りの一対。
マッチョな体型で体毛が豪華です。体高は3尺3寸(1b)程,花崗岩製。
(福岡県北九州市八幡西区本城)
狛太郎のひとこと:八剣神社は日本神話の英雄、日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀る神社で、当地域に数多く存在します。「剣」は「草薙の剣」に由来するものです。
さて@はおなじみの直立・倒立の一対です。当地で伝統的なこの形態が、最新の狛犬にも承継されているのを知って、ほっとした気持ちになりました。ただ、この狛犬には先代がいました。当社のHPにはその先代の写真が「立ち狛犬」として紹介されています(下記C)。
Aは岡崎型と呼ばれ、近年ウエイトを高めつつあります。白い美肌と豪華な毛並み、均整のとれたスタイルで人気を博しているのですが、このタイプの通弊として尾の貧弱さが指摘されています。強度を保つ工夫だとしても、物足りません。
03.05.22
狛盛のコメント:
B本殿前は天保2(1831)年製。小型で全体に角がとれかわいい狛犬で,顔が獅子舞を連想させます。体高は1尺5寸程度で,花崗岩製。
C実は,本殿の横にひっそりと古狛が置いてありました。砂岩製の倒立,直立型だったらしいのですが,直立のみが立っていて,倒立は砕けた残骸が置いてあります。直立の体に煤らしきものがついていますので火事にあったのではないかと思われます。最初にある平成14年の狛犬はこれらの復刻版ではないでしょうか。
狛太郎のひとこと:Bは遠賀型の一品です。堅い花崗岩は、手作りの時代には加工が容易ではありませんでした。そこで、細工はやや彫りが浅く、石肌にも独特の風合いを残すこととなりました。しかしそれが逆に、遠賀型の独自性を発揮しています。
C上記@の先代です。当社のHPにはこの形態の狛犬は「飛鳥時代に多く存在し」「現存するものとしては全国的に見ても珍しい」とあります。この口碑の真実性はともかく、当地で確立された一形態として、今後も活躍して欲しいものです。それにしても、この先代の行く末が気がかりです。参考:八剣神社


青島(あおしま)神社

提供者:狛盛
03.05.25
狛盛のコメント:久しぶりの出張で,撮ってきましたが,以前フミオさんからの投稿があってたみたいですね。
(宮崎県宮崎市青島町)
狛太郎のひとこと:今年の「新春狛犬大会」で、フミオさんからもいただいていました。改めて眺めてみますと、かなり独創的な狛犬であることが再認識されます。左は白い肌が美しい現代風のものですが、姿勢が独特で動感に優れており、「ありがち」な作品とは一線を画しています。それにこの一対は、オスメスであることがひと目で分かるように作られており、その意味でも希有な異色作です。右は末社の陶製狛犬です。
眉と口に彩色があり、表情豊かで可愛らしさが目を引きます。どちらも一般的なものとは少しずつ違っていて、その少しの違いが大きなインパクトを引き出しているのです。


鵜戸(うど)神宮末社稲荷神社

提供者:狛盛
03.05.26
狛盛のコメント:超有名な神社ですが,ここや宮崎神社には狛犬がありませんでした。わずかに鵜戸神社の参道脇にあるお稲荷さんに一対見つけました。官幣大社だからなのかな,とも思いましたが,香椎宮には立派なやつが有りますよね。このあたりの事情は,わんこしぇんしぇいはなにかご存知ですか?
本殿に向かう参道沿いに末宮稲荷神社があり,そこに一対の狛犬が居ました。
珍しい黒色の石で出来ています。多分溶岩の固まったものだと見受けられます。
小型で尺五寸(45a)程度でしょうか,顔つきは自分的には始めて見るタイプです。
この一対の脇には古狛が一匹置かれています。
(宮崎県日南市宮浦)
狛太郎のひとこと:確かに官幣大社のような格式の高い神社では、なぜか狛犬はあまり見かけません。想像するに、これらは庶民の自然発生的な信仰の対象ではなく、従って狛犬を奉納するといった、主体的な祭祀参加の機会を持ち得なかったのではないでしょうか。さて末社・稲荷神社の狛犬は類を見ない強烈な個性を発揮しています。睨み付けるような視線に力がみなぎり、鋭い歯列をむき出して威嚇する様子はいかにも恐ろしげで、黒っぽい素材とも相俟って、実に凶暴そうです。よほど強力な外敵と対峙しているのでしょう。昭和8(1933)年作。
一方の古狛犬(右=単体)は文政8(1828)年の土砂崩れで海没していたものを、回収修復したとの解説が付けられています。


櫛田(くしだ)神社  博多総鎮守

提供者:狛盛
03.05.29
狛盛のコメント:こんにちは,やっと博多の総鎮守櫛田宮の狛犬報告です。
全国的にも山笠で有名な神社だけに,7対の狛犬が居ました。その内,本殿内の彩色狛犬は撮影できませんでしたので,6対送ります。2通に分けて送ります。
南門 裏口に当たる南門は,川端通りやキャナルシティに抜けられます。
また,有名な焼きもちやさんもここにあります。狛犬は珍しい,白御影製です。
阿吽ともに一角があります。体高3尺3寸
中門 新しく出来た中門に立つ狛犬です。玄武岩?製。全身にのみでエッチングが施してあります。体高5尺弱
正門 ブロンズ製の堂々たる狛犬。
(福岡県福岡市博多区上川端町)
狛太郎のひとこと:奈良時代の天平宝字元(757)年に伊勢から大幡主神を勧請して、博多総鎮守とした、とあります。祭を「祇園」山笠というのは、平安時代に山城国から八坂神社を勧請しており、八坂社の祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)が祇園精舎の守護神とされるからです。南門の狛犬はアウンともに有角で珍しく、毛並みの表現も九州のものとは著しく違っています。遠隔地から持ち込まれたものかと思われます。新しそうですが明治33年銘があります。中門の狛犬もいささか当地のものとは趣を異にします。体毛の表現として、全身に細かいノミ跡を施すなど特異な手法を用いています。昭和19年再興と記されています。正門のは精悍なブロンズ像で、フォーマルな造形。楼門内の一対は木像で、胡粉を塗った上に彩色したものでしょう。


櫛田神社続き

提供者:狛盛
03.05.30
狛盛のコメント:本殿裏
本殿の裏には全国の名だたる神社の出店みたいなお社が沢山奉ってあり,その前に石製とモルタル製の二対が鎮座してます。どちらも小型です。
狛太郎のひとこと:いただいた6対の中では、左の狛犬だけが当地の様式そのものです。それ以外はそれぞれ多様性に富み、エキゾチシズムさえ感じられます。
ことに、右の狛犬はモルタルという素材の意外さでも、特異性が際だっています。
実はモルタル製であることの再確認のため、わざわざ再訪していただき、詳細なレポートを頂戴しました。内容は下記の通りです。有り難うございました。

モルタル狛犬についての観察(by 狛盛)
モルタル狛犬が私も非常に気になって,昼休みにバイクを飛ばして行ってきました。
結論から言うと,やはりモルタル製に間違いないみたいです。
詳細にみると台座部分に
下地の金網が露出しているところがありました。
その他特徴としては,完成時は表面になんらかの
塗装が施してあったみたいだが,
現在はほとんど剥げており,露出したモルタル地の風化が進んでいる。
吽像にも
胸飾りがあったみたいだが,剥落している。剥落面をみると胴体と一体では
なくあとから細工した事が見てとれる。
芯の骨組は細いらしく,こぶしで軽くたたいてみると,
モルタルがかなり肉厚だとい
う事が判る。
顔の細工などがかなり細密に仕上げられており,左官が製作したものであるならば,
鏝絵の心得がある職人の手によるものかもしれない。
宮司さんに聞いてみたが,製作者等の詳しいことは判らないとの事。
多分,予算の関係で
安上がりなモルタルで作ったのではないかとのお話し。
製作年は昭和35年で,土居町の有志からの奉献みたいです。
注:色違いの部分は狛太郎の注目点


櫛田(くしだ)神社

提供者:クリスティさん
04.09.19 クリスティさんのコメント:川端商店街に行った時に、櫛田神社を通りかかったので、狛犬を見てきました。私が今日通りかかったのは、中洲川端商店街に横道から入っていくところにあった櫛田神社の鳥居です。わりと小さな入り口でしたが。
狛犬は新しいものでした。できたての新品みたいにピカピカでしたよ。下から見上げた感じでしか写真が撮れませんでした。
下手なんですが送ってみます。

狛太郎のひとこと:クリスティさん、初投稿有難うございます。
これを見たときにすぐ狛盛さんのモルタル狛犬を想起したのですが、こちらはどう見ても陶製であり、また真新しいものです。石製に比べて造形上の自由度が高い分、さまざまな装飾が華麗に施されています。スマートな肢体に加え、胸に瓔珞を着けた姿には、エキゾチックな趣が漂います。類似のタイプは当社のモルタル狛犬以外には、同じ狛盛さんによる光雲神社のものしか知りません。あるいは麒麟はないかとも思ったんですが、指が蹄ではないのでやはり狛犬なのでしょう。この特異な狛犬がどのように着想されたのか、とても興味があります。


志賀海(しかうみ)神社

提供者:狛盛
03.06.03
狛盛のコメント:港を見下ろす小高い丘にあり,昔から島の信仰の対象になっていた神社です。狛犬は一対のみで,オリジナルは大正時代で,狛犬自体は昭和36年に再建されたものです。材料の石は安山岩系の堅石みたいで密な材料です。顔つきは多少擬人化されたような顔です。体高3尺(90a)ほどです。
なお,境内には鹿角庫なる不気味な社もありました。
(福岡県福岡市東区志賀島)
狛太郎のひとこと:『延喜式』の明神大社で、少なくとも4世紀には鎮座していたとされる古社です。祭神は海人族の安曇氏が奉斎した綿津見(わだつみ)神です。
狛犬は大柄な体格の良い蹲踞タイプで、長い前肢がスマートです。顔立ちは確かに人間らしいところがあり、目、眉、歯列など克明に細工されています。類型化されておらず、石工の個性がよく表されています。「志賀島」は「近島(近い島)」に由来するとされますが、鹿角庫の存在などから「鹿の島」である可能性もありそうです。


諏訪(すわ)神社

提供者:狛盛
03.06.11
狛盛のコメント:昨日筑後市に行きまして,諏訪神社を撮ってきました。
場所はJR羽犬塚駅の東側です。
明日は出張なので,取り急ぎ写真だけ送ります。
(福岡県筑後市山ノ井)
狛太郎のひとこと:出張前のご多忙の中、有り難うございました。諏訪神社は長野の諏訪大社を勧請したものです。祭神の建御名方(たけみなかた)神は出雲の大国主命の子で、国譲りの局面では徹底抗戦派でした。敗れて信濃に落ち延びましたが、信濃で農業神・養蚕神として篤く崇敬を受けることになりました。
狛犬は@が筑後タイプのプロトタイプです。かなり古いのではないでしょうか。
現代のものは肥満体ですが、最初は可愛らしい体型だったのですね。
Aは筑後タイプとは趣を異にします。時代は分かりませんが、大腿部の造形の素朴さなど、全体に古拙な趣があります。


山口(やまぐち)八幡宮

提供者:狛盛
03.06.22 狛盛のコメント:鞍手郡若宮町の山口八幡宮です。クモさんのラーメンがどうしても食べたくなり,車を走らせていると道路際に灯篭を発見。はたして,その奥に・・・ありました。見るからに鎮守の森といった風情の神社です。石段を登った本殿前に一対の狛犬が居ました。砂岩系の石で体高は約3尺,阿は獅子,吽は一角獣の正しい狛犬でしょうか。その横に有る大木の根元に古い狛犬の頭部だけが置いてありました。
(福岡県宮若市山口)
狛太郎のひとこと:相変わらずのバイタリティですね。確かに黒門へ向かう道すがらではあります(笑)。さて当社は、社記に延喜2(902)年と伝え、昭和初期に鎮座千年祭が執行された古社です。狛犬は遠賀型とは別に北九州でよく見かけるタイプで、彫りが深く、顔も目鼻立ちや口が強調された個性的なタイプです。砂岩系の素材にしては欠損個所もなく、保存状態が良好です。アが獅子でウンは一角を有する狛犬であるというのは、木彫時代以来の様式にのっとったものです。明治28(1895)年の作品。


愛宕(あたご)神社

提供者:狛盛
03.08.12 狛盛のコメント:標高26mの愛宕山山頂にある愛宕神社。ブロンズ製の立派な狛犬が居ます。阿吽ともに角があったみたいですが、阿の角は折れて無くなっていました。
昭和8(1933)年製。
(東京都港区芝)

狛太郎のひとこと:鉄道唱歌の第一番に唄われた愛宕山ですが、今はもはや、その風光を楽しむことはできそうもありません。
狛犬はブロンズ独特の緻密な装飾が見事です。ア(唐獅子)の角が取れてしまったのは残念ですが、ウン(狛犬)にだけ一角があるのが一般的なので、結果としてそのようになっているわけです。
それにしても、この狛犬は通常とアウンの位置が逆ですね。
汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり
愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として


真打ち
プロフィル
狛盛(こと、てんもりさん)は猛烈出張族。今日は新潟、明日は沖縄と、全国を股に掛けての神出鬼没ぶり。麺に関する知識と意欲も旺盛で、そのパワフルな食生活はぶろぐ「ちゅらかじとがちまやぁ」で堪能できます。


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