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狛弟子・狛盛はかねてより全国を踏破して、東北、四国などを含め一門の手の届かない地域の狛犬を多数収集しました。その勢いは今後ともとどまるところを知りません。そこで、このたび真打ち昇進を認定いたしました。
これからもよろしくお願いします。
狛太郎敬白
各地の一の宮 総社・総鎮守などを称する神社
新潟県には「十二社」という社名の神社が多数分布しています。
この神社について調べてみました。


弥彦(やひこ・いやひこ)神社

03.07012
狛盛のコメント:長野から新潟を旅して来ました。
越後一の宮弥彦神社です。高さ30mの大鳥居が有る弥彦神社は官幣大社でした。狛犬に期待せずに本殿へ向かったところ、一対が鎮座していました(左写真)。近寄ってみたところ、あっと驚きました。この形は、そうです、櫛田神社の裏に在る、モルタル狛犬にそっくりなのです。意外な出会いにしばし感動しました。
神社の規模に比べて、そんなに大きくないのですが(約4尺)、前足の爪で台座をがしっとつかんでいるところなど迫力があります。
参堂の横に別宮がありそこにも一対の狛犬が居ました(右写真)。花崗岩で出来ていて、本殿前に比べるとオーソドックスな形でした。体高は90cmほどです。
(新潟県西蒲原郡弥彦村大字弥彦)
狛太郎のひとこと:弥彦神社は5万坪もの境内に数多くの摂社や施設群を擁し、堂々たる越後国一の宮の威風を放っています。祭神の天香具山命(あめのかぐやまのみこと)は、神武東征の折り神剣を献上して勝利に寄与しました。
左の狛犬は胸を張り、筋肉質の身体を誇示しているかのようです。大正5(1916)年製で、確かに櫛田神社のものにそっくりです。系統は「従兄弟系」になるのでしょうか。
右の狛犬は明治43(1910)年の江戸系です。ふさふさした眉、独特の目鼻立ちなど、お馴染みの姿に、完成された様式美と同時にほのぼのしたものを感じます。


十二社(じゅうにしゃ)神社
 津南町

03.07.28 狛盛コメント:東北地方に比べて北陸の神社の多さには驚きました。車で走ってるとあちこちに神社があり,いちいち撮影していると仕事になりません。まず,越後湯沢から日本三大薬湯(有馬・草津・松之山)のひとつ松之山温泉のまわりの神社です。なぜか十二社と名づけられた神社が多かったです。狛犬師匠の考察が楽しみです。このあたりは日本一の豪雪地帯だそうです。津南駅近くの神社で台座が舟形です。
(新潟県中魚沼郡津南町)
狛太郎のひとこと:長旅お疲れさまでした。お陰で新潟〜北陸の狛犬が大量入荷しました。普段目にすることができない地域の狛犬なので、これを見ている人たちにも興味深いものと思います。狛犬は昭和10年代の岡崎型です。この形は戦後の流行かと思っていましたが、こんな時代にすでに様式が確立されていたとは驚きました。さて、十二社ですが、長くなりますのでページを改めてご紹介したいと思います。→「十二社神社


十二社(じゅうにしゃ)神社
 中里A、B

03.07.28
狛盛のコメント:続いて,山村中里村の十二社です。AとB二個所分を一緒に送ります。両社はすぐ近くにありました。時間が無かったので写真は少ないです。
(新潟県十日町市中里)

狛太郎のひとこと:Aは江戸風の狛犬です。アは玉取り、ウンは子取りで味わいのある風情ですが、面白いことにアウンが逆配置になっています。これを普通に置き換えると首が奥を向いてしまうので、縦置きにしなければなりません。このタイプの縦置きは見たことがないので、初めからこのように造られたのでしょう。
Bは平成8年の岡崎型で、新しいものです。ここにもAのような狛犬がいたのでしょうが、役割を終えて交代したのでしょう。


三社(さんしゃ)神社
 津南町

03.07.28 狛盛のコメント:続いて津南町の三社宮です。
この近辺では比較的大きな神社でした。昭和2年のやや小型の狛犬です。彫り文字は台座ではなく,狛犬の尻の部分に彫られています。
(新潟県中魚沼郡津南町)

狛太郎のひとこと:眉が太く独特の顔立ちが個性的です。文字を狛犬本体に刻むのは、小型犬で大きな台座を持たないものによく見られます。この狛犬も今は高い台座に乗っていますが、最初は台座がなかったのでしょう。


十二社(じゅうにしゃ)神社A
  

03.07.28 狛盛のコメント:続いて,津南町からさらに山の中に分け入ったところにある,松之山町の蒲田地区にある十二社です。
(新潟県十日町市松之山町蒲田)

狛太郎のひとこと:アが玉取り、ウンが子取りの岡崎型です。昭和14年日支事変戦捷(勝)祈願の為に奉納されたものです。奉納者の若月喜太郎氏は出征兵士の父親なのかも知れません。様々な心情が交錯したことでしょう。


十二社(じゅうにしゃ)神社
B 

03.07.28 狛盛のコメント:続けて,同じ蒲田地区の兎口地区にある十二社
(新潟県十日町市松之山町兎口)

狛太郎のひとこと:昭和12年の作品で、他のどの狛犬とも作風が異なります。体の立ち具合や全体の雰囲気が出雲狛犬のようでもありますが、材質は来待石ではなさそうです。出雲を参考にした地元石工の作品ではないでしょうか。昭和12年作。


牧ヶ洞(まきがほら)神社

03.08.09 狛盛のコメント:昭和24年製の狛犬です。
ちゃんと吽像に角があります。
背中の苔がまるで本物の体毛のようでした。
(岐阜県高山市清見町牧ヶ洞字洞口)

狛太郎のひとこと:当社は埋没神として有名な菊理姫(くくりひめ)を祀っています。狛犬は昭和14(1939)年製で髪、尾の細部を省いた力強い表現が、大型犬のような貫禄のある造形にマッチしています。またウンには立派な一角があり、フォーマルな一対という感じです。


新宮(しんぐう)神社

03.08.09 狛盛のコメント:なんか“犬”っぽい狛犬で,
かわいい体型です。大正15(1926)年製
鳥居の前に石の賽銭箱?がありました。
(岐阜県高山市新宮)

狛太郎のひとこと:当社の祭神は伊弉冉尊(いざなみのみこと)です。狛犬はとても個性的です。どっしりと太い四肢や、味わい深い顔付きが印象的ですし、アウンの配置も通常とは異なっています。地域性の強い一品です。


飛騨一宮水無(みなし)神社

03.08.09
狛盛のコメント:巨大な杉の木がある立派な神社でした。
本殿の前に狛犬が居るのですが,1日と15日しか入れないとの事でした。
諦めきれずに事務所にお願いして回廊からの撮影は許してもらえましたが
カメラがズーム付きでないので,小さくしか撮れませんでした。
門の両脇にある木製の彩色狛犬をモデルに彫られた石狛だそうです。
ひどく個性的な狛犬でした。
(岐阜県高山市一之宮町)
狛太郎のひとこと:飛騨国一宮で、水無大神(御年神など14神)を主祭神とし、その他70柱もの祭神を祀っています。祭神の多さは、当社が総社も兼ねていたことに由来します。狛犬は遠景で詳細は不明ですが、モデルが右の木造狛犬と聞くと確かに、石造狛犬にしては引き締まった細身の体つきです。木造の形をそのまま石で造ると脆いため、こうしたものはあまり見かけません。たまにしか開帳しないので完形が保たれているのでしょう。木造の方も彩色が鮮やかに残っており、美的です。


桜山(さくらやま)八幡宮

03.08.09
狛盛のコメント:高山祭りで有名な桜山八幡宮です。3対の狛犬がいました。
狛犬1は紀元二千六百(1940)年製ですから昭和十何年でしょうか。

(昭和15年です・狛太郎)

狛犬2は昭和60(1985)年製です。
狛犬3は多分昭和29(1954)年製だと思います。
(岐阜県高山市桜町)
狛太郎のひとこと:春の山王祭(日枝神社)と秋の八幡祭(桜山八幡)を、総称して高山祭と言うそうです。桃山時代に起源を持つこの祭は、華麗な屋台と千人にも及ぶ祭行列で、日本三大美祭と称されます。さて狛犬は皆、ごくフォーマルなもので、「従兄弟系」のバリエーションということができると思います。特にAは、なんだかやたらつるつるした質感がありますね。細造りだし、各部の先鋭さを見ると、欠けにくい硬い素材なのでしょう。ひょっとして大理石でしょうか。


御馬(みんま)神社

03.08.16
狛盛のコメント:支那そば屋に行く途中に見つけた金沢市三馬地区にある「御馬神社」です。日吉神社もそうですが,〆縄が富山県の神社と同じ黄色の編紐製です。
文化的に近いのでしょうか。2対の狛犬ですが,玉乗りの方は阿像のみで,ブロンズ製の馬と対になっています。口には帯みたいなものを咥えています。
奥の狛犬も平成4年製作の新しい狛犬で,がっちりした体格です。こちらは阿吽で1対ですが吽の口は歯をむき出していて“い”と言っているようです。
(石川県金沢市久安)
狛太郎のひとこと:金沢の支那そばですか?美味しそうですねー!
ところで、この御馬神社は延喜式内の古社で、旧三馬郡の総社でした。白山比D神社と並ぶ加賀国の名社です。さて左の狛犬は、二つの要素を併せ持っています。
口に帯状のものをくわえているのは中国系、巨大な玉取りは尾道系の特徴です。
即断はできませんが、全体の印象としては中国系ではないでしょうか。中国系は左右とも開口(ア)が通例ですから、本来ウンであるべき左像が開口なのもうなづけます。
右写真の狛犬は典型的な「従兄弟系」です。木造鎌倉彫刻の忠実な写しです。


大野日吉(おおのひよし)神社

03.08.19
狛盛のコメント:金沢港に程近い場所に有る神社です。4対の狛犬が居ました。
@本殿側から第一の狛犬は花崗岩製ですが,著しく風化していて製作年が読み取れ
 ませんでした。阿像の折れた耳に対し,吽像の耳はぴんと立っています。
A第二の狛犬はやはり花崗岩製で昭和26(1951)年の作。阿の顔付が特徴的です。
B第三の狛犬は大きな玉に乗っかり,玉取りと言うより玉乗りみたいです。
 デフォルメされた大きな顔にびっくりです。
C平成7(1995)年第四の狛犬は,一番狛犬らしいと感じました。この神社の狛犬は
 「初老会」から奉納されたのもで,その年によって灯篭とか,石柵とかを奉納して
 いるみたいです。昭和11(1936)年。
(石川県金沢市大野町)
狛太郎のひとこと:日吉神社の祭神は大山咋(おおやまくい)神、またの名を山王ともいい、山を司る神です。藩政時代は藩主前田氏の崇敬を受けました。狛犬は堂々の4対で、いずれも個性豊かです。とりわけBは特殊で、これだけがウンに角がないこと、異常に大きな玉取りであること、アウンが逆であることなど、他と明らかに違っています。どうやら上記御馬神社のものと共通性がありそうで、すなわち中国系ではないかと考えられるのです。@は一番古いものでしょう。この風化の具合だと、江戸中期までは遡れると思います。耳の形がアウンで異なるなんてお茶目で可愛いですね。
それに尾の形はこれだけが「扇状」です。AとCは岡崎型で、厳しい顔立ちとバランスの取れた筋肉質の体つきが特徴です。


尾山(おやま)神社

03.08.26
狛盛のコメント:兼六園や金沢城の一画にある,前田利家公とお松の方を奉った神社で神門が見事でした。狛犬は1対のみでブロンズ像です。胴が引き締まったスマートな狛犬で,昭和8(1933)年製で,勤続60年記念に個人で寄進したものみたいです。
(石川県金沢市尾山町)
狛太郎のひとこと:慶長4年前田利家公薨去に際し、越中から八幡宮を勧請して霊廟としました。明治維新後、藩主旧邸にこれを遷座し、尾山神社と改称したものです。
神門は明治8(1875),年の竣工で、津田吉之助という人の設計になるものです。和漢洋の折衷様式として話題を呼んだそうですが、今見てもその斬新さに驚かされます。狛犬は足の長い立派な体格です。ブロンズならではですね。奉納銘に「勤續六拾年記念」とありますが、一体どんな人でどんな会社なんでしょうか?


真打ち
プロフィル
狛盛(こと、てんもりさん)は猛烈出張族。今日は新潟、明日は沖縄と、全国を股に掛けての神出鬼没ぶり。麺に関する知識と意欲も旺盛で、そのパワフルな食生活はブログ「ちゅらかじとがちまやぁ」で堪能できます。


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