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| 狛友(こまとも)から頂いた写真と情報を掲載します。 お気軽に情報をお寄せ下さい。 |
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| メールの添付ファイルとしてお送り下さい。楽しいコメントも期待します。 | |
| 写真等をここに掲載する以外の目的で利用しないことをお約束します。 しかし万一盗用や転用された時、当方では対処いたしかねます。 従って、そうした場合に支障のあるデータは送らないで下さい。 |
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| なるべく欲しいデータは@奉納年A石工名B大きさ(目分量可)C神社名と所在地D神社由緒(由緒看板の写真など)Eあなた自身の感想、などです。また極力、斜め前からの写真を一枚入れて下さい。 | |

妙見(みょうけん)神社 |
提供者:imagineさん | |
imagineさんのコメント:隣の西唐津公民館に行ったとき、なにやら惹かれるものを感じて写真を撮ったしだいです。(佐賀県唐津市妙見町) |
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| 狛太郎のひとこと:妙見神社は北極星を神格化した妙見菩薩を祀っています。 神としての一面は天御中主神(あめのみなかぬし)とされます。狛犬は玉取りで尾は棒状です。顔立ちが厳めしく、体つきも引き締まって、逞しい印象です。 |
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| 狛友紹介 | お会いしたことないのに「顔見知り」というのは変ですが、imagineさんとはあるサイトでたまにお目にかかっています。写真がお好きのようですね。すごく可愛い子供さんをお持ちのパパです。 | |
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提供者:23夫さん | |
白山神社の狛犬君です。何の変哲もありません。ってかどこがどうなのか全く分かりません。 (福岡県福岡市西区今津) |
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| 狛太郎のひとこと:祭神の菊理姫(ククリヒメ)は謎めいた神です。白山神社は全国に数千の分社を持つ大社なのですが、肝心の菊理姫に関してはほぼ何も伝わってはいない「埋没神」なのです。狛犬は堂々とした風情です。見えにくいですが、髪と尾の毛筋の美しさが出色です。尾は棒状です。 |
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| 狛友紹介 | 23夫さんともサイトを通じてお知り合いです。幾つか見比べると細工の巧拙、地域性、時代色など興味深い点に気づかれますよ。髪や尾の表現に石工の技量やセンスが出やすいようです。 | |
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提供者:imagineさん | |
| 02.11.20 | imagineさんのコメント:苔むし具合でなぜかアニメ「おじゃる丸」の満願おこりん坊、満願にこりん坊を連想しちゃいました。(佐賀県神埼市埼町的) |
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| 狛太郎のひとこと:天平元(729)年、行基の創建と伝える県内屈指の古社で、比叡山日吉神社を勧請しました。日吉神社の神使はお猿さんです。そこで当社にも三猿像があり、燈籠の上にも一対の猿像があしらわれています。 狛犬は岩狛で準タロウです。燃えるような紅葉を透かして見る狛犬は朱に染まり、いつもと違う華やかさです。残念ながら年銘は不明です。 |
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| 緊急企画 検証!生き別れの兄弟 | ||||||
| 下の写真をご覧下さい。同じ狛犬としか見えませんが、実は左は箱根神社(狛天撮影)、右は福岡市の筥崎宮(はこざきぐう)のウンなのです。 | ||||||
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| 狛天くんのコメント:狛太郎さんが送ってくれた狛犬と箱根神社は、生き別れた兄弟のようにうりふたつじゃないですか??かなりびっくりしました!! | ||||||
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提供者:若おやじさん | |
| 02.11.23 | 若おやじさんのコメント:狛犬はタテヨコ90aの大きさでした。製作年は文化2年のように読めました。石工は判読困難でした。鳥居は肥前鳥居の表示がありました。(佐賀県杵島郡白石町辺田) |
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| 狛太郎のひとこと:霊峰・稲佐山の中腹に鎮座します。白石郷の総鎮守として古くから崇敬されてきました。境内は3万坪以上もあり、楼門、鼓楼などを具備した壮麗な神社です。祭神の五十猛命(いたけるのみこと)は植樹の神で、木立に囲まれた当社にふさわしいものです。狛犬は90aとのことですから、県内では大型犬に属します。スタイルや細工はオーソドックスで、端正です。ただ、どうしてこのように歯をむき出して怒っているのでしょうか。またその歯のすごいこと。 | ||
狛友紹介 |
若おやじさんとは十数年来のお付き合いです。痩身長躯(だったこともある)ナイスミドルで、「若おやじの棲家」の管理人です。最近ラーメンに凝っていますが、今後は狛犬方面もよろしくお願いします。http://www.bunbun.ne.jp/~fwih9682/ | |
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提供者:bearさん(こと狛奴) | |
| 02.12.02 | 狛奴のコメント:朝なんだかどきどきしながら鳥居をくぐる。どんなわんこがいるんだろう。。恐いかなぁ。おっかない顔してたらどうしよう〜。。 あ!いたっ!ちゃんとわんこがいるっ! 近づいてみるときゃ〜〜〜〜〜〜っ!! 顔をまじまじと近くで見てみる。 きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ♪ なんとかわいいっ♪ つーかつーかびっくりしたのがなんとあちくしにそっくりじゃない?? (佐賀市高木瀬町長瀬) |
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| 狛太郎のひとこと:多布施川の上流東岸に静かにたたずむこの神社は、菅原道真を祀る天満宮です。由来は不明ですが、拝殿前の燈籠が寛文10(1670)年と古く、かなりの由緒を持つ神社と思われます。狛犬は明治31(1898)年の作品で、アが岩狛でウンは倒立と変わったスタイルです。それもさることながら、不思議な顔立ちはちょっと類例がありません。石工名がないのが実に残念です。 | ||
| 狛友紹介 | べあさんはラーメン屋さんで働くラーメン好きのお姉さん、というのは世をしのぶ仮の姿。実はあるバンドのシンガーで、各地でライブをやるほどの実力派なのです。しかし今回狛犬界にデビューして、狛太郎に弟子入りされ『狛奴』を襲名されました。 そんなわけで、少々長いコメントもカットせずに載せてあげる次第です。 サイト『べあなっくるは今日も元気』の女主人さんです。 http://www2.saganet.ne.jp/L-hunter/L-hunter/ |
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提供者:若おやじさん(こと狛若) | ||
| 02.12.08 | 若おやじさんのコメント:久留米医大そばのけやき通り付近を散策していたら、久留米城址の中に篠山神社というのがあったので投稿します。とにかく幅が広く迫力満点でした。(福岡県久留米市) |
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| 狛太郎のひとこと:篠山神社は久留米城の城内にあり、藩主・有馬公を祀っています。社名は公の故知、丹波篠山に因むものでしょう。狛犬は典型的な鳥栖・筑後タイプです。大柄で肉付きがよく、顔の幅が広いのが特徴です。尾は扇状で三葉に分かれ、根本にワラビ渦があります。髪の毛筋など細かい部分の省略が目立ちますが、粗略ではなく、豪快な感じをよく演出しています。明治12(1879)年の作品。 | |||
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提供者:へのさん | ||
| 02.12.24 | 狛太郎のひとこと:御祖神社は天御中主神など造化三神を祀る妙見社です。祭神の神仏習合における仏としての一面は妙見菩薩で、北極星の神格化だといわれます。へのさんは足立山山頂の上宮で、これを発見されました。側面の形状が4分の1円に近いことや、省略的な表現が肥前狛犬に酷似しています。髪はオカッパで、裾はワラビ渦です。はたして肥前狛犬の北限なのでしょうか?(北九州市小倉北区足立山) |
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| 狛友紹介 | へのさんは福岡在住の自称「不良中年」。山にキャンプにと精力的に活動しておられます。一方、HP「やっぱり遊びたい♪」の管理人さんでもあり、毎日更新の「麺喰い日記」は質量共にハイレベルな内容で思わず喉が鳴ります。 | ||
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提供者:まささん | ||
| 03.04.09 | まささんのコメント:昨日、念願の高千穂に行ったので、高千穂神社の狛犬写真を送ります。国の重文なので社の中にあり、ガラス越しの写真で分かりにくいのですが・・。(宮崎県西臼杵郡高千穂町) 狛太郎のひとこと:初投稿ありがとうございます。鋳鉄製の狛犬で、源頼朝が奉納したと伝えられるものです。たしかに鎌倉彫刻独特の雄渾な造形です。「兄弟狛犬」の祖形といえるものです。 |
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提供者:狛彦さん | ||
| 03.04.16 | 狛彦のコメント:伊賀谷駅西側踏み切りの北側にある神社です。「伊賀谷天満宮」と書いてありました。 あまり大きな狛犬ではないのですが、阿吽共々、後ろ足を伸ばし、躍動感あふれる姿と玉をくわえた険しい表情が印象的です。古くて、いつ頃のものかは分かりませんでした。 (佐賀県佐賀市兵庫町若宮) |
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| 狛太郎のひとこと:12世紀に、菅原道真の子孫で巨勢庄牛島を領有した牛島氏が、方々に天満宮を建てたうちの一社といいます。社殿棟木に延宝8(1680)年の銘があることからも、かなり古い神社です。狛犬は小振りなタロウで、このタイプは負けん気の強そうな顔立ちと、後肢を伸展した伸びやかなスタイルが魅力です。私のメモでは、明治10(1877)年の作品でした。 | |||
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提供者:狛彦さん | ||
| 03.04.16 | ここの狛犬も前足を台に乗せ、後ろ足をピンと張って、筋肉質の身体をしています。身体の表面には、背中の上部にうずまき模様があります。阿吽両方ともに、実に男らしく勇猛な表情をしています。しかし、よく観ていると阿吽の製作年代が違うような気がします。阿の方が新しいようですが、師匠のご判断のほどをお願いします。 (佐賀市金立町薬師丸字下九郎) |
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| 狛太郎のひとこと:佐賀市の東部を流れ下る巨勢川に沿って、昔から広大な水田農村地帯が形成されています。この狛犬もそうした部落の歴史を目の当たりにしてきたのです。ところで、これは上記伊賀谷天満宮と同じ馬場嘉七の作品でした。こちらは明治12(1879)年のものです。一人の石工の狛犬作品はせいぜい数体なので、同じ日に同じ石工のものを見るのは珍しいことです。なにかいいことがあるかも知れませんよ。ところで、阿が補作である可能性は私が見たときは気付きませんでした。いつか再確認してみます。 | |||
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提供者:狛奴さん | ||
| 03.05.16 | ![]() |
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| 狛奴のコメント:3号線沿いの筑後川のすぐとなりにある神社でつ。わんこは4ついたよ!奥のほうが古いみたいで、天保13年11月小塩村才八(多分石工)ってかいてありました。んでもって手前のわんこは、大正13年3月って書いてあったよ。なんとなく似てるんだけど、よーくみると表情とか違うし特に違うのは後姿。おっぽも全然違った。古い方のわんこの後姿があまりにもきれいだったので、後姿もとりました。流れるような後ろ髪がすげーキレイ♪巻がはいった尾っぽとのバランスとかいいなぁ。。後ろ美人って感じ?笑。ずっととうとうと流れる筑後川をじっと見てきて、風に吹かれ世を見つめ続けてきたんだろうねぇ・・いろんな想いを越えて、あのきれいな後姿ができたのかなぁ。。でもさ、わんこって人間にたとえたらどちらかというとブッチャイクな顔やん?でもそれでもきれいだなって思えるときがあるやん。あっしもブッチャイクだけど、いろんな事をじっと見続けて鍛えて、心ひろくきれいだなって思ってもらえるように頑張らなくっちゃと思いました。以上!報告でつ♪ (福岡県久留米市高野町) |
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| 狛太郎のひとこと:かなり長いコメントですが、細かく観察していただいたのと、それを人生観にまで発展させる想像力に敬意を表して、全文紹介しました(笑)。 これらは典型的な筑後型ですね。天保13年のものをモデルにして、忠実に再現したのが右の大正の作品です。わずかにクローズドスタンスである点まで共通しています。尾の形が異なるのは、原石の形に制約を受けたためかも知れません。 重量感のある筑後型が二対並んでいるのは、実に壮観です。 |
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提供者:狛奴さん | ||
| 03.06.15 | ![]() ![]() |
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| 狛奴のコメント:でーんとでっかい神社で奥のほうまで探検したら本殿以外にもわんこが!むちゃ車が行き交う道沿いにあるのに一歩足を踏み入れたらそこは木々のざわめきと日の光と静寂の世界。 @足の長いわんこが本殿のほうで A苔がついてるほうが奥のほうにいたわんこです。 わんこの時代なんか調べようと思ったけれど石が削れていて解読不可能でちた。ごめんなたい。そんなに古いわんこじゃないみたいだけど筑後地方の典型的なわんこなのかしらん?昨日も八女方面へ行ってる時、住宅街の中狭い道沿いに神社を多数発見!また探検にいってきま〜す♪ (福岡県久留米市大善寺町宮本) |
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| 狛太郎のひとこと:玉垂命(たまたれのみこと)は筑後一帯で広く信仰されている独自の神です。高良大神とも呼ばれるように、高良大社の祭神もこの神様です。狛犬は@の方が古そうです。Aのマッチョな筑後タイプに変化する前の祖形ではないかと思われ、すらりとした脚線美がいい感じです。髪も現在の様式化された表現とは異なり、具象的です。筑後タイプのルーツをもっと研究したいと思っていますので、こうしたヒントをいただくととても有り難いです。 | |||
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提供者:狛彦さん | ||
| 03.08.18 | 狛彦のコメント:川副町のラポールから南へ行って役場へ曲がる交差点を東へ200mほど入ったところににある神社で撮りました。お宮さんは「天満宮」としか書いてありませんでしたので、詳しいことは解りません。 狛犬はけっこう新しいかな〜って思いましたが、明治36(1903)年奉納としてありました。 顔は、大胆な彫りで豪快な顔つきをしていました。作者の名前はわかりませんでしたが、5〜6名ほどの奉納者の名前が書いてありました。 喜んでいただいて恐縮です。師匠!! 住所的には、鹿江の咾分(おとなぶん)という辺りだろうと思います(ヨメ談) (佐賀市川副町鹿江咾分) |
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| 狛太郎のひとこと:久々の狛彦作品ですが、これを見たときは実際、喜んでしまいました。こんな面白い顔の狛犬は滅多にありません。口の上の波打っているものは、口ヒゲなんでしょうか、それとも唇なんでしょうか。どちらにしても、歯茎までむき出してスゴイ顔をしています。尾の形や髪の表現などもちょっと珍しく、全体としてこれまで見たことのないタイプです。是非自分でも見てみたいと思います。 奥さんにまでご協力頂き、誠に有り難うございました。 |
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提供者:Mayさん&Akemiさん | ||
| 03.09.14 | ![]() ![]() |
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| Mayさんのコメント:今日は狛犬をたずねに行きました。諸富町の大堂神社というところです。 あそこの狛犬はもうボロボロになっているので、石屋さんを探しているような話があって、もうしばらく見えないじゃないかな、友達と一緒に見に来ました。体が大きくて、貴族的な雰囲気が漂っている狛犬でした。そして、千代田町の冠者神社、八坂神社にも行ってきました。 |
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| Akemiさんのコメント:今日はMayさんと、諸富町大堂にある大堂神社へ行って来ました。 ここの狛犬の痛みが激しく、近い内に新しいものに替えようとされていると聞き、見に行ったのです。確かに風化が激しくボロボロになっていましたが、威風堂々とした大きな狛犬でした。 |
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| (佐賀県佐賀市諸富町大堂) | |||
| 狛太郎のひとこと: (Mayさんは中国からの留学生、Akemiさんはそのお友達です) 初めての投稿、有り難うございます。そうですか、この狛犬は取り替えられようとしているのですね。私も急いで見に行かなければなりません。 さて、これは出雲型(Izumo-stile)と言って、独特の作風を持つ狛犬です。 大柄で肉付きが良く、堂々としているのが特徴です。島根県の宍道湖畔で産出する来待石(Kimachi-stone)という砂岩で造られています。材質が柔らかいので彫刻が容易で、流麗な細工が施されています。その反面風化には弱く、耐用年数は100年くらいしかありません。 この狛犬も見た目ほど古くはないのでしょう。出雲型には二つのスタイルがあり、一つはこの狛犬のような「蹲踞」、もう一つは頭を低くしてお尻を上げた「出雲式」と呼ばれるものです。 |
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提供者:Akemiさん | ||
| 04.01.23 | ![]() ![]() |
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| Akemiさんのコメント:気になっていた大堂神社へ行って来ました。昨年12月にできたばかりの狛犬さんがいました。日本製だそうですが、石工さんのお名前はありませんでした。石から生まれたばかりで、風格はこれからです。 | |||
| 狛太郎のひとこと:とうとう替えられてしまいましたね。佐賀では希少な出雲型だっただけに、残念な気持ちは否めません。さて、新しい狛犬は2003年12月製でピカピカの新品です。近年急速に増加中の「岡崎型」ですが、子取玉取で彩色と、それなりに差別化が図られています。 とかく画一的になりがちなこのタイプにも、徐々に個性化が進むことを期待したいと思います。 |
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提供者:Akemiさん | ||
| 03.09.27 | Akemiさんのコメント:以前より気になっていた「保食神社」へ夫とナビを頼りに行ってみました。佐賀市巨勢町東西にありました。猫のように小さな狛犬があり、平成14年に作られたものでした。夫はまだこういう遊びの面白さがわからないようで、あきれていましたが・・・・・。 (佐賀県佐賀市巨勢町東西) |
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| 狛太郎のひとこと:保食神と書いて「ウケモチノカミ」と読みます。 「ウケ」「ウカ」は食物を意味し、「ウカノミタマ」「トヨウカノメ」なども同じ機能を有する神格です。これらはおおむね稲荷神社の祭神として祀られています。伊勢神宮外宮の豊受(トヨウケ)大神も、内宮の天照大神に神餞を供する職分であり、この種の神格で最上位の存在と考えることができると思います。 狛犬は特異な姿です。巨大な玉取りというモチーフは尾道型に通じますが、屹立する尾や険しい顔立ちが独特で、あるいは中国(台湾)のものかも知れません。 巨勢町にこんな狛犬がいたことは知りませんでした。有り難うございます。 |
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菅原(すがわら)神社 |
提供者:ケパサさん 初 | ||
| 03.10.18 | ![]() ![]() |
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| ケパサさんのコメント:こんにちは、ケパサです^^。菅原神社の狛犬を撮っていましたので、お送りいたします。圧縮して送りますが、1.5M程ありますので、時間がかかるかもしれません。 興味がない狛犬さんだったら、処分して下さい。画像を整理していたら出てきたものなので、私も思い入れはありません(笑) |
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| (福岡県北九州市戸畑区菅原2丁目) | |||
| 狛太郎のひとこと:ケパサさん、初投稿有り難うございます。 菅原道真が左遷されて太宰府に赴く途次、当社に立ち寄り一泊したと伝えられます。 戸畑祇園山笠は当社を含む三社共同の神事で、夜の「ちょうちん山笠」は特に有名です。 |
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| (上段)典型的な北九州型で、横幅の方が広い顔面、口の周りをぐるりと取り巻く唇、ぽってりした尾などが特徴です。このタイプはほとんどが花崗岩で造られ、石の固さと脆さを考慮してか、比較的浅い彫りで仕上げられます。明治32(1899)年の作品です。 (下段)堂々たる筋骨たくましいブロンズ製です。金属は折れたり欠けたりしにくいので、尾なども思い切りデザイン優先の造りとなっています。このタイプは滋賀県の大宝神社の木像狛犬をモデルにしていると思われ、全国の護国神社系で多く採用されています。並べてみると、石像とブロンズ像の素材の特性、およびそれに見合ったデザインが用いられていることがよく分かります。私の場合、興味がない狛犬というのはありません(笑)。この2体の比較をしながら、大いに楽しませていただきました。「これはダメだろう」などと思わずに、「撮ったら送る」を励行していただくよう、よろしくお願いします! |
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提供者:狛只(こまただ)さん 初 | ||
| 04.01.10 | ![]() ![]() |
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| 狛只さんのコメント:こんにちは。 墨田区は福神橋近くに吾嬬神社があります。鳥居をくぐると、残念ながら狛犬さんはいません。ところが、裏の方からなにやら気配がただよってきます。なんと安永二年(1773)銘の由緒正しい狛犬さんが柵の中にいたのです。柵に阻まれて近寄れず、しかも比較的新しい神殿(右)が邪魔(失礼!)で正面から拝見できません。従って、不明瞭な写真となってしまいました。 銘板にある通り、まことにけっこうな狛犬さんのようです。また、旧神殿も遠目からいい感じにお見受けしました。 |
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| (東京都墨田区立花1) | |||
| 狛太郎のひとこと:初投稿有難うございます。吾嬬神社の祭神は弟橘姫(おとたちばなひめ)といい、日本神話の英雄・倭建命(やまとたけるのみこと)の后です。命が東征中、浦賀水道で暴風雨に見舞われたとき、姫は自ら波間に身を投じて海を鎮めました。「あづま」は命が姫を偲んで「吾妻はや(わが妻よ)」と呼んだのに由来し、「立花」の地名は姫の名に因むものです。 | |||
| さて狛犬は江戸中期のもので、石造狛犬の第一段階を脱し獅子型へ移行する過渡期的作品と見受けられます。佐賀では肥前狛犬の終末期に当たり、松原神社(二段目)などが出現した時期と重なります。やがて江戸では柔らかくて長い毛筋を持った華麗な江戸型へと洗練され、佐賀でも一定の様式美へと向かいますが、この頃の狛犬は土着性が強く、独特の造形を楽しむことができます。 | |||
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提供者:akemiさん | ||
| 04.01.12 | ![]() ![]() |
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| akemiさんのコメント:八幡神社には「石敢当」があると聞き行ってみました。 石敢当は、悪鬼・邪鬼の侵入を防ぐための石で、中国から沖縄に渡ったようで、沖縄ではいたるところで見ることができます。お土産展でもシーサー君の横に座っています。現在佐賀県では9個見つかっているようです。 この神社の狛犬さん(左)、細ーい足が特徴的。アーモンド型の目をしています。ところでこの狛犬さん浦添ようどれ(琉球王の陵墓)のシーサー君(右)に似ている気がしてならないのですが、いかがでしょう? |
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| (佐賀県佐賀市蓮池町見島) | |||
| 狛太郎のひとこと:本当に良く似ていますね。驚きです。シーサーの方は1620年頃の作品と推定されているようですが、狛犬は様式的にはもっと後代らしく思えます。ただこの風化具合からみると、あるいは同年代の可能性もあり得そうです。 沖縄に特有の「石敢当」(せきがんとう)がこの八幡神社にあるという事実からも、なんらかの関連を想像する余地は十分です。目鼻立ちや耳の形、姿勢と脚線など、とにかく似ています。 もしそれが裏付けられたら、大発見!なのですが。 |
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提供者:akemiさん | ||
| 04.01.13 | ![]() ![]() |
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| akemiさんのコメント:買物に行く途中、こんもりとした杜が気になりたち寄りました。 諸富の太田神社、鳥居には六所宮とありました。狛犬は2対座っていました。 一対は肥前狛犬のカップルで重要文化財と説明書きがありました。でも随分作りが違っていて、ホンとに対だったのでしょうか?境内で一番気になったのは、忘れられたおもちゃのように置いてあった亜狛犬さん?背の高さは15センチほどでしょうか。子犬のように可愛い狛犬さんでした。 |
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| (佐賀市諸富町大堂1632) | |||
| 狛太郎のひとこと:戦国時代に関東から下向した太田資元が、大堂神社の祭神を勧請し氏神として創建しました。彼は江戸城の築城で有名な太田道灌の四代孫という名門です。太田氏の居館跡を示す東館、西館、門前、北小路などの地名が残っています。 | |||
| さて狛犬は重要文化財の名に恥じない秀作です。特にアは丸い体に愛嬌があり、その造形は素朴な肥前狛犬が多い中で異彩を放っています。ただご指摘のようにアとウンは本来の一対ではないようです。ウンの方に肥前狛犬本来の素朴さがあり、アは後世の補作かもしれません。 | |||
| (下段)この亜狛犬も可愛いですね。足が極端に短いのは風化や欠損ではなくて、このように寝た姿勢で置くものではないかと思われるのです。ただ事例が少なくて、実際はどのようであったかは、いまだに分からないのが実状です。 | |||
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提供者:akemiさん | ||
| 04.01.13 | ![]() ![]() |
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| akemiさんのコメント:柳川のマミーズへお花買いに行きました。どうも気になる神社が・・・。 寄り道をしてきました。で、見つけたものは・・・。 大託間より柳川へ入り、柳川市間という信号機から堀に囲まれた立派な神社が見えました。 鳥居には手堀神社とありました。 境内には石造りの立派な狛犬さんがいましたよ。 満足した帰り際、楼門をのぞくと立派な木製の狛犬さんがいたのです。きれいに彩色され、体つきはとってもしなやか!いつの頃のものなのでしょうか? ものすごく得をした気分で、喜んで帰ってきました。 |
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| (福岡県柳川市間(はざま)) | |||
| 狛太郎のひとこと:木製の狛犬もある程度見てきましたが、この狛犬ほど鮮やかなものは滅多にありません。また体型、姿勢とも独特です。木製の狛犬は真っ直ぐに向き合うものが多く、このように首を曲げて正面を向くタイプは初めてです。神社の由緒もユニークで、牛が田に落ちたので「手で掘って」引き上げるときに御神体を掘り当てたといいます。その御神体とは保食神(うけもちのかみ)と埴安命(はにやすのみこと)で、それぞれ食物神と農耕神です。 埴(はに)は泥の意。水田の様子を表す名義かと思われます。 |
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提供者:狛只さん | ||
| 04.02.11 | ![]() ![]() |
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| 狛只さんのコメント:昨日のランチ・ウォーキングの成果、飛木稲荷と高木神社の写真をお送りします。飛木稲荷神社の名前の由来となった大イチョウのご神木は見事です。樹齢5〜600年、戦火に真っ黒に焼かれながら生き続けている姿は力強いものです。 |
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| (東京都墨田区押上2) | |||
| 狛太郎のひとこと:稲荷神社の祭神は食物神の宇迦之御霊神(うかのみたまのかみ)です。 大昔、暴風雨の夜に銀杏の枝が飛んできて、境内に刺さって成長したと言われ、それが社名の由来となっています。当地区が戦火に遭ったとき、銀杏自身は先端部が焼け落ちるほど被害を受けながら、住宅地への延焼を防いでくれたとして、大切にされているそうです。焼けた幹から無数の新しい枝も張り出し、その強靱な生命力も御神木たるにふさわしいものです。 |
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| 狐の一対の場合、巻物をくわえた意匠も多い中、これはあまり擬人化せずリアルな造形です。 姿、顔立ちともに端正で、赤い前掛けが印象をより引き締めています。 ところで、稲荷神社はきつねを祭っていると誤解されることがありますが、きつねは神さまの使いであって神そのものではありません。 |
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提供者:狛只さん | ||
| 04.02.11 | ![]() ![]() |
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| 狛只さんのコメント:左右ミラーリングの狛犬さんは見応えがあります。奉納者は「白鼠屋藤七」と読めるのですが…。 | |||
| (東京都墨田区押上2) | |||
| 狛太郎のひとこと:応仁2(1468)年創祀と伝え、天台宗寺院を別当寺とする神仏習合の神社でした。明治の神仏分離令で社名を「第六天社」から現社名に改称し、仏教色を払拭しました。 祭神は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)といい、造化三神のひとりです。 別名を高木神とも言いますので、これを社名としたものでしょう。 |
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| 狛犬は典型的な江戸型です。目に覆い被さるような眉、膨らみのある上顎、そして幾つかの房に分かれながら体側に流れる柔らかい尾などが特徴です。 全体にゆったり感のある気持ちの良い造形です。ただ、この一対はアウンとも「開口」で同型という特異なケースで、ミラーリングとはそのことを意味します。弘化2(1845)年作。 奉納者「白鼠屋」の素性を知りたかったのですが、残念ながら調べた範囲では不明でした。 |
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