高知県の狛犬
各地の一の宮 総社を称する神社 延喜式内社



恵美須(えびす)神社

13.07.07
(高知県高知市南はりまや町一丁目)
有名なはりまや橋を少し南下した住宅街に鎮座しています。小さな神社で由緒等は不明ですが、高知港に近いことから、大漁祈願や海上安全の社であろうと思われます。ご利益により、当日は美味いカツオを堪能しました。
狛犬は九州では全く見かけることのないタイプです。尾は太い毛束の渦を中心に、ボリュームのある扇状を呈し、見応えがあります。顔立ちも体つきも無骨ながら、彫刻は繊細でよく彫りこまれています。大正12(1923)年の作です。


高知八幡宮(こうち・はちまんぐう)

13.08.01

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(高知県高知市はりまや町3丁目)
当地の豪族大高坂(おおたかさ)氏が現在の高知城の前身となる大高坂城を築城の際、当社を勧請しました。南北朝時代に大高坂氏の滅亡と共に城も廃城となりましたが、当社はその後、藩主山内氏の崇敬を受けました。
@出雲型蹲踞に似た狛犬で、明治34(1858)年銘です。口腔は彫りこまず、尖った舌が上アゴに着くタイプです。110aと大柄で、重量感があります。
AC特に変わったところのない現代岡崎型です。
B関西風の趣のある狛犬で、57a高の中型犬です。アは小玉を噛み、14もの鋸歯列が並んでいます。奉納銘は「昭和31年、百足屋足袋株式會社」です。時代を感じさせますが、この会社は現在も健在らしく、なりよりです。


多賀(たが)神社

13.08.28


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単立の狛犬

伊弉諾尊を祀っています。慶長6年、山内一豊公が土佐藩主として入国にあたり、近江国長浜城主当時に尊崇していた多賀大社を勧請しました。彼の夫人は内助の功ある人で、「山内一豊の妻」のエピソードはつとに有名です。
@体高74aと大ぶりな現代岡崎型です。台座には「大正4年」とあるものの、狛犬は最近作なので、狛犬の更新の際に古い台座を再利用したものです。
Aウンだけの狛犬です。趣向が凝らされた流麗な作品ですが、全身にひび割れと表面剥離があり、脆い石質らしいので、アの方は破損してしまったのでしょう。なお、@の台座とは石質が違っており、その「先代」ではないようです。
(高知県高知市宝永町8-36)


神明宮(しんめいぐう)

13.09.21


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神明宮は伊勢神宮と同じ、天照大神と豊受姫を祀る神社です。由緒によると、寛永8(1631)年に勧請されました。火災に遭うなど曲折を経て、今日まで尊崇され続けています。高知八幡宮の南にあり、南面して鎮座しています。
(高知県高知市はりまや町3丁目14番4号)
@鳥居の脇の狛犬です。出雲式に近い形をしており、顔立ちなども出雲式を参照したらしく思われます。昭和6(1931)年、廿代町に住む大阪府出身者の奉納です。廿代町は「にじゅうだいまち」と読み、現在も存続している由です。
A雰囲気的に@とは近い系統と思われます。昭和5(1930)年の奉納であり、時代も近接しています。盤を自然石風に仕上げ、前部を盛り上げる岩狛風の造りです。ウンは大きな子獅子を腹下に抱いています。力強い作風です。
B小型の狛犬で、現代岡崎型風の造りですが、顔立ち、尾の形など@やAの特徴を再現しようとしている様子が窺え、おざなりな感じではありません。


八坂(やさか)神社

(高知県高知市南はりまや町2丁目14-4)
町の中にひっそりとたたずんでいる風情の小さな神社です。白木の鳥居は北面していますが、社殿は境内の奥で左向き、つまり東面して建っているのであり、ちょっと珍しい配置です。立地上の制約によるものでしょうか。
狛犬は60a足らずの小型犬ではなはだ風化しています。ウンの顔面やアの前肢は大破したらしく、補修痕が痛々しい限りです。毛並みも長く顔立ちも厳めしくて、本来は立派な姿だったでしょう。尾は極太の扇状です。