太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)

讒言によって太宰府に流された菅原道真は、都へ帰ることなくこの地で亡くなりました。延喜3(903)年のことです。生前は太宰府政庁の南方の榎社(えのきしゃ)で過ごし、没後はこの天満宮に葬られました。その後都では落雷の被害が相次ぎ、祟りを恐れた朝廷は道真の名誉回復を行いました。この狛犬は楼門前の明治39(1906)年のものです。大柄に見えますが、実際には80a高です。鎌倉風ですが、顔立ちには筑後タイプの面影が宿っています。
(福岡県太宰府市太宰府) 
参考:下記東照宮


左:五條(ごじょう)天神社、右:花園(はなぞの)稲荷神社

本人のコメント:
左:五條天神社(東京都台東区上野)
東京は上野で狛犬を撮ってきましたので送ります。上野の五條神社です。薬の神様とのことです。正面の狛犬は「阿(ア)」が魚か動物みたいなものを押さえ込み、「吽(ウン)」は毬を押さえています
右:花園稲荷神社(東京都台東区上野)
裏門は隣接する花園稲荷と共同で、こちらもかわいい狛犬が苔むしてました。
狛太郎のひとこと:
五條神社
の祭神は大名貴(おおなむち)命と少彦名(すくなひこな)命で、共に出雲系の神様です。大名貴命は別名ダイコク様で、因幡の白兎を治療したことから、医薬の神として崇敬されているのです。狛犬は紛れもなく江戸風です。アが子取り、ウンが玉取りの意匠で、非常に繊細な細工がなされています。
花園稲荷の狛犬はどうも狐っぽいですね。顔の尖り具合がまるで狐なんですが、それ以外は狛犬そのものです。狐の尾は普通もっとふさふさですし、大抵の場合巻物をくわえているものです。それに耳がどうしても狐ではありません。稲荷神社なので狐の影響を受けた狛犬、と結論づけておきましょう。


東照宮(とうしょうぐう)

本人のコメント:上野公園にある東照宮です。日光とくらべるとこじんまりとしてますが、社殿はりっぱなものでした。正門の右側は左甚五郎の作だそうです。狛犬は筋骨隆々のマッチョタイプでかっこ良かったです。
(東京都台東区上野)
狛太郎のひとこと:東照宮は徳川家康の霊廟で最初日光に祀られ、その後慶安4年に上野山にも祀られました。狛犬は堂々の鎌倉彫刻風です。これで「兄弟」が何組か揃いました。いずれ「兄弟特集」ができそうです。
参考:代々木八幡 福岡護国神社 大宰府天満宮


竈門(かまど)神社

本人のコメント:今日は太宰府に行く機会があり、せっかくなので神社へも寄ってみました。「大宰府」の鬼門の守り神で、古くから信仰を集めている由緒ある神社のようです。狛犬は体格の良い部類に入るのでしょうか?
(福岡県太宰府市内山)
狛太郎のひとこと:竈門神社は宝満山の麓と山頂にあり大宰府の鬼門の守りとして、天智天皇の時代に創祀されたと伝える古社です。秀麗な山容で親しまれるこの山は、修験道との関わりの深い霊山でもあります。狛犬はバランスのとれた造形とあか抜けた表現で、近年ウエイトを高めつつある岡崎(愛知県)タイプです。


式部稲荷(しきぶいなり)神社

本人のコメント:竈門神社の敷地内にある稲荷神社です。実は先日の護国神社にも稲荷神社がありましたが、ごく小規模でした。ここの式部稲荷はなんと、狛狐?がいたので驚きました。これって、珍しいのでしょうか。それにしても神社の中に稲荷神社があるのは素人目には不思議でなりません。
(福岡県太宰府市内山)

狛太郎のひとこと:稲荷神社の祭神は倉稲魂(うかのみたま)命といい、食物の神です。この神の使いは狐とされるので、稲荷神社には狛犬のかわりに狐のアウンが安置されていることが多いのです。また神社の中に神社があるのは、摂社または末社といって、主たる神社に関係の深い別の神を併せ祀っているものです。その組み合わせは各神社の縁起由来によるものであり、固定的ではありません。


北谷竈門(きただにかまど)神社

本人のコメント:狛犬命(?)のへのです。ご報告いたします。またもビジュアル系狛犬です。今日(2月1日)「凍る滝」で有名な三郡山・難所ヶ滝を見に登りました。これがスゴイ!すごくスゴイ!ああ感動!!で、下山後、腹が減ったと、とある蕎麦屋へ向かう途中に神社発見!早速狛犬を観察。
すると雷山同様のビジュアル系狛犬でした!美しいbut耐久性は??俗に「発見する狛犬は見つける人に似る」と言いますが、格好から入る私にピッタリの狛犬でした・・(^_^;)
(福岡県太宰府市内山北谷)
狛太郎のひとこと:山麺日記は驚愕しながら拝見しています。さて、いただいたのはめんそ〜れさんと同じ神社ですが、ここは遙拝所(離れた場所から拝む)に当たります。狛犬も同じ岡崎系です。このタイプはひとつの確立された完成形ではありますが、どこか工業製品的な趣があり狛犬鑑賞界ではいまいち人気がないのです。なお、へのさんがビジュアル系かどうかの判定は他に委ねることにします。


天満(てんまん)神社

本人のコメント:場所・・・小城町正徳町。
神社の名前は不明。鳥居に天満宮とだけかいてありました。町の中に地味に佇む神社の割には立派な狛犬がいます。狛犬の特徴・・大きさは中型。アが異常に大きく口を開けているのが笑えます。製作年月日は明○二年と読めますが、○は不明です。
(佐賀県小城郡小城町正徳町)


狛太郎のひとこと:神社の由来は分かりませんでしたが、正徳町の町名が正徳時代に因むのだとすれば、江戸中期に成立した由緒ある町ということになります。
さて狛犬は立派なタロウです。ただこれは異常に大きく口を開けているのではなくて、口吻部が欠損しているのです。ウンから想像するに、アもさぞかし凛々しい顔立ちだったと思われるのですが、残念ですね。明○は明暦、明和、明治の3つがあり得ますが、狛犬の様式から明治2(1869)年と推定するのが相当でしょう。


香椎宮(かしいぐう)

本人のコメント:またまた・・・。狛犬ぞっこん!のへのです。先週末、小学生時代を過ごした福岡市東区の香椎をウロウロしました。ここ香椎宮は、写生大会でよく来た神社です。で、ここのコマちゃんは「小顔」。勝手に命名「安室系」。前足の太股より小さい・・・。まぁビックリ!
(福岡県福岡市東区香椎)
狛太郎のひとこと:香椎宮は神功皇后が、この地で崩御した夫・仲哀天皇を奉斎した宮を起源とします。狛犬は上記大宰府天満宮、東照宮などと同系で、またも新たな兄弟発見ということになりました。この系統は小顔と筋肉隆々が特色とはいえ、これはまた極端なほどの小顔ですね。体躯を大きく見せる造形上のテクニックなのでしょう。どっしりして悠揚迫らぬ雰囲気に風格があります。


四所(ししょ)神社

本人のコメント:静かな集落に存在する神社です。福岡市とは言え、今津湾の向こうの糸島半島に位置します。その昔、元が攻めてきて上陸した地です。ここでも、何かあったんでしょうか?他に戦争に出兵された方の名前と「○○君、萬歳」と書いた大砲の絵などが飾ってありました。いろんな時代を見てきた狛犬なのでしょうか?でも、そんなに古そうには見えませんね。
(福岡県西区元岡桑原)
狛太郎のひとこと:糸島は卑弥呼の時代に「伊都国」として栄え、魏志倭人伝にその名を残しました。この桑原地区からは貝塚や縄文晩期の人骨なども出ており、有史以前から人々の営みが続いてきた場所のようです。狛犬は引き締まった体格で敏捷そうですが、一方、渦が上腕部近くまで分布する長髪で、装飾的意図が強く感じられます。それは尖った耳先にも表れています。欠けやすい尖端部は作らないのが普通なのに、この石工はどうしてもデザインを固守したかったのでしょう。


飯盛(いいもり)神社

本人のコメント:次は飯盛神社です。ここは飯盛山の登山口に存在します(へのさんがよく知ってます)。結びの神様として有名です。「人生すべて、みな良縁」がうたってあります。ここは年中明るい社で、平日でも参拝される方が多いそうです。10月9日の流鏑馬が有名です。ここに流鏑馬の宗家があるそうです。10月9日はオイラの誕生日でもあります(笑)。重要文化財もあったり、文殊堂もあったり、湧き水もあったりで、楽しい社です。(福岡県福岡市西区飯盛町)
狛太郎のひとこと:神功皇后が三韓を平定されたときに、イザナミ命を奉斎されたのが始まりといい、縁起を極めて古い時代に求めています。中世には神宮司を擁する大社で、郡の宗廟でした。狛犬は筑後型を思わせる顔立ちと体つきですが、典型的ではありません。四所神社の狛犬とはあまりにも作風が異なるので、福岡市西部ではどちらが標準的なのかまだ判断はできません。


八剣(やつるぎ)神社

本人のコメント:上々の天気につられて狛犬探訪♪大丈夫なんかいな?と不安になるような山の奥に入って行くと、思わぬほど立派な神社に行き当たりました。
灯籠狛犬を含めると、全部で六対ものワン子がいました。驚きです(^0^)
@明治10(1877)年A文政8(1825)年B安政6(1859)年
C慶應元(1865)年D明治10(1877)年E弘化3(1846)年
(福岡県鞍手郡鞍手町立林)
狛太郎のひとこと:これは見事ですね。6組もの狛犬がある神社は、そう滅多にあるものではありません。さすがに古参の弟子だけあって、鼻が利きます。さていずれも幕末前後の一群ですが、それぞれ個性にあふれています。@の牙がとんでもない所から生えていることや、Dの毛むくじゃらさ加減など、石工がこれでもかと独創性を発揮した様子が目に浮かぶようです。Aのちっとも恐くない憤怒相には、思わず笑ってしまいました。Dはどちらもクチを閉じていて通常のアウンとは異なりますが、左側の像には一角がありこれがウン像のあかしということになります。石質もまちまちで、特質を生かした細工がなされているようです。
Eは当地でお馴染みの、直立と倒立の灯籠狛犬の一対です。


@甘南備(かんなび)神社、A勝宿(かしゅく)神社
B住吉(すみよし)神社

本人のコメント:
@甘南備神社 私の家のすぐ側の長崎自動車道の北側にあります。鳥居をくぐり15mほどの石段を登ると、阿吽(あうん)の狛犬が出迎えてくれます。大きさは割りと小柄のわりには、顔の表情は険しく、猛々しい感じがします。
(佐賀郡大和町久池井)
A勝宿神社 長崎自動車道の直ぐ下あたりに位置するこの神社は、かつて佐賀北部の豪族であった【神代家】を奉ってある神社で、敷地の右側(向かって東側)には清流が流れ、大きな木に囲まれた荘厳な神社です。お社と神殿の間の通路に鎮座している狛犬は、割と小柄で低い位置に置かれ、外からは見えないようになっています。前足を畳み背伸びをしているようで、格好はユーモラスな感じですが目は吊り上がり、ギョロッと睨み付けられているような感じがします。
(佐賀市久保泉町川久保)
B住吉神社 えっ!!こんなところに神社が〜!!というようなところにありました。狛犬は阿吽とも前足をピンと張り、大きくクチをあけて威風堂々としています。苔むした感じはその歴史の深さを物語っているようです。普段何気なく観ていた狛犬が、こんなに表情豊かで、威風堂々としていたのかと感心させられます。
(佐賀市金立町千布)
狛太郎のひとこと:麺喰さん、ようこそ。お待ちしてました。背振山系の裾にあたる、一連の神社群を撮っていただきました。佐賀では最も古い歴史に彩られた一帯です。
@「かんなび」は神奈備とも書き、神霊が降臨する霊山などを指します。当社では背後の春日山がこれに当たります。狛犬は小柄ですが凛々しい顔立ちです。脚の下を彫り抜かないのは強度の関係でしょうが、それが重量感を演出し小ささを補う効果となっています。
A佐賀戦国時代に竜造寺隆信と覇を競った一方の雄、神代勝利を祀ります。屋根や軒の木組が美しい本殿は、佐賀市の重要文化財に指定されています。狛犬は本殿前に置かれた伸びやかな姿勢の純正タロウで、年代は不明ですが江戸後期前後と想像されます。
B住吉神は海神ですが、どうしてか山裾に近いこの地に祀られています。狛犬は胸幅の広いがっしりした体格です。アゴが大きくいかつい顔立ちで、岩狛全盛の当地では少数派の「蹲踞」タイプです。前肢が台をはみ出し、角を掴む様子にも力強さがうかがえます。


玉村(たまむら)八幡宮

本人のコメント:かなり立派な八幡宮で、狛犬もいい顔しております。目玉になにか装飾がしてあるように見えた(色ガラスがはいってる!?)のですが、気のせいでしょうか?
(群馬県佐波郡玉村町下新田)

狛太郎のひとこと:いい天気ですね。狛犬はこういう日に撮りたいものです。
さて玉村八幡宮は群馬でも有数の神社で、建久6(1195)年の創建です。武門の崇敬が篤く、将軍家や藩主酒井家からたびたび寄進を受けています。狛犬は江戸前で、繊細な装飾が魅力的です。目のガラス象嵌は滅多にありませんが、例はあります。これがどうであるかは、残念ながらよく分かりませんでした。


乃木(のぎ)神社

本人のコメント:入口と中に入ったところの二ヶ所に、計2対を発見。どちらも堂々としていて「江戸!」って感じでかっこいいです。後半(右側写真)の狛犬の尾が面白い造形だと思いますが、師匠これはどこ風なのでしょうか?
(東京都港区赤坂)

狛太郎のひとこと:日露戦の英雄・乃木大将の名を知る人も少なくなりました。明治天皇に殉じて自刃した乃木夫妻は忠節の人と崇められ、ついに祭神として祀られることになったのです。狛犬はいずれも筋肉隆々のブロンズのような趣で、江戸というより西洋風です。右のは切り揃えた髪や渦のない尾など、飾り気の少ないすっきりした造形です。どっしりして悠揚迫らぬ風情がいいです。なお、この尾は作者の独創であり、分類はできません。しいて言うならエジプト風とでもしておきましょう。


天満宮(てんまんぐう)

本人のコメント:ここは小郡市津古駅と筑紫野市の境にあり、少し前に撮影した下高橋城からそう遠くはないところです。(車で10分ほど)。境内は広く、子供の遊び場にもなっているようでした。ここにも「大東亜戦争慰霊碑」が有りました。やはり戦争で亡くなった方は、神になるといわれていたためでしょうか?こんな小さな集落でも、出兵された方がいたんですね。社を知れば知るほど、何も知らない自分が小さく見えます。
(福岡県筑紫野市西小田)
狛太郎のひとこと:慰霊塔自体は冷たい石の構築物にすぎませんが、そこに刻まれているのは様々な思いを抱いて散った若者達の名前です。「自分が小さく見える」という狛円君ですが、逆にそれだけ大きくなられたのです。狛犬は筑後系です。逞しい体つきと顔立ち、ややクローズドな足位置などでお馴染みですね。この狛犬は、いったい何人の人達を見送ったのでしょうか。心なしか寂しげでもあります。


蒲田八幡(かまたはちまん)神社

本人のコメント:こんにちは、てんもりです。東京出張の折り、新たな写真を撮りましたので送ります。(東京都大田区蒲田)
狛太郎のひとこと:出張が多くてご苦労さまです。でもそのおかげで「狛犬天国」としては、多彩な狛犬が掲載でき嬉しい限りです。当社は慶長8(1600)年に、宇佐八幡宮を勧請しました。狛犬は江戸風の美しい仕上げで、眼球にヒトミも表現されています。これでもっと足が長ければ、と思わず吹き出しそうになる一品です。昭和36年作。


(左)天祖神社、(右)御園神社

本人のコメント:
天祖神社:ここのわんこは、親子連れです。私的には初めて見るわんこで、造形もたくましく好きなタイプです。子わんこがかわいいです。
良く見ると目の彩色が薄く残ってました。
御園神社:時間がなく、わんこだけ撮影しました。
狛太郎のひとこと:天祖神社は蒲田八幡神社の境内末社です。狛犬の風貌や細工は典型的な江戸型で、またこのタイプによく見られる「子取り」です。一方、御園神社のものは「玉取り」です。狛犬の姿勢に変化を付けるための工夫なのですが、現実の動物に近い印象となり、親しみを感じますね。


浅草(あさくさ)神社T

本人のコメント:雷門で有名な浅草寺の裏手にある神社です。ボブ・サップみたいな円い顔をしたわんこです。自然石を組み合わせた台座の上で、ワイルドな風貌で大きなわんこです。かなりな威圧感でした。
(東京都台東区浅草2)
狛太郎のひとこと:三社祭で知られる神社です。てんもりさんのご感想は左の狛犬に対するもので、勇壮な祭りに似つかわしい貫禄です。台座には巨大な自然石が積まれており、そこに「山川町大工・虎五郎」と大書されています。まさに「江戸っ子だい!」という感じですね。狛犬も繊細さが持ち味の江戸モノの中では、かなり豪快な造りです。右はブロンズ風の造りで、鎌倉彫刻の流れを汲む造形のようです。


宮原両(みやのはるりょう)神社

     上左:境内西入口の狛犬
     上右:社殿前の狛犬
     下左:拝殿の床上の狛犬

    *小国両神社ともいいます*
本人コメント:今日、仕事で熊本県小国町へ行きました。かねてから気になっていた両神社へ行ってみると、ナント狛犬が本殿前と本殿板間にそれぞれ鎮座されているではありませんか・・。これって、よくあるスタイルなのでしょうか?だんだん狛犬ワールドに引き込まれていく自分がコワイ・・・。
(熊本県阿蘇郡小国町宮原)
狛太郎のひとこと:主祭神は阿蘇神社系の高橋大明神、雨宮大明神で、杖立川のほとりの森に囲まれて鎮座しています。狛犬は3組あり、入口のものは筑後系と遠賀系の特徴を併せ持っている感じです。社殿前の一対は岡崎系で玉取りと子取り、拝殿床上のものはブロンズで鎌倉彫刻系と、三者三様の特色を競っています。


祇園宮(ぎおんぐう)

本人のコメント:今回は鳥栖市田代新町の「祇園宮」です。ここは街中にあるんですが、境内は広く、社も大きいです。ここの狛犬は、口をあけてる「あ」のほうがとても可愛いです。つい、狛ちゃんと呼びたくなります。「うん」のほうもなかなか可愛いですけど・・・。
2匹とも丸くてすきです。
(鳥栖市田代新町田代)
狛太郎のひとこと:祇園宮は八坂神社の別名です。八坂神社の祭神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、祇園精舎の守護神・牛頭天王(ごずてんのう)と同一とされているのです。狛犬は典型的な筑後系ですね。しかし顔の表情には、独特の個性があります。アの口の開き方が極端で、実にケッサクです。また眉と目元の表現にも、ちょっと他に見られないものがあります。足位置はクローズが多い中で、オープンスタンスにして特色を出していますね。個性を重視する石工なのでしょう。


菅原(すがわら)神社

本人のコメント:こんにちは、てんもりです。
秋田県男鹿半島の狛犬たちの画像をおくります。菅原天神、道際にひょっこり現れた神社です。菅江真澄という人を奉っている神社みたいです。もちろん大宰府との関係は深いと思われ、紋は梅鉢です。わんこは蓑をかけられていて、体つきはわかりませんでした。
(秋田県男鹿市脇本字七沢)
狛太郎のひとこと:天正年間(戦国時代)に男鹿の総社だった由緒ある神社です。狛犬は素晴らしいです。雪の残る社頭に蓑を着て佇む様子は、九州では見られない風情です。顔立ちも古武士っぽくて味わいがあり、厳しい風土に耐えてきた風格を感じます。雪の深い日、そっと蓑を着せ懸けた地元の人の心情にも心打たれます。
なお、菅江真澄は江戸時代の旅行家であり、奉られているのではなくて立ち寄った記録があるということかと思われます。


真山(しんざん)神社 (右は籠もり堂前)

本人のコメント:続いて、真山神社です。ここは、なまはげ伝説の発祥の地でした。本参道のわんこは非常に新しいものでしたが、奥にある菅江真澄の夜籠り堂のものは古いみたいです。
(秋田県男鹿市北浦)
狛太郎のひとこと:景行天皇の時、武内宿禰(たけうちのすくね)が当地を訪れて邇邇杵命(ににぎのみこと)を祀ったのが当社の始まりとされます。参道の狛犬は新しいということですが、九州には見られない個性があります。また籠り堂前の一対には、顔立ちからも古さがうかがえます。周囲の雪が狛犬の置かれた過酷な環境を表しています。下は「なまはげ」の面です。初めて見た人も多いのではないでしょうか。


日枝(ひえ)神社

本人のコメント:続いて,ある集落内で見つけた日枝神社です。ここのわんこも蓑をかぶっていて,吽の顔が見れませんでした。
(秋田県男鹿市滝川字三森)

狛太郎のひとこと:秋田の狛犬は、どれも鋭い目つきが印象的で、エキゾチックな顔立ちです。そしてこの顔と蓑がよくマッチしています。やはりその風土で育ってきた、独特の個性というものが実感される作品群です。


阿蘇(あそ)神社

本人のコメント:熊本県東陽村河俣地区にある阿蘇神社です。阿蘇神社ってあちこちにあるのですか?石灯籠の上のわんこがかわいく、持って帰りたいほどでした。川沿いにあり、参道脇に保育園があって、ほのぼのとした神社でした。
(熊本県八代市東陽町河俣)
狛太郎のひとこと:阿蘇神社の祭神の健磐龍(たけいわたつ)命は、初代神武天皇の孫です。阿蘇君、火君、大分君などの祖に連なる神で、熊本では広範囲に分布しているようです。狛犬は大正12年の作品で、尾や髪の毛並みが美しく表現されています。また歯並びがとてもいいです。灯籠(右)の方は、直立と倒立の一対です。このパターンは、普通の狛犬では遠賀地方以外ではあまり見かけませんが、灯籠の場合にはむしろ一般的です。小さくても詳細に造られており、可愛いですね。
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