越前の上河瑞村につたわるもので、むかし五郎兵衛さんの家に家宝としてつたわってた汚くて古いどんぶりばち。先祖代々天井に秘め置いていたそうですが、五郎兵衛さんの家の経済がどうにもいかなくなってしまいうるものも無くなり、ついにこれを売ることに。
これをなかなか趣きのある古色のどんぶりばちだ、と源右衛門というひとが買ってくれたのですが、家に帰って「どのくらいものが入るかな」と水を試しにそそいでみたところ、中に描いてある鯉[こい]の絵が動き出して跳ね上がったんだトカ。
「これはすごい宝だ、五郎兵衛はこれを知らなかったろう」と、源右衛門が五郎兵衛の家にこれを返しますが、これを聴いた五郎兵衛が自分の家で水をはってみても、鯉はピクリとも動かず絵のまま。「この丼があの家に行きたがってるのじゃろう」と、再び売り返したんだトサ。
☆ 莱莉垣桜文 附註
このはなしを記した中村九堂の「丼の奇瑞」という記事によると、この丼鉢はこわれてしまったため昭和10年代の時点で、すでに現存してなかったことが知れます。惜しい。
和漢百魅缶│2012.06.10
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