むかし、但州のあるお寺にいた道幸[どうこう]という僧侶が、「魔物がでる」と噂されてた寺の裏山に本当にそんなもんがあるのかどうなのか確かめにゆくことに。入ってみても何も起きなかったので「気の迷いだったんじゃろう」と、山に行った証しに木の皮を削って下山しようとすると、ふしぎと辺りが真っ暗になって嵐が起こり「こたびは許すとも、ついには命はあるまじ」と不気味な声が。
すると、その四五日後、夢のなかに1寸ぐらいの大きさの立派な衣冠をつけたひとと供ぞろいたちが現れて、「今日よりそのほうの命を毎日毎日ちぢむるなり」と告げると、しもべに鋤鍬[すきくわ]を使って道幸の耳の中からあぶらみたいなふわふわしたものを掘り出させます。道幸は「……これは何だろう」と思っていましたが、その後、毎夜毎夜ふわふわを掘り出されるたびに道幸は痩せてゆき、2ヶ月後に死んでしまったんだトカ。
☆ 莱莉垣桜文 附註
『新説百物語』にあるはなしで、元文のころ(1736-1740)の事としてあります。魔所などおそれるに足りぬと言って乗り込んだひとが襲われる話のひとつで、耳から何かを掘り出すのは面白い型。
『新説百物語』曰
「我は此山のうしろに住むものなり。先日はおもひよらず登山いたされけれども何の風情もなし。そのかはりに今日より其方の命を毎日毎日ちぢむるなり。其ため我等来たりたり。明夜よりは下官どもかはるがはる来るべし。先[まず]今夜より命をちぢめよとて下役と見へし一寸ばかりの男ちいさき鍬と鋤とを持ちて二人耳の穴よりはいりしばらくして何やらむしろきあぶらのやうなるものを指さきほど持ち出でたり」
和漢百魅缶│2012.06.29
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