cheap the thief   2001 christmas


 家の中では暖炉が今もまだ温もりを作りつづけているというのに。

 窓を開けただけでこんなにも寒い、と少し大げさにプラチナは身をすくめた。

 今夜はちょっぴり特別な日。



 彼は無神論者(だと思う)だし、もしかしたら今日が何の日なのかも知らないのかもしれない。

 でもこんなにも月が近く見える夜。知らなくたってきっと彼はやってくる。



「朝まで待ちきれなかった」なんて、甘ったるいコトバを口にしながら。







 もうすぐ時計の針が今日の終わりを告げる。


 世の中が寝静まる頃が彼の仕事始め。


 ひっそりと静かなアタランテの夜空に、よく見ると時々素早く動く影が見える。




 今日はそれがまだ見えないけど、なんだかわからない確証めいたものがあるから、プラチナはこうして窓を開けて待っているのだ。



 いつ彼がやってきてもいいように。






 別に特別な用意はしていない。


 いつもと同じ夜のように。


 それでも彼が来てくれるなら、なんだか不思議な気持ちがして。




 クリスマスなんてしょせんお祭りごと。

 毎年決まりきったように教会のミサに行って、帰ってきてパパとご馳走を食べて。
 実はそんなに楽しいものでもなかった。

 色々な空想を巡らしながら、プラチナは星空を眺める。






「風邪ひくよ」






 しくじった。思えば夜に普通にやってくるなんてこと、今までだって一度もなかったのに。


 振り向いたら間違いなく彼の顔がある。


 赤くて長い三つ編みがある。



 プラチナはあえて、振り向かなかった。



「平気よ。部屋の中は暖かいもの」
「でも冬場にそんな薄着はどうかと思うけど。ほら」



 てっきり抱き締められるだろうと踏んでいたプラチナは、よけようとして呆気に取られた。

 今日の彼はやけに紳士だ。


 そうでなければ、プラチナのために自分の上着をわざわざ持ってきたりはしないだろう。




「着てろって」

「年中ノースリーブのあなたもどうかと思うわ・・・」

「イタイこと言うね・・・」


 とは言いつつも、その上着をプラチナに羽織らせた彼こと世紀の大泥棒シオン・アスターは、そのままどっかりと窓のレール部分に腰掛けた。



「そんなとこいないで中に入ったら?」
「いつもだったら入ると怒るくせに」
「そう? じゃあいいわ」


 プラチナの言葉に露骨に落ち込むシオンがなんだかおかしくて、プラチナはこらえ切れずに笑ってしまった。



「なんだよ」

「なんでもないわ」



 シオンが今まで本当に求めていたものは。



 決して値の張るお宝ではなく。


 幼い頃に両親を亡くした子供ならば、誰でもが憧れるもの。




 プラチナに感じるそれは決して家族の愛ではないけれど、それでも確かにシオンの安らげる、大事な場所のひとつだった。


 となりでころころ笑うプラチナが可愛くて。



 いつもみたいな遊びの恋なら、ここで簡単に抱きしめて、口説き落とす事は造作もないことだけれど。


 そんなことをして嫌われたくはないから。





 今一番大切にしたい時間。







「ああ、そうだ。ちゃんと用意してきたんだ」
 どこに隠し持っていたのか、シオンは小さなクリスマス・ツリーを取り出した。

「どうしたの?それ」
「あ、これは盗ってきたやつじゃないんだ。そこらへんに生えてたもみの木を参考にして、レプリカ作ってみたんだけど」
「あなたが作ったの?!」
「ああ、だからあんまり見栄えとかよくないけど・・・」


 そのツリーを手にとったプラチナは、子供のように喜んで。


「いいの!嬉しいの!」

 私が飾り付けしてあげるわ、と無邪気に笑った。

「あなたが作ったツリーに飾りつけできるなんて、素敵」

 あまりにもツリーを溺愛するものだから。

「・・・他にも、あるんだけど」
「まだあるの?」


 プラチナは絶対仕事で盗ってきたものは受け取らないだろうから。

 こんな日だから。特別だから。


 思わず手作りのプレゼントなんかして、ひとり舞い上がってしまう。


「うそ?!うそみたい!」
「・・・これは別に手作りじゃないけど」

 そこに広げられたのは大きな大きなクリスマスケーキ。
 なんとも彼には不釣合いな。

 それでも何食わぬ顔で広げるものだから。


「どうしたの?」
「うん?だってキリスト生誕だろ?」
「見知らぬ人を祝うのがあなたの流儀?」
「あれ、そーいうこと言う」
「内心ミサには飽きちゃったもの。でも賛美歌は好きだわ。そこの教会の聖歌隊は本当にうまいんだから」

 それよりケーキはどうしたの、とプラチナは自分の顔より大きいケーキを見下ろした。

「・・・信じないかもしれないけど」
「なぁに?」
「・・・女狐に貰ったんだ」
「・・・うそばっかり」
「だから本当なんだって」


 それは今から一時間ほど前の話。

 こんな街じゅうが浮わついた日に、年中浮わついた女に会いたくなんかなかったのだが。

「あら、やっぱり今夜はデートなのかしら」
「うわ・・・」

 顔を合わせたくなかったから、思わず回れ右をしてしまったのだけれど。

「坊や、もしデートだったらお願いがあるんだけど」
「お前なぁ、二度とプラチナには近づくなって言ってんだろ!!!」

 以前フォクシーによって、シオンがプラチナの信用を失いかけた事があった。
 それ以来、シオンの警戒網は激しくなったのだった。

「違うわよ。これ」
「・・・は?」
「見てわからないの? ケーキよ」
「いや、それくらいわかるけど・・・」
「ちょっと手違いで受け取っちゃって、困ってるんだけど」

 サングラス越しのあの笑顔が見えた。
 何か裏でよからぬことがあるのを安易に想像は出来たが、怖くて聞くことはできなかった。
 それと同時に、受け取らなければならないほどの恐ろしい気迫も見た。



「まぁ、色々あるけど。いいじゃん」
「でもこんなの食べきれない」
「・・・そっか。ここに残してくのもマズイよなぁ」

 残ったのはなんとかするから、とシオンが器用にケーキを切り分ける。



「泥棒さん」
「ん?」

「サンタクロースは夜中にやってくるの」

「そうなんだ?」



 やっぱり彼はよくクリスマスを知らない。


 まぁ、こんなこと、後々の人間が決めた戯言なのだろうけど。




「だからね、明日またいつものようにここに来てね? きっと泥棒さんの分のプレゼント、サンタさんが届けてくれるかもしれないから」


 そんなこと言いながら、テーブルの上にはきれいに包装された包みが堂々と置いてあるのに。
 でもそれには触れないで、「楽しみにしてるよ」と言った。


 無神論者もはしゃがずにはいられない、昔の人の誕生日。

 大騒ぎしなくても、ふたりで寒い空を見ながら祝うのも、悪くないかな、なんて。



 ケーキ一切れをふたりで食べたあと、無神論者は暖かい気持ちで冷たい寝床に帰っていった。




(2001クリスマス)



なんか絵になぞらえて書いたらまとまりのない文になってしまった。
まぁクリスマスということで。
しかしキリスト教の方、もし見ていたらどうしよう。
いかんせん管理人は無神論者なのです。でも都合のいいときは「神様仏様」です。
なんか怖いなぁ・・・。これこそほんとにクリスマス限定だよ(^^;