小さいころ、パパが大好きだった。
毎朝毎朝、おっきな背中に大きく手を振っていってらっしゃいを言うのが日課だった。
あたしを見るたび抱き上げて、愛しそうにキスしてくれるのが大好きだった。
でもあるとき、そのおっきな背中を見送ったまま、帰ってこなくなった。
ママは死んだ。
最後の言葉は、“何があっても男は信じるな”。
そしてそのいいつけを守らなかったあたしは、パパのようなおっきな背中の男に恋をした。
その背中には、大きく黒い蝶々のタトゥーがあった。
抱かれるたびに指先をその背中に這わせ、なぞるように蝶々を確かめるのが日課だった。
幸せだった。何も考えなくてよかった。
あるとき、いつもと同じように同じ夜を過ごして、目覚めたときとなりにその体温がなくなったことに気付くまでは。
「へぇ、女狐も感傷的になったりするんだ?」
「…!」
いつもの小洒落たオープンカフェで、いつもと同じ席で。
でもそこに座るいつもと同じ女性は明らかに様子が違い、その赤髪の少年は思わず自分から声をかけた。
いつもは絡まれるのが嫌で、身を隠すようにこそこそ通り過ぎるのに。
いっぽうその女狐は、不意をつかれて、何も言い返せなかった。
子供のころの思い出ほどいやなものはない。
それでも忘れられずに、ずっとずっと胸の中に消えずに突き刺ささったまま。
「ま、俺にはカンケーないけど」
結局話も弾むこともなく、シオンが踵を返しかけたとき、フォクシーは思い出したように切り出した。
「坊や、あの嬢ちゃん」
「プラチナには近づくなっつったろ!」
少年らしさのかけらが残っていたさっきまでの声とはうって変わって、ひどく冷たい声で怒鳴りつけた。
しかしフォクシーはまったく気にしない様子で。
「捨てんじゃないわよ」
「…?」
捨てられたもののかなしみ。
この母にしてこの娘あり。
目立つ瞳の色は、生まれつき周囲の人々から煙たがられた。
それでなくても派手な風貌の母。
でもそれでもどんなに辛くても苦しくても、なんて誇らしい生き方をしていたろう。
母と娘ふたり、涙を分け合って生きた幼い頃の記憶。
健気な母を、周囲の人間と同じように煙たがって捨てた父。
ひとりのおとこに捨てられたくらいで、弱音吐いちゃいけない。
ひきずっちゃいけない。
未練なんて、思うからいけない。
「別れるときだってちゃんとしなさいよ。ハッキリしないの、一番つらいんだから」
人生のちょっと先輩のその女狐は、振り返ることなくその場を去った。
守らなきゃならないもの、決められたルールやぶるのが得意だった。
群れるのがいやだった。
流されたら、それで終わりだと思った。
…みたいな。姐さんにはいつだって自分の流儀貫いて欲しいです。じゃなきゃ姐さんなんて呼べん。
ぶっちゃけキャラ忘れて、シオンが頭の中でリョーマきゅんの声でしゃべってました。
リクエストした人さえリクしたことをもはや忘れているだろう今ごろに再アップ。