cheap the thief



 雑貨店の店の大きい棚の前で。
 明らかにそのカントリーチックな店の雰囲気に不似合いな女性が1人、とても難しい顔をしている。

 目の前に憧れの人が居るというのに、これじゃあ声もかけられない。
 本当は、今すぐにでも、デートの約束を取り付けたいところなのに。

「なんだよ女狐、なに難しい顔してんだ?」

 突然やってきた来客によって、彼のセリフも泡になって消えた。
 とは言うものの、実際そのセリフを言えずにここにいたのだが。

「あら坊や。珍しいわね。買い物かしら?」
「・・・おい、あんた。なにやってんだよ」
「え?」
「あら、ハンターの坊やじゃない。声かけてくれたらお茶でも誘ったのに」

 それを聞いた刑事の彼、テミスは、肩を落としてがっくりしている。

「じゃあフォクシーさん、今からでも・・・」
「ごめんなさいね。ちょっとこれから用事があって・・・。また今度誘ってね」

 それを聞いてもう一度がっくり。
 見かねたシオンが口を挟む。

「・・・なんかすんげえ落ち込んでるぞ」
「仕方ないじゃない。込み入った話なの」

 フォクシーは構わないようすで軽く答えた。

「それより坊や、何しに来たのよ」
「プラチナとデートなんだ」
「それで?」
「・・・造花が欲しいって言うから」

 ずっとある一点を見つめていた顔がシオンを見た。

「・・・商売はどーしたのよ。この店で買うの?」
「馬鹿! ハンターが・・・」

 いけない、と振り返った先では、相変わらず落ち込んでいる彼。
 どうやら会話は聞こえていなかったようだ。

「・・・ちょっと話したい事、あるんだけど」
「なんだよ」
「・・・込み入った話よ」

 未だ落ち込んでいるハンターを残し、二人はその店を出た。
 店から出て、通りを歩きながら、フォクシーが口を開く。

「・・・お嬢さん、なんだって造花なんか欲しがるの? きれいな生花が庭じゅうに咲いてるのに」
「枯れないでずっと傍にいてくれるものが欲しいんだよ。寂しがりやだから俺がいないとだめなんだよねぇ」

 わざと余裕を見せるように言うシオン。
 しかしフォクシーは、そことは別のところに注意がいっているようだった。

「・・・買うの?」
「まさか。誰に言ってるんだよ。天才はそんな落ちぶれた真似しねーよ」
「どっちにしろ今日は下見なのね?」
「・・・なんだよ」

 シオンの問いに、フォクシーは軽く笑って言った。

「なんでもないわ。じゃ、あたしはこれで。せいぜい頑張りなさいよ」
「・・・どーゆー意味だ?」

 シオンの頭に浮かんだ疑問符は、翌日消えることとなった。
 例の造花を頂きに、シオンが夜中、雑貨屋に侵入した。

 ところが。


「・・・は?」

 昨日の昼間、あったはずの造花がすべてなくなっていた。
 念のために調べたストックのおいてある場所からも、すべてのものが。
 昨日は、色とりどりの色んな種類の造花がたくさんあって、どれにしようか迷ってやっと決めたというのに。
 そのときふと、彼の脳裏に、昨日のフォクシーのおかしな言動がよぎった。

「・・・! あの女狐・・・!」





「おい! なんだってあんなことを・・・!」
「なんのことかしら」

 オープンカフェで優雅にタバコをくゆらすフォクシーをつかまえて問いただすが、涼しい顔をしたまま一向に吐こうとしない。

「情が移りすぎたかしら? それでもあなたとは商売敵なの。おわかり?」

 この怒りの行き場に困ったシオンは、そのまま何も言えずにその場から去った。

(プラチナ・・・悲しませるだろうなぁ・・・)

 溜息がひとつ、自然とこぼれた。






「いいの。気にしないで。それにわたし、わざわざ盗んで欲しかったわけじゃ・・・」
「キミに勝てる美しさの花なんてないと思うけど、やっぱり残念だよ・・・キミの喜ぶ顔が見れなくて」
「・・・泥棒さん、聞いてる?」

 プラチナといるにも関わらず、落ち込みまくりのシオン。
 盗みが失敗した事には変わりは無いのだ。

「でもね、泥棒さんの盗みに入った雑貨店って、すっごい造花売ってたのよ」
「すっごい造花?」

 やっとシオンが顔をあげた。
 プラチナもほっとして、話し始めた。

「ある有名な工芸家が一つ一つ手作業で作ってて・・・それを置いて置くことって、結構この街の人たちのステイタスだったりするの」
「へえ・・・」
「だから仕方ないわよ。それにね、何度も言うようだけどわたし、盗んで欲しかったわけじゃ・・・」
「ちくしょーっ! ますます悔しいぜ! しかもあの女狐に横取りされたかと思うと・・・!」

 シオンの行き場の無い怒りがここになってまた復活しはじめてしまった。
 温和に対応していたプラチナも、ついに怒ってしまった。

「ちょっと! ・・・泥棒さんのばかっ!」
「え?」

 やっとシオンが我に返り、プラチナを見た時には遅かった。
 プラチナは窓を閉め、走って行ってしまったあとだった。


「・・・うっそ」

 風が冷たかった。






いつ書いたか思い出せましぇえん…。