「…、『カウンセリングはじめました』…ぁ?」



 常盤義弘は、朝自分の靴箱の中に入れられていた一枚の紙切れをまじまじと見つめた。
 しかしどうやら、やって来た他のどの生徒の元にもそんなビラは入っていないようだ。

 見る限り手書き、しかもコピーでもない。
 ただ『カウンセリングはじめました』とのみ書かれている。

 少数量限定で作られ、悩みを抱えてそうな生徒のみに配られた?

 一瞬不思議にも思ったが、しかし学校においていっさい休まるところのない彼にとっては、なぜだか安息の地に思えて仕方がなかったのだ。


「…けどなぁ、カウンセリングでどーにかなってりゃ、とっくに現状も変わってるだろうさ…」
「そうかな。なんか新しい手法で生徒の心を癒してくれるらしいよ」
「新しい手法? なんだそりゃ」
「ただ話を聞くだけじゃなくて、場合によっては一肌脱ぐんだってさ」
「…一肌脱ぐ?」
「そ。場所は保健室だからね。誰にも邪魔はされないしねぇ」

「…保健室?」

「ん?」

 一瞬、振り向くのを躊躇ったがしかし、おそらくこのまま振り返らずにいると、有無を言わさず肩を抱かれて保健室へレッツゴーだろう。


 意を決したようにゆっくりと気配のする右側に首をひねると、…案の定!



「グッモーニンマイハニー☆」







 I ・ NA ・ RI ・ ー ・ !!



 憎たらしいくらいのさわやかな笑顔が、やけに慣れた手つきで義弘の肩を引き寄せようとするのを寸ででかわし、手にもっていた手書きのビラをつき返すと、引きつった笑顔をして見せた。


「カ、カウンセラーもやってるんですか」
「うん、可愛い子専門」
「男の子の間違いじゃ…」
「ううん、僕は可愛ければ拒まないタイプ」
「(バイだったのかよ…だったらうまいこと俺から馨とかにターゲット切り替えてくんねぇかなぁ〜!)」
「ああ、だけど君の妹は御免だよ。いくら顔は似てても性格ブスはダイッキライだからね!」
「(読心術でも心得れてんのかコイツは…)」



 とりあえず一刻も早く保険医のテリトリー(と言うか手の届く距離)から離れたいと思ったのだが、一歩二歩、後退させたところで同じように稲荷も追ってくるものだからどうしようもない。



「あの、せ、んせい、僕教室に…」
「まだ始業ベルまでだいぶ時間があるようだけど」
「…日直なんで、」
「あれ、君のクラスの日直は木更津くんじゃなかったっけ?」
「(なんで知ってんのさー!)」



「あの憎たらしい小娘がいない日に、僕が何もしないで一度捕らえた獲物を放すと思う?」
「!!!!」

 保険医の目はまるで狩をする鷹のようにギラついた目つきで義弘を捕らえる。
 

「…大丈夫、手間はかけさせないよ。君がおとなしく保健室まで来てくれたら…」




 あわやそのいやらしい手が義弘の肩を掴む刹那。









 スッパーン!







 保険医めがけて投げつけられた1足の上履きが、きれいに保険医の後頭部に入った!







 思わずよろけた保険医は、落ちた上履きを拾ってあたりを見回す…が、頭に思い浮かべていた人物はいない。
 しかし義弘には確実に見えていた。

 こういうときばかりは頼りになる、だけれどあまり頼りすぎると付け込まれてしまうであろう、げた箱の上に潜むその人物を。







「…どこだ、どこにいる!?」


 その声と共に、その人物は「とーお!」と何のつもりかわからない掛け声と共に、保険医稲荷に向けてとび蹴りを放った!!!(女の子なのに…)





「こぉらエロ狐! うちのおにーちゃんの貞操を汚すようなマネしたら、タダじゃすまさないわよ!」

 どこで習得したのであろうとび蹴りからキレイな着地でしっかりとキメて、常盤馨は保険医を指差し言い放った。

「クッソ、小娘…うん? 今貞操、貞操つったな!」
「あ!しまった、余計な情報を与えてしまった…」
「常盤馨くん、常盤くんのは貞操じゃなくてばーじんだよむしろばーしん!」
「てゆーかなんて会話してんだお前ら!むしろなんで俺のそんな情報を…」

 しかしそこでいったん途切れていた登校ラッシュが再び始まり、やむなく睨みあいもやめざるを得なくなる。




「フン…、覚えてなさい保険医稲荷! 今度こんなナメたマネしたら急所踏み潰してやるんだから!」
「馨…! 女の子なんだから頼むからそういうこと言うのやめてくれよ…」
「やぁん、お兄ちゃん、こういう馨嫌い? お兄ちゃんがやめろってゆーんなら馨ヤメるー!」
「キ・モ・チ悪いんだよその猫なで声! お前みたいな小娘に常盤クンがなびくわけがないだろうブァーカ!」
「バカですって!? バカって言うほうがバカなんだよバーカ!」
「バカって言うほうがバカなんだよって言うほうがバカなんだよバァーカ!」



(もうごめんだ…)



 本当は馨を引きずって教室棟まで連れて行こうとおもっていたのだが、あまりにも低レベルな争いに巻き込まれるのが恥ずかしいと思い、義弘はそそくさとその場から立ち去った。








こんなもん素面で書いてるあたしが一番痛いよ…!!