「よっ!朝からモテモテだねぇ」


 …人の気も知らないで。
 こういう無責任な笑顔を、被害にあった直後に見せ付けられるのが一番腹立たしいと義弘は思う。


「…俺も普通に女の子からの好意を受け取りたい…」


 モテない男のひがみなんて、小さな悩みだしむしろ言ってみたいと義弘は思う。
 女の子にモテすぎて困ると言う男もいるが、それは世で言われるとおり贅沢な悩みだ。
 そんなの本当の悩みではない。
 今の自分の現状を、そう言った悩みを抱えた人全員に見せ付けてやりたい。


 唯一自分の現状を事細かに把握している目の前の親友が、また無責任な笑顔をかますので心底腹が立って、上履きを脱いで顔を狙って投げてやった。
 それがまた木更津護の顔面にキレイに入ったものだから、朝の光景がフラッシュバックしてきて、思わずため息を漏らすのであった。









「稲荷先生」
 朝の職員会議を終えて、会議室を出ようとした稲荷に、義弘の担任教師である国語科:山形みさとが声をかけた。
「山形先生(あれれ、確かこの人は常盤くんの担任…)、」
「聞きましたよ先生、カウンセリングはじめたんですって?」
「ええ…ええ!? 先生、どこでそれを…」
「生徒から聞いたんです。さすが先生、生徒のことをそこまで考えていらっしゃったなんて…」
「え? ええ、まぁ…(クソ、どういうことだよ! 確かに常盤クンにはそんなビラを確かに渡したけど…)」
「わたしにも何かできることがあったら協力してくださいね!あー、わたしも見習わなきゃー…」
「や、いやいや…ははは(だーれーだー!?勝手にこんな噂広めたの…!!…いや待てよ、あの場には確か常盤くんとあんの小生意気なガキしかいなかったはず…?)」
 稲荷は手に抱えていた会議用の資料を思わず机に叩きつけた。
「あンのガキャ…!!」
「…稲荷先生?」
 すっかり尊敬モードに入っていた山形も我に返り耳を疑った。
「あの、先生、今なんて…?」
「いや失礼山形先生! 私ちょっとカウンセリングの予約が入っているのでまた後で!」
「(…そうよね。生徒からも教師からも厚い信頼を受けてる方だもの。聞き間違い…よね)」
 言い放って走ってゆく稲荷の背中を見ながら、山形は渋々ながら自分を納得させた。











ザワザワ ザワザワ


「(ちょっとねぇちょっと、稲荷先生よ!)」
「(やーんカッコイー!なんで一年の教室棟に来てるのかしら〜)」
「(そういえばさ、稲荷先生がカウンセリングはじめたって話、聞いた?)」
「(ええー!なにそれ!)」
「(しかも場所は保健室、もちろんプライバシー保護のために密室でふ・た・り・っ・き・りなんですってよー!)」
「(キャアアアア!どうしようどうしよう、ふたりっきりで密室なんて言ったら、もしかしたらあってはいけないことなんかも起きる可能性もありうるってこと!?)」
「(ちょっと何言ってんのよ!稲荷先生はみんなのものなんだから!あ、ちょっと待って、こっちのほう来るよ!)」


ツカツカツカ


「ちょっと君たち、」
「キャーーーーーー!」
 稲荷が声をかけると同時に、黄色い声を上げながら女生徒2人は走り去っていってしまった。
「(クソ、なんなんだよ…)ねぇちょっと誰か! 常磐馨ってコ知らないかなぁ!」


「稲荷先生!!」
 別の女子生徒が駆け寄ってきて、一枚のビラを稲荷に差し出した。
「あ…の、コレって本当ですか!?」
「…は? …ハァー!?









1年A組。



「馨ー! ちょっと馨たーいーへーんーよー!!」
「なぁにもー、あたし今日の英語当たるのよ、ほっといて!」
「そんなんあたしがノート見せてあげるったら! だからちょっと聞いて!」
「ほんとに!?」
「ほんとにほんとに。だから聞いてよ、冷静に聞いてよ、なんとね、稲荷先生がね、あんたのこと探し回ってるんだってーーー!」



 …?
 今、なんと…。



 必死に予習を続けていたはずの思考は完全に止まり、今まで顔すら上げていなかったのだがやっと友人の顔を見ることができた。



「馨、お願いだからわたしも連れてって! こんなときじゃなきゃ稲荷先生のお傍に寄れなぁい…」
「ちょっとアンタ! 抜け駆けするつもり!? 常磐さんお願い、わたしを同行させて!」
「な・に・言・っ・て・ん・の・よ!馨ちゃぁーん、お願いー! わたしあまりの健康体で保健室に行くチャンスがないのー!」



 ガヤガヤ ガヤガヤ



 …冗談じゃないっつーの。アイツの本性も知らないで。
 思わず盛大なため息を吐き出してしまった。


 馨には見当がついている。おそらくカウンセリングのアレだろう。
 朝の一件ののち、稲荷が落として帰っていった一枚のビラを目ざとく見つけ、これは使えると多少改良して大量にコピーしてばら撒いておいたのだ。
 確かに異様なほど女子たちが色めき立ってはいたのだが、それにしても予想よりずっと嗅ぎ付けるのが早くはないか?



 と、そのとき。



「キャーーーーーー!」


 おそらくA組の女子と言う女子が歓声を上げた。…1名を除いて。
 あまりのことに馨もビクっとしたが、その歓声の先にあるものを見て馨は愕然とした。



「…と、きわ、かおる…さん? いるかなぁ?」
「キャー、先生、わたしをカウンセリングしてぇー!!」
「(クソったれ! ジャリどもにキョーミはねェんだ・YO!)」
 必死に愛想笑いを浮かべながら、目的の人物を探す。


 …いた。
 ヒトの惨劇をさも面白そうにニヤニヤしながら見ているではないか。



「(あンのガキっ…!)」
 稲荷は自分に群がる腐女子どもをかき分け、悠々と自席に座り事を眺めていた馨の手首を掴んだ。
「キャー、チカーン!」
「キャアアアア! 稲荷せんせー!」
「ごめんね、今は常磐さんに用事があるんだ。じゃ、また今度!」
 いやだいやだと抵抗する馨を無理やり引きずりながら、なおもギャアギャア騒ぎまくるA組を後にした。









「…いつまでさわってんのよ変態」
「っるさい! 俺だってなぁ、オマエみたいな気色悪いクソガキ、触っただけでじんましん出そうなんだよ!」
「ていうか何の用事? あたし忙しいんだけど」
「…これ、どういうことだよ」
 稲荷が白衣の胸ポケットにしまっていた一枚の紙を取り出し、馨に差し出した。
「なによ…あーあ、」
「あーあじゃないだろ!『カウンセリングはじめました〜優しい口調と優しい手つきで悩んで悩んで疲れた心に救いの手を。完全密室によるプライバシー保護で秘密は厳守。保健室にて、稲荷周平があなたのために一肌脱いじゃうぞ☆〜』って、なんだー!!なんなんだこれー!」
「だってカンセリングやるんでしょーお?」
「ンなの常磐くん限定の密室個人授業に決まってんだろ!」
「フン、お兄ちゃんにできて他の生徒にできないなんてことないわよね、優しい優しい稲荷センセ!」
「…ンのガキ!」
「ああ、ウチのクラスの子たち、みんな予約入れるみたいなこといってたから、せいぜい頑張んなさいよ、稲荷セ・ン・セ! じゃっあね〜」
 ヒラヒラと手を振りながら、それは軽やかに去っていく馨の背中めがけて職員用スリッパを投げつけたがそれは受け止められ、そのスリッパはそのまま窓から中庭の小さな池に放り投げられた。

 

 稲荷の怒りがMAXにまで達した。








どうしよう、オチ考えてないのに話ばかりが長くなる…。
挿絵なのにわかりづれぇ絵だな…(つうかもっと時間かけろや