「稲荷先生、失礼します」
「常磐くん!?」
 山形が言い終わるか終わらないか終わらないかくらいに、保健室のドアが勢いよく開け放たれる。
 しかし正面にいたのは山形で、慌てて取り繕うもさすがに驚かれた。
「あ…の、すみません、出すぎたマネかとは思ったんですけど…そんなに常盤くんとのカウンセリングがイヤでしたら…」
「いや、いいえ、そんなわけありませんよ! …あの、それより先生、」
「あ、ええ、わかってますよ。カウンセリングに第三者がいたらマズイですもんね」
「はい、すみません…(しっかしよく動いてくれるなこのひとは!)」
「それじゃあ私はここで。3人で、よく話し合ってくださいね」
「…さん?」
「あーああ、かったるいわ! 早いとこ終わらせて帰るわよおにいちゃん」
「はいぃ…」
 疑問符を浮かべたままの稲荷に構わず、半ば義弘を引きずるようにして中へ入り進む馨に、何が起こったのか理解できずに呆気にとられてしまった。
 しかし思い直して入り口のところでにこやかに立っている山形を見やる。
「…あのーぉ」
「はい?(ニコニコ)」
「…?」
「常盤くんが、ひとりだと不安だと言うので…」
「…(不安)」
「あの、そういうことなんで、よろしくお願いします」
 軽く腰を曲げて、なおもにこやかに去ってゆく山形を見つめる稲荷を見ながら、どこから見つけたのか馨が揚げ煎餅をポリポリかじっている。
「…おい」
「なによ」
「消えろ」
「なんで」
「…わかってんだろ」
「山形せんせいに頼まれてんのよ」
「もういないだろ」
「終わったあと報告に来るよう言われてんのよ」
「…つうか煎餅食うな」
「うるさい」
 義弘の口から漏れるのはかなり盛大なため息のみ。

 どうしろというのだこの状況を。すべてを自分に託したような山形の笑顔に今は軽く殺意すら覚える。
 そもそも何故、稲荷の狂気さえ感じられるストーキング行為が誰にも気付かれないのだろう。
 このぶんではおそらく馨さえ、「ただ普通の兄妹よりもお兄ちゃんのことを慕っている妹」くらいにしか思われているのではないだろうか?

 

 …勘弁してくれ。
 もしやこの日々の苦労もほほえましい兄妹愛にしか思われていない?


 恋人も友達も要らない。
 …俺に今必要なのは間違いなく理解者だ!


 義弘がひとり悶々としている間もなお、保険医と妹のにらみ合いは続いていた。
「お兄ちゃん、5分もすれば大丈夫よねぇ?」
「え? ああ、…たぶん」
「ちょっと保険医、ベッド借りるわよ」
「? 何に使…バカ! オマエ今絶対計算してただろ!」
「…何のことかしら」
「初めてだから5分で平気? なんて安直な考えなんだ! 常盤くんはそんなコシのない男じゃないんだぞお!」
「フン! あんたにおにいちゃんの何がわかるって言うのよ! あたしなんかねぇ、お兄ちゃんとのハダカの付き合いはかれこれもう16年になるのよ!」
「ハン、16年もやってて何の進展も無いなんてオシマイだな!」


 ひとり何の会話かわからずに、しかしとりあえず自分の身の危険を感じた義弘は、ベッドの前でギャアギャア騒ぐ二人をよそに、馨のせいで残り少なくなった煎餅をかじりつつただ時計だけを見つめていた。













「山形先生」
「…! 常盤くん、カウンセリングはどうだったの?」
 職員室には山形ひとりしか残っていなく、とりあえず外野につつかれることはないと思い義弘はほっとした。
「はい…まぁ」
「馨ちゃんは?」
「ああ、あいつはまだせ、んせいと話してるみたいなんで…」
「付き合ってあげなくていいの?」
「ああ、えーと、アレですよ、外野には聞かれたくない話みたいなんで」
「そう? …まぁ、それならいいけど、じゃあ稲荷先生のことをもう嫌ったりしない?」
「ああ、まぁ…はい(嫌い以前の問題じゃ)」
「わかったわ。じゃあ気をつけて帰ってね」
「ハーイ」


 馨には少しだけ申し訳ないなぁと思いながらも、気付かれないように静かに保健室の横を通り過ぎ、義弘は一人帰途に着いた。

 まだギャアギャア騒いでいる声が聞こえるが、これは聞かなかったことにしよう。






下ネタごめんなさい…。
つうか、もう限界ス…。なので強制終了!(無責任だなー