朦朧とする、意識。
何で一体こんなことになったのだろう。
最後の記憶、そう、確か、差し出された冷たい飲み物を飲んで…。
…差し出された? 誰に?
意思に反してすぐ閉じてしまいがちなまぶたを無理やり開けると、微かに見えたのは。
「ふぅん、即効性…。さすが新手のコレはよく効くなぁ」
手にもった茶瓶を改めて見つめると、満足げに口元を緩ませた。
すっかり眠った健全な男子高校生常盤義弘を抱え、スプリングのあまり効いていない寝心地の悪い業務用ベッドに横たわらせる。
そしてガチャ、とドアに鍵をかけると、ベットの脇にある椅子に腰掛け、横たわる義弘の髪を撫でる。
「…かわいい」
既成事実を作ってしまう予定だった。
フェアじゃない、あの小娘は言うだろうが、それは同じ家で暮らしていながら何もできないでいる子供のひがみだ。
あの小娘にどういわれようと構わない、それよりも今はただ、目の前のこの少年に。
ふ、と手が止まる。
…こんなにきれいな顔をしていたっけ?
今までじっくり顔を見ることなんてできなかったから(逃げられていたから)、なんだか驚いた。
さっさと服を脱がしてしまおう、と考えていた思考が止まる。
思ったよりも長い睫毛、少し開いたままの口がなんともいやらしい。
…すーすー、安らかな寝息が聞こえる。
早鐘のような自分の鼓動。
…動揺? いや、これは…。
…ときめき…? (乙女か!
指をほほに滑らせたまま、なんとも動けなくなってしまった。
唇も触れ合いそうな近しい距離で、それでも重ねることはなくじっくり肌の質感を楽しむ。
まぶたから鼻筋をなぞり、唇に触れる。
自分の指先は、思いのほかエロチックだった。
ぜっかく、わざわざ睡眠薬を入手したというのに。
時間が勿体無い。早く、行動してしまえばいいのに。
金縛りにあったかのように、自由の利かない体。
見とれる。
見惚れる。
…目覚める!
「ギャアーーーーーーー」
「キャーーーーーーーー!」
飛び跳ねるように起き上がった義弘は、壁際まで後ずさり構える。
「な、なななな、何しよーとしてたんですか今!」
「常盤…くん」
「…ハイ?」
しかしいつもと様子の違う稲荷になんだか拍子抜けしてしまう。
…コレはいわゆる、稲荷にとってのチャンスではないのか?
馨もいない、誰もいない密室(しかも保健室)、しかもまだ目覚めたばかりで、体の自由がきかないでいる義弘。
そもそも自分で眠らせておいて、しかもベッドにまで横たわらせておいて、何もしてないわけは、ない?
しかし服はちゃんと着ている。何も乱れていないし、着ている感じも違和感がない。
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何も、されていない?
訝しげに稲荷を見ていると、義弘の視線を感じた稲荷がなんと、顔を赤らめた。
「…!?」
「…ごめん、手荒なことしてほんと…」
「あ…の」
「や、でも別に何も、してないし…ほんとだよ」
「…はぁ、」
「あ、どうぞ。ごめん、もう授業始まっちゃったんだ…行ってらっしゃい」
「…???」
なんだ、アレ!
授業だからいけだなんて、いつもは授業なんかいいからって連れ込むくせに!!
やけにしおらしい稲荷を見て、逆にドキドキしてしまう義弘だった。
脈あり?