「常盤!」
 授業が定刻より少しのびたせいで、貴重な休み時間が短くなってしまった。
 一年と二年の教室は東棟と西棟にわかれており、行き来するのにはフルで休み時間を使い切ってしまうことになる。
 だから一刻を争う馨には、その呼びかけにもこたえずに、猛ダッシュで東棟へ向かうつもりだった。のだが。
「ギャア!」
 止まるつもりのなかったことを見越されてか、がっしと肩を捕まれてしまいだいぶ大袈裟にずっこける羽目になった。

「ちょっ・と・ー!! 何してくれんのよ、急がないとお兄ちゃんに会いに行く時間が…ってあー、もー! あと5分しかない…、絶対間に合わないわよもー…。しかも次小池ちゃんの化学だしもー、もー!! ナニしてくれんのよアンタ!」
「…こうでもしないと、絶対聞いてくれないと思ったから…、」
「誰よ、誰なのよアンタ! …ハッ!!」
 いやぁな予感が、一瞬にして馨の頭をよぎった。
 と言うのもだ。
 馨の愛の行く手を阻んだのは、なんとも可愛らしい美少年(の部類には入ると思うがあまり認めたくないところと言うのが馨の本音)。
 馨の怒声に弱腰になるしぐさなど、なんとも受け受けしいとでもいいますか。
 きれいなおねいさんのきっと大好物だろうし、それよりむしろ陰湿保険医みたいな…、ああいうタイプの恰好のエジキとなりそうなその容姿は、どうしても馨に『新たなライバル出現!?』と思わせるのだった。

「ぼく…、根岸って言うんだけど…いやあの、そんなこわい目で見ないで欲しいんだけどさ…」
「根岸…、あれ、根岸くんてどっかで聞いた…あれ? うちのクラスにいたよねもしかして」
「うん、そうなんだよね…。ああ、やっぱり知らなかったか。君ってばいっつもむこうばかり見てるから…、」
 根岸は苦笑しつつ、東棟を見た。馨の過剰な「お兄ちゃん好き」はクラス中どころか学校中に知れ渡っていることなのでさして気にも留めなかったが、それを知りつつさらに呼び止めるとは一体何事かと余計に目の前の受け男(命名)を怪訝な目で見つめてしまう。
 可憐なフリして強気に宣戦布告?
 いやぁ勘弁だ。そればかりはやめてほしい。
 泣き落としは特技だが、さすがにそれを持続させることは馨にはできなかった。悪徳保険医なぞ目の前に出された日にはどうしたって口がベラベラ動き出して止まらなくなってしまう。
 幸い(?)なことに保険医も馨と同タイプのため、今のところそれで困ったことはないのだが。
 それだけに、このテの人種に来られるとどう攻めていいのかがわからないのだ。

「…で、一体何の用?」
 どうせもう会いに行くのは無理だからと、馨はゆっくり居直った。
 と、そこですかさず根岸から手を差し出されたので、ここはひとつ穏便にと、手をとって立ち上がり、スカートをはたく。
「確認しておきたいんだ」
 根岸はうすく笑った。なんだか心臓がくすぐられる感じだ。
 ああ、こういうテクでおねいさんやおにいさんはコロっていってしまうのねと馨は思う(しかし当然ながら馨には一切効かないのだが)。
「きみがすきなのはきみのお兄さんであって、稲荷先生じゃないんだよね?」

 一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
 稲荷がすき? 考えただけでも思わず…。
「おぅぉえぇぇええええ…(-△-;」
「と、常盤っ!?」
「や、ごめんごめん。ありえなさ過ぎることに思わずゲロが…おえっぷ」

 しかしまだ馨は気付かなかったのだ。
 彼が、馨にとって、現段階で誰よりも有力な仲間となりうることを。



(03/05/31 up)


あっははは!!
はー…、久々の更新がコレかよ(- -)