情報化社会と言われ始めて、もう二十年以上たったようである。初めの頃は、ペーパレスの社会が到来するだの、流通の中間機能が滅亡するだの、一極集中が緩和するだのと、いろいろその功罪が喧伝されたものである。少なくとも今の時点ではすべて外れていると言わざるを得ないが、実は、当初言われたほどにはその進行が速くなかっただけのことで、むしろその幾つかは着実に進行しているように思われる。
私の研究所でも、ネットワーク社会を迎えて一人一台以上のパソコンが普及し、主な通信はすべて電子メールでのやり取りとなった。研究者への連絡、研究者から管理部門への書類もほとんどすべて電子化され、メールや電子掲示板で済むようになり、紙の書類が激減した。あとは会議の電子化と計算機支援型共同作業がもっと簡便な形でできるようにでもなれば、さらにペーパレスへと向かうことになる。
計算機で裏付けされたタイミングのよい物流機構の進展で、コンビニエンスストアを始めとする全国チェインの小売業者が伸び、流通の中間機能も着実に減っているように見える。宅配便も通信販売も、さらにはサラ金さえも、情報化時代だからこそ新たに発生した業種であり、その裏では、鉄道貨物(チッキ)やチンドン屋や質屋が廃れたり無くなったりしていくのである。医者の往診が無くなったのも母親の繕いが無くなったのも、情報化と無縁ではない。
しかし一極集中の緩和だけは、まだその動きが鈍く、人々の心もまだ地方分散へと大きく変化してはいないようだ。私の周りにも、積極的に東京を去ろうという人はまだいない。これはどうやら、情報化社会だから集中緩和するのではなく、情報化社会であれば一極集中でなくても何とかやっていけるという程度のことに過ぎないようである。したがって余程のことがないかぎり、緩和は進まないのではないだろうか。
ではこの余程のこととは何か。多分、地方からの情報発信であろうと思う。地方の時代を旗印に、地方が元気を出して頑張ることである。地方がそれぞれに特色を出した産業基盤、文化基盤を作り、魅力的な環境作りをすることである。ただ、ミニ東京化と、開発という美名に隠れた環境破壊だけは避けて欲しいものである。
ところで21世紀に日本が向かう社会は「高度情報通信社会」である。国の計画では、高度情報通信社会は生活と文化、産業と経済、自然と環境がうまく調和した社会であり、国土の均衡ある発展と、ゆとりと豊かさを実感出来る国民生活が目指されている。そのためには、人間の知的活動の所産として情報・知識を自由に創造し、それらを流通し、共有化出来ることが必須になるというわけである。そのためには、規制の緩和もまた重要となる。
規制があると技術が進歩しないことは往々にしてありうる。規制が研究者に二の足を踏ませ、結果として社会の進展が他の国々よりも遅くなるのである。一方、過度な保護もまた、規制と同様に技術の進展には悪影響が出るのである。幸い通信分野では、それらが漸次解消されて今のネットワーク時代を迎えることになったが、規制や保護が比較的穏やかだったアメリカとは、かなり大きな差となってしまったようである。
ところでこの「ネットワーク」こそが高度情報通信社会の中核となる。そこでは情報が日本中、世界中を駈けめぐることになる。消費者が正しい判断力を持たないと、情報だけに踊らされる。売れるものはますます売れ、売れないものはますます売れない時代となる。各商品ジャンルごとに「一人勝ちの時代」が到来してしまう。そうなるといわゆる正帰還による発振状態となり、企業の浮き沈みが激しくなり、社会経済としては芳しくない事態も予想される。
一方、ネットワーク社会では、情報の操作や偏重は許されず、また過多も遅延も問題である。例えば台風シーズンになると、台風情報がTVネットワークで放映される。どこかの波止場にニュース報道員が出て、「大変なうねりです」「すごい風雨です」「とても立ってはおれません」と、防波堤内のうねりの少ない海面を映して、立ってはおれないはずなのに立って喋っているのである。立ち木もほとんど動いていないのである。そう言わないとどうやらニュースらしくないと思っているようなふしも見受けられる。衛星画像も2時間前のものが平気で映し出されていることがあるが、台風はもうとっくに別のところに行ってしまっている筈である。もっと広範囲の場所の実写映像を次々と切り替えて、余計な解説なしに生で映してくれるだけのほうが、自分なりに台風進路の判断と避難対策が考えられると思うのである。
要は「信頼度の高い情報を、タイミング良く、必要な人へ」というのが高度情報通信社会の基本であるべきである。そういう社会に向けて技術者のやるべきことは極めて多い。春秋に富む若い研究者にぜひ頑張ってほしいものである。
後世の歴史学者は、今の時代を多分「情報革命の時代」と呼ぶことになると思われる。電子技術、計算機技術、ネットワーク技術の飛躍的な進歩で生活様式も大きく変化してきたし、これからもしようとしている。現在の生活様式は、たとえば「衣」ではブランド志向と無頓着服装とが併存しているし、「食」ではグルメ志向とファーストフードが共存し、「住」では電化品氾濫とアウトドアライフが共存しているというように、二極化・一点豪華主義の時代であると考えられる。今後はいよいよ個性化・感性化の時代へと突入するのかも知れない。私の専門の画像処理になぞらえれば、濃淡画像解析の黎明期から、効率と速度を重んじる2値画像処理の時代を経て、いよいよ多様なカラー画像や動画像を取り扱う時代へと入っていくようなものであろうか。