技術の散歩道
 センサーフュージョン  
   
 人間には視覚・触覚・聴覚などの五感を脳でうまく融合して、外界の状況を総合的に判断する素晴らしい能力がある。例えば目だけではうまく状況が判断出来なくても、耳が加わるとそれらの相乗的な効果で途端に認識や判断が容易になるのである。これと同じようなことが工学的に実現出来ないかというのが、センサーフュージョンと呼ばれる技術である。機械に幾つかのセンサーを取付けて、その相乗効果で機械を知的なものに仕上げようとする技術であり、最近いろんな分野で重要になってきた。

 さてこの複数のセンサーを使うということには工学的にどういう意味があるのだろうか。まず簡単な例としてゲートを通過する人数を計測することを考えてみたい。最も簡単には、ゲートに赤外線ビームを設置し、人間がこのビームを横切るようにすれば、ビームに対向して配置したセンサーでの光の断続から人数が検知できる。もしこのようなビームとセンサーの組合せを水平に2個配置すると、センサー出力の時間ずれから人の通過する向きも検出できる。また、2個ともに検出されたときに初めて一人として計数するようにすれば、舞い散る木の葉を感知せず、人数のより確実な検出が可能となる。また、たとえ1個が故障してもなお検出が可能である。

 すなわち複数のセンサーを用いると、冗長性が付加され、システムとしての信頼度が増す。また、複数のセンサーを用いることで新しい機能が付加できることになる。これがセンサーフュージョンの狙いでもある。2個のセンサーだけでなく、これを縦横に数多く並べたのが画像センサーに相当する。したがって画像処理は、それだけでもうセンサーフュージョンの好例と考えても良いのである。センサーが多いのでそれだけ演算が複雑になる。そのため認識アルゴリズムの研究が必要とされるのである。

 さてこの画像処理を用いて広い遊園地内の人数を測ろうとすると、カメラをあちこちに隈なく配備し、その画像の中の人間を画像処理で認識するというようなことになり、極めて困難なことになってしまう。ところが、上述のような光ビームのセンサーを入口と出口のゲートに設けるだけで、その差から中にいる人数が簡単にわかるのである。同じセンサーを複数個使うことで、単独では測定できなかった混雑度という量が検出できることになる。センサーフュージョンの簡単な例である。

 家庭で使う電力の量を計測するには、単純に言えば電圧計と電流計を用いてそれらの出力を掛け合わせればよい。これを磁界による渦電流で巧みに実行しているのが家庭にある積算電力計である。ミクロに見れば、電圧と電流という異種のセンサーがうまく一体化され、電力という別の量を測定している例であり、センサーフュージョンの一例と考えても良いように思う。

 このように同種、異種を問わず幾つかのセンサーが組み合わされて新たな量が判断されている例は、他にも数多く存在する。自動車用ナビゲータでは、衛星情報(GPS)により位置を求めるのが基本であり、さらにジャイロによる方位、操舵角、および車輪の回転数から位置を求める慣性航法を組み合わせて地図マッチングを行い、地図上での自車位置を判断している。

 自動車のエンジンやガスタービンでは、燃費を最小にしたり排気中の窒素酸化物などを極小化する目的で種々の研究が行われている。これらには、少しの燃料を効率的に燃やすリーンバーン技術や、排気の一部を吸気側に戻すEGR(Exhaust Gas Recirculation)という技術がある。EGRでは、排気の戻し流量を計測する術がない。そのため、エンジンに入ってくる空気の温度と圧力とエンジンの回転数から、マイクロコンピュータで計算する方法が取られている。異なったセンサーの出力を組み合わせて別の量を割り出す一例である。

 原子炉には約2万個のセンサーが装備されている。そのかなりの部分は燃料棒や制御棒などの位置センサーと、各部の温度・圧力センサーである。いま、炉にある変化が起こると、それが原因となって別の変化を誘起する。そのため、短時間に多くのアラーム情報が発生しうる。運転者の適切な判断のために、センサー情報の組合せから知識ベースとの連動で不急のアラームをまず抑圧し、本質的なアラームだけを優先して提示するような運転技法の研究も行われている。これもセンサーフュージョンの一例と言える。

 自動洗濯機には5個程度のセンサーしかないが、これだけで多様な仕事をやってのけている。まずモータを回してみて、モータの逆起電力の計測結果から布量を推定する。さらに水を少し入れて再度モータを回してみることで布質を判定し、同時に電導度センサーから汚れ具合を判定する。そして最適な水量と水流の型を選び、最適な洗濯時間を決めるわけである。コスト的に見合う範囲内での数少ないセンサーを、多様な用途で活用し、ファジー論理とニューロ演算でフュージョンしている例と言えよう。

 ビデオカメラにも30個程度の各種のセンサーがあるが、その中でも、手振れセンサーの結果で画像センサーの読み出し位置を制御するという、センサーの従属型フュージョンの例がある。

 銀行の現金自動取引装置には約250個のセンサーがあるが、その多くは紙幣の通路に配置された紙幣の存在確認用センサーである。とくに紙幣の鑑別では、位置、大きさ、磁気パターン、光パターンがたくみに融合されて券種、真贋を判断している。また、以後の流通には不向きな汚れた紙幣の判断も行っているのである。

 こういうわけで、最先端といわれるセンサーフュージョン技術も、まだ単純な形態ではあるものの既に産業応用が始まっていると見ることができるし、また昔からの技術と見ることも出来るのである。
(平成9年12月)