技術者の人生は、常に新しいことへの挑戦であり、辺境への孤独な旅に似ている。自分のアイディアを温める段階はもちろん、何人かが協力して技術開発を進める場合も、またどんなに大勢の技術者を指揮する立場になっても、孤独な旅であることに大きな変わりはない。この孤独な長い旅の途中で、ときには道端で一休みして、自らの旅を振り返ってみることがある。とくに若い頃の未熟な旅の様子が思い出され、冷や汗をかいたりする。そういう自分自身の反省も踏まえて、若い技術者(とくに企業の)に向けて一言書いてみようと思う。
旅をしていると、同じような旅人が遠くに見え隠れする。多くの場合、自分よりも歩き易いところをすいすいと歩んでいるように見える。自分の悪戦苦闘に比べて羨ましく思うのも、人間である以上当然ではある。しかし他人を羨んではならない。とくに入社初期の若い技術者には迷いが多い。自分の仕事は、弱点欠点を含めてすべてが良く分かるようになるので、仕事の先行きが不安になったり、本当は重要な仕事であっても何かつまらない仕事のように思えてくる。一方、他人の仕事はいいところしか見えないので、すべてがうまく行っているようにも錯覚する。隣の芝生は青い。遠くに見え隠れする旅人は頭しか見えないが、ひょっとしたら沼地を四苦八苦して進んでいるのかも知れない。
入社後の最初の仕事は、どこの企業でもまずは上長が指定するのが普通であろう。企業では一般に重要でない仕事はやっていないし、貴重な人材に無駄な仕事をやらせるほどの余裕はない。指定された仕事は極めて重要な筈である。ところがこの仕事は、必ずしも自分の専門と一致するとは限らないので、この段階で不平不満を言う者が出てきても不思議ではない。
しかしながら、学生時代に勉強したことに捕らわれ過ぎて、初めから自分の専門を固定して考えるのは良くない。たかが数年勉強したからといって、それが自分の一生の専門と考えるのは早計である。こだわっている自分の専門は、ひょっとして、企業の目から見るとまったく将来性のないものであるかも知れない。自分が他のもっと面白くて重要な分野を知らないだけかも知れない。むしろ企業に入ってからの何十年とやるであろう仕事の方こそ専門であって、知らない分野に果敢に挑戦してこそ、技術者としての価値が生まれる。
しかも学問の半減期は数年である。今の知識の半分は数年後には役立たない。常に自分を磨き、専門を深耕したり多様化したりしないと、技術者としての迫力を維持するのは難しい。ライフワークという言葉があって、生涯これ一筋という技術に賭ける人もいるようだが、伝統技術の職人や芸術家は別として、一般の企業技術者としては決して好ましいことではない。技術は必ず陳腐化し、時代に取り残される。つねに自分自身も革新的であるべきである。
企業の技術者は、その企業に対して、新規事業の創出、基幹製品の発展、基盤技術の練磨拡充などを計る責務を持つ。企業が開発を必要とする製品やサービスに対して、ときには早急な技術開発が要せられることもあるし、一方では先見性を持って、長期的な視野で技術開発に当たることもある。技術者には、このように短期的な決戦と長期的な行軍とに対応できる資質が必要とされる。「いったん緩急あらば、たとえ火の中、水の中」という闘志と、たとえ三年飛ばず鳴かずでも、「飛ばばまさに人を驚かさんとす」といった気力の両立が重要である。少しでも苦難が予見されるとさっさと他の仕事に替わったり、時代に即応しているつもりであれやこれやと唾付けだけはやるが一つもものにならないというのでも困る。苦難が予見されるから研究をやるのであり、乗り超えたときの喜びが大きいから頑張るのである。
苦難を乗り越えたときの喜びは、次の仕事への意欲につながっていく。したがって早い機会に、どんな些細なことであれ、勝ち戦を味わうことが望ましい。入社後の最初の仕事は、この意味で、その人の技術人生にとって極めて重要である。野球で言えば、最初の打席で、監督の言に従い、バントでも四球でもいい、とにかく塁に出ることである。先輩である次打者の援護もあって本塁まで駆け抜けられれば、感動はさらに大きく、次の打席での意欲もまた高まろうというものである。逆に言えば、入社後の最初についた監督すなわち上長の采配の善し悪しで、その人の一生が決まる可能性がある。新入社員は通常、自らの意志では上司を選択出来ないから、指導者たるものの責任は極めて重い、と心得るべきであろう。
与えられた仕事を無難にこなし、ある程度の成果を得たとしても、それだけで技術者の価値が決まるわけではない。ある分野の一連の仕事が段落したとき、次に何をやり出すかで技術者の真の価値が決まる。野球で言えば、勝ち戦を幾つかやったあと、次の大きな試合に臨むときにどうするかである。その時には自分が監督を兼務することになろうし、今までの試合とは一味違う相手とやることになる。すなわち、より魅力のある大きな仕事を自ら提案し、自ら開拓していってこそ技術者としての価値が出てくる。上長から与えてもらった技術分野を、上長の掌の中だけで後生大事に継続するのではなく、より価値の高い仕事を自分で生み出すのである。
このように技術者は歴史の創造者であるべきである。自ら言い出し、有言実行してこそ迫力ある技術者であり、プロの技術者である。「あれはあの人が初めてやりだしたものだ」とか、「あの人があのときこの仕事を仕掛けてくれたので、今我々は助かっている」と後世の技術者に言わしめるようにでもなれば、まさに旅の達人であり、技術者冥利に尽きることになる。