技術の散歩道 10
 洗濯機の隠れ技  
   
 その昔、三種の神器という言葉があった。本来の鏡・剣・勾玉のことではなく、生活に必要で誰もが欲しいとは思うが、買うには少し値の張る製品のことである。昭和30年頃は、たしか洗濯機と冷蔵庫と白黒テレビであった。その後社会が進展して、昭和40年頃は3Cと称してカー(自動車)とクーラーとカラーテレビになったように記憶している。しかしこのクーラーも今は死語となり、エアコンと名前を変えている。現在の三種の神器は多分、コンピュータと、携帯電話を含む携帯端末装置と、CD・MD・DVDなどの光ディスク関連装置というところだろうか。いずれにせよ、これらは、その時代を代表するハイテク製品であったわけで、昔は家庭の電化がらみの製品群が主であった。それが最近では個人の情報化がらみの製品群へと変化しつつあるように思う。

 一般に家庭用や個人用の製品では、その普及率が70%を越えると、確実にその産業は定常状態に入り、進歩が停滞するのが普通である。とくに電化製品はもうとっくの昔にそういう時代を迎え、いまや斜陽製品と言えなくもない。ところが最近異変が起きている。洗濯機、冷蔵庫、エアコン、掃除機などの開発を担当している技術者が元気なのである。有難いことに、それに呼応して消費者もまた頑張って買ってくれているのである。

 ここでは全自動式洗濯機の最近の進歩を見てみよう。まず洗濯槽がここ数年で、プラスチックから再生可能なステンレスへと完全に替わったのである。しかも、最近の消費者の清潔志向を反映し、ステンレスには抗菌のための特殊な成分が加わっている。

 このようにステンレス槽にすると薄くても丈夫な構造となるので、従来、毎分800回転程度だった脱水時の回転数を毎分1000回転以上に上げることができ、結果として脱水の時間が短くなり、残留水分も少なくなった。ただ、これだけの大きな槽を高速に廻すこと自体は、機械工学的にも極めて難しい技術であり、回転バランスを良くするために布の片寄りを低減することが重要な課題であった。また計算機による設計解析技術を駆使して機構部の軽量高剛性化と防振装置の改良がはかられた。高速回転が可能となったのは、このような振動の抑制技術によるところもまた大きいのである。これにより騒音レベルも低く抑えられ、電気代の安い夜の間に洗濯することも可能となった。

 一方、ステンレスにすることで洗濯槽の内部も広がった。「汚れたから洗う」時代から「着たから洗う」時代へと世の中が変化し、洗濯漕を大きくして一度に洗える容量を大きくすることは時代の風潮にもマッチした。機構部の工夫と併せ、外見は同じサイズでも内部を大きくとり、従来の3〜4kgの容量から6〜9kgへと、約2倍の大容量化が実現したのである。
 一方、洗濯時の水流は、槽の下部に設けた回転翼で与えられるが、計算機を駆使した設計でその翼形状と動きが改善され、効率が高くなった。柔らか洗いもごしごし洗いも水流の選択で容易となった。布の絡まりも、1/f揺らぎという技術の採用で少なくなった。これは水流に少しの不規則性を与える技術である。これにより、布の動きが時間の経過につれ微妙に異なるようになり、絡みを抑止するのである。

 さらに節水も最近の大きな動向であり、最終すすぎを除き風呂の残湯を利用するポンプ内蔵の機種が好評である。これからの貴重な水資源のことを考えると、この機能は当たり前となっていくし、今後もなお一層の節水機能を持った新機種が開発されていく筈である。

 洗濯機の運転制御では、まずステンレス槽を少しだけ廻して見て、その時のモータに掛かる負荷を逆起電力から判断し、これにより洗濯物の量を判定する。ついで水を少し注いだあと同じように廻して見て、そのときの負荷から布質を判定する。さらに槽の下部に設けた電導度センサーからの信号で汚れの度合いを判定し、これらの情報からファジー論理とニューロ演算で最適な水量と水流パターンを選んでいるのである。しかもこれらが、ただ1個の起動ボタンを押すだけですむのである。まさに「これっきりボタン」である。当然ながら、起動から水の注入、洗濯、排水、すすぎ、脱水を経て停止するまで、完全に自動なのである。

 以上のように最近の洗濯機は、数少ないセンサーを巧みに利用し、そこからの情報を複合して見事な判断をしているのである。しかもその構造や機構は、価格と信頼性を充分に考え、機械工学の粋を集めて設計されている。まさに知的な機械なのである。さらに、最近の関心事である環境への配慮から、分解容易型設計がなされており、機種によっては、ねじを1〜2ヶ所はずせば前面の板が簡単に取れるようになっている。いずれお役放免となったとき、廃棄物として分解処理するのが容易なように、設計段階から配慮されているのである。

 ところが、これらの事実を正確に分かってくれている人は世の中にあまりいないようである。家庭の主婦は言うに及ばず、技術者や学者ですら知らない人が多い。あまりに身近にあり過ぎるためか、単に水の中で羽根車さえ廻せばよいという具合に、誰でも設計できる簡単な機械と思っているのである。最近の学生も、電化製品となると何かローテクの代表のような印象を持つらしく、その設計開発に積極的に従事しようとする新入社員は極めて少ないようである。学界からのこの種の技術に対する評価もまだ不当に低い。もう少し学界での関心が深まり、評価が高まれば、最近の製造業離れの世の中に爽やかな風を送り込むことができると思われる。そうなると世の中の趨勢が少し変わり、学生からも注目を集め、物作りの大切さの風潮が根付きそうな気がするのである。
(平成10年5月)