技術の散歩道 13
 プレゼンテーションの進化  
   
 研究成果の発表や製品のプロモーションでは、いかにして人に理解してもらうかが重要である。そのための基本は、簡潔で正確な話し方であり、加えて視覚に訴える何かがあるとさらに理解が容易となる。現物を見せるのも一方法だが、いつも持ち運べるとは限らないし、内部の詳細構造までは判らない。そのために、写真や図を用いて説明することになる。この種の説明のことを一般にプレゼンテーションというが、そこでは視覚に訴える道具として各種のビジュアルエイドが使われてきた。

 私が学生であった1950年代後半はスライドプロジェクターが唯一のビジュアルエイドであった。しかしスライドを作る手間と費用がばかにならないため、多くの研究発表は「模造紙」を用いた掛け図によって行われていた。この模造紙というのは、もともと三椏を原料とした日本の優良紙がオーストリアで亜硫酸パルプを用いて模造され、それがまた日本で模造されたことから付いた名前らしい。何枚かの大きな模造紙に要点を書き、丸めて発表会場へと持参し、竹製の指し棒を使って説明したものである。

 1960年代半ばになると、日本の学会発表でもスライドプロジェクターの利用が一般化し、竹の指し棒もいつしか伸縮自在の金属製指し棒に替わった。また映画カメラと映写機も、まだ高価ではあったが研究室で購入出来る時代になり、実験での現象記録や成果の記録保存に16ミリ映画フィルムが使われるようになった。私が初めて英語による研究発表をしたのは1971年のロンドンでの人工知能国際会議であったが、このときには人工知能ロボットの研究成果をスライドと16ミリ映画を用いて説明した。動く映像がビジュアルエイドとして大きな効果を挙げることが認められてきた時代であり、私の発表したセッションでは、発表者が皆映画を使うらしいということが事前に聴衆に伝わっていたようで、会場が満杯になったりした。

 この人工知能国際会議は、1975年にはソ連のツビリシ市で開催された。現在はグルジア共和国の首都であり、スターリンの出身地として知られている。当時はまだ東西の緊張下で我々会議参加者に対する監視も厳しく、会場やホテルの周辺には秘密警察らしき人影がかなりうろうろしていた時代であった。現地人との私的な接触を極端に嫌っていた様子があり、そのためかソ連人学者らも我々との会話は必要最小限に留めていたもようであった。とくに橋や駅の写真でも撮ろうものならすぐ密告され、フィルムを没収されるという話が囁かれていた。そういう暗い雰囲気であったせいか、この会議でのソ連の学者の発表には最初驚かされた。どのスライドも、30秒ほどたってその説明が終わるころになるとトロトロと溶け、字が消えていくのである。さすが秘密の国、研究発表も証拠を残さないために工夫されている、と一瞬錯覚したが、何のことはない、ただスライドの質が悪く、また黒色背景に白抜き文字で作られたために熱の吸収が大きく、そのために表面被膜がプロジェクターの熱で溶けてしまっただけのことであった。

 1980年代になるとスライドに替わってOHP(オーバヘッドプロジェクタ)の全盛時代が来て、指し棒もOHPのガラステーブル上にペンを置くことで代用出来るようになった。さらに後半になると、ビデオテープを利用した発表も頻繁に行われるようになり、また半導体レーザを用いたレーザポインタが使われるようにもなった。私も1984年モントリオールでのパターン認識国際会議を最後に、OHPとビデオテープを用いた発表へと切り替えた。

 しかしながら、ご婦人方も集まるバンケット(晩餐会)でのキーノートスピーチ(基調講演)ともなると、やはりスライドを用いた講演の方が雰囲気的にもよく似合うし、また色彩的にも優雅であった。そのため1994年ラスベガスでの米国電気電子学会の国際会議に招待されたときには、スライドを準備することとした。とはいえ発表のし易さの点からはOHPも捨てがたく、これも併せて準備することとした。

 なごやかな晩餐が進み、食後のコーヒーが運ばれ、いよいよ私のスピーチが始まろうとした矢先、あらかじめセットされていたスライドが手違いでプロジェクターからバラバラと床に落ちてしまった。これを並べ直して再度セットするには時間も掛かるため、とっさの判断でOHPへと切り替え、何気無い顔でスピーチを開始した。幸い結果は上々で、両方を準備していた用意周到さに聴衆は感心していたようだが、実を言うと決心の鈍さがその裏にあったわけである。

 ところでこのOHPも、以前はまず白紙に描いた原稿を転写して作ったが、図形処理のソフトウェアの充実につれ次第に計算機による作図が増え、またOHP用紙の改良で直接計算機からカラーで出力出来るようになった。また計算機の小型化につれて、その画面出力を直接にスクリーンに投影するために、OHP上に置く形式の液晶盤も一時利用されたが、精細度不足のためあまり普及しなかった。

 その後、比較的精細度の高い小型液晶盤を用いた液晶プロジェクターが開発され、最近ではマイクロミラーによる反射型プロジェクターも実現された。プレゼンテーション用の簡易な図形作成ソフトウェアの普及と相俟って、これらの新型プロジェクターを用いた電子プレゼンテーションが普及の兆しを見せている。またディジタルカメラや最新のMPEGカメラで撮った静止画や動画を画面にはめこむことも容易となり、従来にない効果的なプレゼンテーションが可能となった。さらに、このようにして作ったプレゼンテーション用のコンテンツを電子メールで先に送り、会場には手ぶらで行ける時代にもなってきた。今後、さらに便利なプレゼンテーション方式へと進化し、世界共通の方式として国際理解と知識の交流に役立っていくことになるのであろう。
(平成10年8月)