技術の散歩道 18
 旅とアウトドアライフ  
   
 趣味は何かとよく聞かれることがある。若い頃にはテニスだのスキーだの釣りだのと、あまり得意ではないにせよ、いろいろと答えることができた。最近はこれらがすべて立ち消えとなり「旅」だけが残った。この旅という言葉には、旅行というのとは少し違った情緒があり、いつも心を揺り動かす何かがある。とくに難しい研究開発の仕事をしていると、忙しさの谷間を見付けて旅に出るのが、疲れを癒すには一番のようである。

 仕事で海外に出掛けた経験も多いので、若い人から海外旅行の楽しみ方を聞かれることもある。楽しむコツはたったの二つしかなく、これさえ守れば楽しいことは請け合える、と決まって答えることにしているが、その一つは良い宿に泊まることである。宿が悪いと旅の楽しみは半減する。二つ目は、土産を買わないことである。親戚知人への土産が心にのしかかり、あれやこれやと迷いつつショッピングに精を出すようでは、旅を楽しむどころではない。絶対に土産は買わないと心に決め、周りにもそう宣言することである。そうすればゆったりとした心で旅を楽しめるようになる。これらの二つのコツは、海外旅行だけでなく、国内の旅の場合にも同じように重要であろうと思う。

 ところでこの旅の面白さは、「出会い」にある。人との出会いはつねに楽しいものであるが、私にとっては、ゆったりとした時間との出会いが最もうれしい。この他にも、美しい風景との出会い、美味しい食べ物との出会い、珍しい風習との出会いなど、新しい出会いは数多い。これらは出来れば鄙びていて、あまり有名でないものの方が好ましい。身勝手かも知れないが、旅先では、訪れる客も少ない方が望ましい。多過ぎると折角の感動の舞台が台なしになる。

 日向国は高千穂の里(宮崎県)で、冬の風物詩「夜神楽」を拝見したことがある。毎冬、民家の持ち回りで開かれる夜を徹しての素朴な踊りは、私の旅の思い出の中でも最も感動的なものの一つであった。夕刻から神話を数十幕にわたって延々と演じる踊りは、夜が明けてもまだ終幕を迎えず、天の岩屋の戸を開けて天照大神が出てくるのは昼近くであった。民家の座敷の畳の上に、四方を笹竹で囲っただけの簡素な舞台を作り、その中で笛と鐘と太鼓に合わせて四人の踊り手が白装束でゆったりと踊る様には、何か気品が漂い、とくに畳を摺るようにして動く足裁きには神々しささえ感じたものである。この伝統的な夜神楽の風習は、若い里人の熱意で受け継がれてきているもののようで、ぜひ根を絶やさずに続けていって欲しいものである。

 永年の間、一度は訪れようとして果たせないでいた妻籠の宿(長野県)にも感動の旅があった。ある夏の夜、往時の木曽路を偲ぼうと、妻を伴い、とある民家に宿を求めた。古希を迎えたという宿の主人が、山奥の岩山に自生するのを自らロープに身を委ねて採取したという岩茸や、年に数頭だけ許可されて捕獲したという珍しい鹿の料理を馳走になった。たまたま同宿した京都の一家とも親しくなり、宿の主人を囲んで男三人が、木曽の名酒の一升瓶を傾けつつ、それぞれのお国自慢で夜の更けるのを忘れるほどだった。冬の妻籠の厳しさに話が及び、今度は厳冬に訪れ、囲炉裏の火を囲んで一献傾けたいという想いに駆られたりした。

 この時の素敵な京都の一家とは、仕事で関西へ出張した翌休日に、落ち合った妻と共に秋深い京都の紅葉を堪能しての帰途、石清水八幡宮に程近いお宅を訪問し、再会の喜びを分かちあうことができた。また、その年の暮れから正月にかけて再度木曽路を訪れ、妻籠の同じ宿で念願の木曽の名酒に再会し、深々と積もる雪の中で、300年続いたという伝統の囲炉裏を囲んで宿の主人と一献傾けることができた。厳冬には訪れる人もいない名勝寝覚めの床の雪景色は、喩えようもなく美しく、振り返ると新雪のなかに自分の足跡だけが延々と続いていて、誰もいない静けさとの出会いをしみじみと味わった。

 このように何らかの「出会い」を心がけて旅をすると、漫然とした旅では感じ取れない多様な感動に出会うものである。その究極は多分ゆったりとした時間との出会いであろう。忙しい日常の生活から離れ、できれば一個所に長く腰を落ち着け、その土地の良さをその土地の人の気持になって味わうのもまた楽しい。

 一方、自然の中でのアウトドアライフにも、ゆったりとした時間の流れを実感できる楽しさがある。私のこのアウトドアライフの趣味は、実はアメリカ滞在中に始まったもので、もう歴史は相当古い。当時、家族そろって旅に出るときは、いつもは行き着いた町で宿を探していたが、旅を重ねるにつれ、次第にテントを積んで旅に出るようになった。野外では眠れないと文句を言っていた妻でさえ、次第にキャンピングの魅力の虜になっていった。

 このキャンピングには、もう一つの重要な効用がある。実は私には、子供のころ福井大地震に遭遇し、引き続く余震でまんじりともせず屋外で夜を明かした経験がある。屋外でも生活できることの重要性を実感したわけで、キャンピングはこのような非常時の訓練ともなる筈である。我が家の子供たちも、火をおこしてうまい飯を炊く技術を修得し、野外で眠る術を体得した。この子供たちがすべて巣立った今、今度は夫婦二人だけで、年甲斐もなくまたアウトドアライフを楽しもうと計画している。テントなどのキャンプ用品は、たとえ家が潰れてもすぐ取り出せるようにと、何がしかの食べ物と一緒に庭の倉庫に収納し、ときたま庭にテントを張ってはバーベキューを楽しみ、今度は遊びに来た孫たちに早々とサーバイビング・テクノロジーを教えているのである。
(平成11年1月)